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俺たちの進む道には  作者: 風 桜月
2002年4月
25/92

2002年4月 SIDE SAKUYA

 『FIVE』の帰り道、酔っぱらって気分がいい俺に反して、とーこは少し沈んで見えた。

「なした?」

「何でもない。」

「何でもないはずないだろ。酔って気分でも悪いか?」

「だったら、良いね。」

 その遠回しな言い方にちょっとイラついてきた。

 酒は楽しく飲みたい。金を払って飲んでんだ。気分よく帰りたい。

「なんだよ、その言い方。」

「何でもないって。」

「お前、今日、変だぞ。」

「変にもなるよ。」

「なしてよ?」

 とーこが沈んでいる理由に思い当たる節が、全くない。

「さくやが、栞ちゃんを口説くから。」

「俺、口説いたか?」

 一緒に楽しい酒を飲んだが、口説いた覚えはまるでない。

「今の彼女と別れたら、次は栞ちゃんと付き合うって言ったじゃない。」

 とーこの大きな瞳から涙が次々と溢れて、俺はそんなこと言った覚えはなかったけれど、とーこを傷付けた事を後悔した。

「俺、そんな事言ったか?」

「言ったよ。」

「覚えてねぇ。」

「さくやはいいよね。酔って口説いて、記憶がなくなれば、無かったことに出来て。でも、とーこは酔わないから、忘れないんだよ。」

 きっと、今までも酔って記憶を無くして、とーこを傷付けてきたんじゃないかって、その時気付かされた。

「悪かった。」

「いい。謝らないで。」

「何でよ。本気で悪かったって思ってるから謝ってるべ。」

「その本気も、明日になれば忘れているから、いい。」

 反論できなかった。確かに俺は酔えば記憶を無くす。でも。

「でも、お前と初めて逢った日のコト、覚えていたべ。あれはタバコの賭けがなくても忘れてなかったぞ。海の事だって、忘れていなかったべ。全部じゃないかもしれないけどな、俺はお前の事は覚えているんだぞ。」

 すると、とーこの動きが止まった。

「今日の事は忘れた。どんなオンナだったか、口説いたかどうかも覚えてねぇ。でも、俺はお前を口説いたことも、抱き締めたことも、覚えているぞ。それはお前が俺にとって大切で、手放したくない存在だからなんじゃねぇの?わかんねぇけど、俺はお前の事は忘れねぇ。」

 街中だったから抱き締めることは出来なかったけれど、繋いだ手を引いて肩を抱いてやった。

「さくや。ズルいよ。」

「なにがよ。」

「さくやの事、もっともっと好きになっちゃう。」

「なれば、いいんじゃね?」

 本当に不思議な話だったけれど、とーこといる時の記憶は断片的にだったが思い出すことが出来た。さっきオンナを口説いたって言われても思い出せないこの俺が、だ。

 だから、さっきとーこに言ったことは本当だった。決してとーこにいい顔見せようとか、とーこの機嫌をとろうとかそういう気持ちは全くなかった。

 とーこの頬に流れた涙を拭ってやって、地下鉄駅に降りていく。

「俺は、酔ったら何もかも忘れちまうサイテーなヤツだ。けど、何故かお前との思い出は忘れられねぇ。信じてくれとは言わない。ただ、俺は半端な気持ちでお前といるわけじゃないって判ってほしい。」

 とーこはしばらく考えて、頷いた。

「とーこはさくやを信じるよ。さっきはごめんなさい。」

「とーこは謝らなくていいんだって。」

「だって、あんなひどい事、言っちゃったから。」

「それは、俺がひどいことしたからだろ。」

 とーこが語気を荒げることなんて想像してもみなかった。いつも穏やかで、優しくて、俺を癒してくれる。それだけ傷付けたって事だ。

「違うよ。とーこが勝手に傷付いただけ。」

「違わねぇ。俺がとーこを傷付けた。」

「じゃあ、約束して。」

 とーこはまだ潤んでいる瞳で俺を見上げた。

「何をよ?」

「もう、とーこの目の前で女の子を口説かないでね。」

 こんなにとーこを傷付けるなら二度とやるもんか。

「おう。」

「ゆびきり。」

 とーこの細い小指に俺の小指を絡めて小さな子供みたいに約束をした。

 守れなかったら針千本くらい飲んでやる。

 いや、守れないことなんてないはずだ。今日の後悔はぜってー忘れねぇ。

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