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俺たちの進む道には  作者: 風 桜月
2002年5月
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2002年5月 SIDE TOOKO

 あたしはあの日から、さくやを忘れるために必死だった。

 さくやに必要とされなくなった自分なんてどうでもよくなって、GW中に行われていたビアンイベントのほとんどに顔を出した。

 ネコのお友達もたくさん出来た。ビアン界でネコのお友達を作るのって案外難しい。何故なら、彼女が出来た時、盗られやしないかと思うかららしい。けど、あたしはそんなにガツガツしてなかったし、お姉さま系のネコのお友達が優しくしてくれた。

 その中でも千佳さんという年上のネコのお姉さまは、ずいぶん良くしてくれた。千佳さんはOLで『FIVE』でも何度か顔を見たことがある。

 千佳さんはガツガツしたタチがあたしに近付いてくると上手くかわしてくれたし、友達になれそうな人がいる時は積極的にアピールしてくれた。メアドを交換して、千佳さんとはプライベートでも仲良くしていた。

 まゆさんというリバ寄りのタチの人とも知り合った。まゆさんはトリマーの仕事をしているらしい。彼女は付き合うとかそういう関係ではなく、あたしと仲良くしてくれた。あたしの携帯の電話帳にはイベントで知り合った人のアドレスがたくさん並ぶようになった。でも、一番の登録番号は空けてあった。そこはさくやの番号を登録してあった場所。

 もし、もう一度さくやと逢えることがあるのなら、また、そこに登録したいから。

 そんなこと、あるはずないのに。

 判ってはいるけれど、どこかで期待している自分がいた。

 イベントにさくやが来ないか。人づてにさくやの噂を聞かないか。けれど、夜の街にさくやは現れなかった。


 煩い音楽で忘れられたらいい。お酒の力で記憶なんて消え去ったらいい。

 ここで、あたしを壊してくれる人に出会えたらいい。

 大きすぎるバックミュージックも、タチたちからの誘いも耳に煩かったけれどこうやってさくやを忘れられるなら、どんなに煩くてもいい。

「名前は?」

 また一人、あたしに声をかけてきたタチは、さくやより格好良くなかった。

 声だってさくやの方が素敵。何でもさくやと比べてしまう自分がおかしくなって、ちょっと笑いながら「とーこです。」答えた。

「とーこちゃんかぁ。可愛いね。」

 タチの常套句。可愛かろうとそうじゃなかろうと、一応「可愛い」って言っておけばネコの子が満足すると思っている。そんな言葉じゃ、ぐらつかない。

「そんなコトないですよ。」

「可愛いよ。」

 あたしの隣に座って、その人はあたしの方を真っ直ぐ向いた。

「お名前は?」

「いたる。」

「いたるさん。」

「もしかして、こういうとこ、初めて?」

「そうですね。あんまり来ないかもしれないです。」

 本当は、もう三夜続けてイベントに来ていた。でも、いたるさんとは逢ったことはないから曖昧に答えた。

「いたるさんは、普段、何している方なんですか?」

「配達員。」

「体力勝負なんですね。」

「そう。だから、腕っぷしには自信がある。」

 力こぶを見せられて、自分の腕と比べて苦笑い。

「とーこちゃんは、女の子らしくていいよ。」

 何か楽しい話でもして笑っていないと、不意に泣いてしまいそうで、あたしはずっと笑ってた。

「次、何飲むの?」

「ファジーネーブル、薄めでお願いします。」

 カシオレはさくやとの思い出が詰まりすぎている。今、そんなの飲んだら泣き出してしまいそうだから、違う飲み物を頼むことにした。

 タバコに火をつける直前で、ライターがスッと前に出てくる。いたるさんが火をつけてくれた。

「あ、すみません。」

「とーこちゃんってタバコ吸うんだ。」

「ほとんどふかしてますけどね。」

「意外だね。」

「そうですか?」

「はい。ファジーネーブル。」

「ありがとうございます。払いますよ。」

「いいよ。払わなくて。」

 こんなあたしに興味を持ってくれたいたるさんなら、今夜一晩はあたしと遊んでくれるかもしれない。もしかしたら、一緒にお話ししたり飲んだりするうちに、楽しくなるかもしれない。結果、ひと時でもさくやを忘れられるかもしれない。

 この時のあたしの思考は滅茶苦茶だった。


 いたるさんはあたしを飽きさせないように話をすることにかけては、今まであたしに声をかけてきたどんなタチの人よりも優れている。あたしは久しぶりに笑ってた。

「とーこちゃん。明日は仕事?」

「いえ。うち、連休中はカレンダー通りなんです。」

「じゃあ、家で飲みなおそうぜ。」

「え?」

 急な話についていけない。これって「お持ち帰り」されませんかと誘っているんだろうか?

「家、近いんだ。」

 そういう問題じゃないと思う。でも……。

 それで、さくやを忘れられるなら、いたるさんがあたしをグチャグチャに壊してくれるというのなら、その誘いを受けてもいいと思ってしまった。

「いいですよ。」

 まだ敬語でしゃべってる、頭の上に猫三匹飼っているあたしはにっこり笑ってその誘いを、受けた。


「コレ、僕の車。」

 軽自動車を指差して言うからそれに乗るもんだと思っていたら「冗談、本当はコレ。」と面倒くさい展開になった。要するに車を褒めて欲しいのだろう。

 どっちにしても、さくやの車より格好良くない。

 車高の高い車は乗りにくい。特にスカートをはいてる時は。

 車のドアを開けると、さくやの車と同じエアフレッシャーの香りがした。

 それだけで、もう泣きそうになる。

「いたるさんはどこに住んでいるんですか?」

「ここから、二駅。」

「じゃあ、とーこの家の近所ですね。」

「そうなんだ。逢いたい時に逢えるね。」

 さくやがそうだったら良いのに。いたるさんと話しているのに、あたしはさくやの事しか考えてなかった。いたるさんの家まで何か話したような気はするけど、ずっと空返事で覚えてない。

 実は、斗亜さんといつきさんの前でメールアドレスを消した時、さくやから来た最初のメール一通だけは保護してあったから消えなかった。

 だから、あたしから、さくやにメールしようと思えばできる。

 あんなこと言った後だから、もうウザいとしか思われないだろうし、メールする気はないけれど、さくやとまだ繋がれる。その事ばかり考えていた。

「着いたよ。」

 そこは、あたしの今住んでいる家の近所の住所だったけれど、見慣れない土地だった。

 本当にいたるさんにグチャグチャにされていいんだろうか。

 さくやに逢いたい。今更、思った。

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