2002年5月 SIDE SAKUYA
「車で寝るけどいいのか?」
「うん。」
俺は慣れているけれど、さすがに俺に付き合わすのは悪い気がしてきた。今日は飲んでないし、前に車をボコられた道を使わないで家の側の駅までくらいなら送ってやってもいいとも考えていたのに、とーこは二つ返事で了承した。
「慣れてないだろ。疲れ抜けないんじゃね?」
「大丈夫。慣れているから。」
「慣れてるって……。」
「高校生の時、父親が酒乱でね。ママととーこに暴力ふるうからよく車で逃げてたの。スーパー銭湯とか、逃げるところはいっぱいあったけれど、お金がかかるでしょう?だから車の中で寝てたの。大丈夫。慣れてる。」
とーこが聞き上手だったから、今までとーこの話をちゃんと聞いてやったことなんてなかった。甘めの声や、着ている服装なんかを見ると、どこかのお嬢様なんだとばかり思ってた。。住む世界が違う人種なんだと。
「今も、父親から逃げているから、ママと二人暮らしなんだ。」
シート倒して、サンルーフから見える星空の下、とーこと手を繋ぐ。
「お前も、苦労してるんだな。」
「ママが一番大変だよ。父親には暴力ふるわれるし、娘は今頃、反抗期だし。」
とーこの頭を撫でてやる。するととーこは俺の方を向いた。
「何で男って、力でオンナをねじ伏せようとするんだろ。どうして、もっとオンナを守るためにその力を使わないんだろ。」
「大抵の男は頭わりぃからじゃね?少なくとも俺が出逢ってきた男はたいていが馬鹿だったな。」
「暴力ふるうなんて最低。」
気付いたら、とーこは涙声になっていた。起き上がってBOXティッシュを探して、とーこに渡す。
「ありがとう。」
ティッシュで涙を拭うと「だから男って嫌い。」と震える声でとーこが言った。
この世の中にはいい男もごまんといる。ただ、とーこはそのいい男と出逢ってこられなかったんだ。男に不信感しか持ってない。
そんなとーこが、一部では「男より男らしい」と言われる俺をなぜ好きになったのか不思議だ。
「眠れるか?」
「うん。ごめんね。」
毛布を半分に分け合って俺たちは眠りについた。途中、とーこがうなされている様子で目が覚めた。肩をトントンと規則正しく叩いてやる。すると、落ち着いたように眠りに落ちていった。とーこの心の傷は相当深そうだ。
「さみぃ」
目が覚めて、その空間に自分以外の存在があると、覚えず身構える。これは女遊びが激しくなった時からの自衛手段だ。
車の中に誰かを泊めたのは初めてだ。そして、隣に寝ているオンナの名前を直ぐに思い出せたのも初めてだ。
「大丈夫?」
小さく呟いたはずの俺の言葉に反応して、とーこは自分の右半分にかかっている毛布を全部俺にかけてくれた。
俺の上に全て毛布を掛けてしまったら、とーこが寒いだろうに。
急いでエンジンをかけて暖房を入れると、毛布をとーこの方に戻した。
「さくや、風邪ひいちゃうよ?」
「慣れてる。」
目が覚めて直ぐ寒いのは仕方ない。タバコを探していると、ライターと一緒にとーこが差し出してきた。
「サンキュ。」
何故、俺がタバコを探しているのをとーこが気付いたのかは判らなかったが、好意は有り難くいただいた。
「今、何時?」
「四時半。お前、仕事は?」
「始発で帰って、お風呂入って行く。」
「始発ったら、六時くらいだな。」
とーこは家まで送れとか、このまま一緒にいたいとか、俺が今まで知り合ってきたオンナがおよそ言いそうな事を一言も言わなかった。
俺と同じ畳み方で毛布を畳むと後部座席に大切そうに置いて、椅子を直すととーこは一つあくびをした。
「時間まで寝てろよ。起こしてやるから。」
「だって、さくやといる時間がもったいないもん。」
あくびが、うつった。あくびは気を許している人のがうつるって聞くけど、本当だろうか?




