2002年4月 SIDE SAKUYA
約束の時間よりも十分も早く実紗の部屋のあるマンションの前で車を停めて、久々の再会を待つ。時間を十五分過ぎても現れない彼女の姿に焦りを感じたけれど、二十分経ってエントランスに現れた実紗が、前よりも綺麗になっていたことでテンションが上がって、俺は浮かれていた。
いつもより音量を小さくした車で、実紗の指定した場所まで走ると小洒落たバーが俺たちを迎えた。
どんな男が連れているオンナよりイケてる実紗を連れてその店に入る。
俺の優越感はMAXだった。
夜景の見えるカウンターで聞きなれない名前のカクテルとジンジャーエールを注文して、隣に座った実紗の顔をじっと見つめる。
「私、引っ越すの。」
実紗の話は、いつも唐突だ。
「どこに?」
「店の側。」
夜の仕事をしている実紗がナンバーワンになって忙しくなったことを知っていた。雑誌にも載ったから、指名が今まで以上に増えたことも。
「これからは、近くなるな。」
俺は、その事実に嬉しくなる。
「いつ?」
「まだ決まってないけど、店が決めたことだから。」
「もっと逢えるようになるな。」
実紗の肩を抱き寄せて、頬にキスをする。実紗は軽く笑って俺の方を向いた。
「忙しくなるから、判らない。」
「何だよ、それ。」
「嘘。私も桜夜に逢えるようになって嬉しい。」
今夜の実紗は、いつもより機嫌が良い。それだけで舞い上がる。
「だべ。」
実紗の前では、俺は犬みたいだ。嬉しけりゃ千切れるほど尻尾を振りたいし、傍から離れたくない。
けれど、実紗との逢瀬にはタイムリミットがある。彼女に、子供がいるから仕方ないんだ。そう自分に言い聞かすけど実際はもっと一緒にいたかった。
短い時間は直ぐに過ぎて、俺は実紗を家まで送り届けるとそのまま妹の家まで車を転がした。
今日の眠りは最高にハッピーだ。車の中で毛布をかぶって、そんな事を思いながら携帯を見た。
実紗と逢っている間に、色んなオンナからメールや着信があった。
そんなの、どうでも良かった。俺は狭い車内で浮かれ気分のまま、眠りについた。
次の日、無視しまくっていた数々のオンナのメールの中に先輩からのものを見つける。
『明日、付き合え。』
着信は、昨日。短い文は頭の右から左に通り過ぎて、その時は忘れてしまった。
GW中も仕事とか勘弁してほしい。
愚痴垂れながら作業したけど、実紗との会話を思い出して思わず口元が緩む。
実紗が職場の側に住むとしたら、今までより時間にして一時間以上近くなる。逢える回数も増えるはずだ。
浮かれ気分で仕事してたら、時間は直ぐに過ぎた。毎日こうならもっといい。
今日は風弥と遊んでやるか。帰り道、そんな事を思って妹にメールしようとした時、着信があった。
「ヤベ……。」
先輩だ。
そういえば、朝、仕事に行く前にメールを見たような気もするが、覚えていない。本当は出たくないが、実紗と店に行きたい気持ちもある。
切れる前に通話ボタンを押した。途端、向こうからざわめきとため息が聞こえる。
「お前、ブッチしたべ。」
「なんのことっすか?」
「昨日、メールしたべ。見てないのか?」
見たけど忘れてましたとはとても言えない。
「それが、酔ってて……。」
「お前らしい。今、どこだ?」
「仕事の帰りっすけど。」
「そのまま、来い。」
「はぁ?」
意味が、判らない。それに、今日は昨日感じた幸せに浸りながら風呂入ってビール飲んで、ゆっくり寝たかった。
「すみません。昨日、あんまり寝てないんすよ。」
「だろうな。」
何で、知ってる?怪訝に思いながらも、俺は言い訳を必死に考えた。
「甥っ子と遊ぶ約束もしてますし。」
「瞳呼の事だ。」
食い気味に言われた名前にドキッとする。
「来ないなんて言わないよな。」
その言葉にはNOとは言わせない強さがあった。
「十九時までには用意します。」
とりあえず、シャワーを浴びて頭を整理しよう。




