2002年5月 SIDE SAKUYA
とーこの身体は細くて小さくて、俺はこの温かみを壊してしまうんではないかと何度も思った。
まだ寒い水辺で、カタカタ震えるとーこを強く強く抱き締めながら、俺は頭の片隅でズルいことを考える。
とーこは安全だ。俺に害をもたらす人間ではない。
とーこは便利だ。甘い言葉を囁けば、傍にいてくれる。
とーこは楽だ。今まで逢ったどんなオンナより面倒がない。
だから、心が弱った時はとーこに助けてもらえればいい。
この温かみに甘えれば良い。
冷たい風がとーこを芯まで冷やさないうちに、俺たちは車に戻った。
「お前さ、今日は帰らなくていいの?」
帰りたい。言われても俺はとーこを離せる自信がない。
「こんな時間だよ。」
言われてみれば、時計は日付をまたいだ時刻を示していて、俺が送っていかない限り、とーこは自宅には帰りつけないことが判る。
「送らねぇけど?」
「いいよ。」
すごくあっさり、とーこは俺といることを承諾した。
俺は車を走らせながら、適当に寝られそうな場所を探した。
車の中で寝るのもそう楽ではない。妹の家の近くには車を停めておけるスペースがいくらでもあるけれど、俺はまだ、自分の領域にとーこを入れることを悩んでいた。
海から抜けて少し離れた道沿いに車寄せのような空き地を見つけて車を停める。
「さくや。」
「ん?」
「ありがとう。」
急に言われて、ドキッとする。俺はとーこにお礼を言われるようなことは何もしていない。
「急に、何だよ。」
「とーこね、さくやがとーこを忘れるんだったら、自分なんてもう必要ないと思ったの。」
「なんだそれ。意味判んねぇ。」
「自分なんて壊れちゃえって思ったの。」
そういう考え方は好きではない。俺はムッとして口をきかないでいるのに、とーこはお構いなしのようだった。
「だからね、今日、本当は違う人と夜を過ごす予定だったんだよ。」
「はぁ?」
声が、固くなる。
俺はとーこが俺以外のタチと夜を過ごしたって判ったら、冷静じゃいられないって、とーこと知り合ったその夜に思った。何故かは判らない。それは独占欲のようなのかもしれない。
「何だよ。それ。」
「だって……。さくやを忘れるためなら、どんな形でもいいと思ったんだもん。」
その思考に腹が立って仕方なかった。
「で、何かしたのか?」
もし、手を出されていたら、俺は手を出したヤツを殴るかもしれない。何でそんな感情が渦巻くのか判んねぇけど、そう思う。
「お酒、飲む前にさくやからメールが来たから。」
「家まで、行ったのか?」
「うん。」
俺の声が怒っているのを感じたのか、とーこの声はどんどん小さくなる。
「誰の?」
思い当たる顔を頭の中に並べながら、俺はそのどいつでも許さねぇと思っていた。
「言って判るの?」
「いいから、言え。」
「……いたるさん。」
ガンッ
運転席側の窓ガラスを無意識に拳で殴った。
助手席のとーこの肩が跳ねる。
いたるは狭いこの地方都市のビアン界では、ちょっと顔の通ったやつだ。
そんなことはどうでもいい。俺はあいつを認めていない。
顔も、性格も、声も。
そんなヤツの家にとーこが足を踏み入れたって事実が許せなかった。
俺はとーこの肩を力づくで摑んで自分の方を向かせた。
「俺がどんな気持ちなのか教えてやろうか。」
その後の事は、ほとんど覚えていない。
狭い車内で、俺は、とーこの小さい身体をグチャグチャに壊しながら抱いた。
独占欲が強すぎるとか、嫉妬に狂ったとか、言い方はいくらでもあるけれど、要するに俺はとーこを抱きたかったんだ。
淋しかったから。




