2002年4月 SIDE TOOKO
朝は、ママと話す暇もなく職場に向かった。寝不足で疲れているはずなのにバリバリお仕事がこなせたのはさくやのお陰だと思う。
お仕事が終わったら、今日もメール出来るかもしれない。もしかしたら逢ってくれるのかもしれない。そのワクワク感で、お仕事をしている時間なんてものすごく短く感じた。
お仕事が終わって職場から出た途端携帯を見ると、メール着信を示すランプがついていた。
でも、それだけで喜んじゃいけない。もしかしたら、友達からのメールかもしれないし。
期待しないように受信メールの画面を開くと、そこにさくやからのメールがあった。
『今日、先輩の店、行かね?』
誘ってくれたことが嬉しくて、地下鉄駅に着くとすぐ返信する。
『誘ってくれてありがとう。行きたいな。』
すると、思っていたより早く返信が来た。
『八時にロビ地下な。』
『はぁい。』
お家に帰って、シャワーを浴びて今日も夜のオンナに見られないように、けれど地味になりすぎないように、さくやに少しでも可愛いって思ってもらえるようなお洋服を苦労して選んで、メイクをして時間に余裕をもって出かける。
さくやがどっちから現れるか判らない。三方向を見られるように看板に背中をつけてキョロキョロしていたら、真正面からさくやが来た。
最初にここで逢った時と少しも変わらない。誰も信じないと顔に書いてある。鋭い眼光で周囲を威嚇しまくって、肩で風を切って歩いてくる姿は、そこら辺のどんな男よりも格好良かった。
「わりぃ。待った?」
「まだ、時間じゃないよ。」
「お前。今日、イケてるな。」
その言葉だけで、もう、有頂天だった。」
「さくやは、いつも通り格好良いね。」
「だべ。」
そんな言葉、言われ慣れていると言わんばかりの自信。そこがまた、格好良い。
「お前、飯は?」
「食べてきてないけど……。」
「先輩の店に行く前に、何か食わねぇ?」
「いいよ。何食べる?」
「やっぱ、ラーメンだな。この辺にうまい店あるんだ。行こうぜ。」
不意にさくやに手を繋がれる。ビックリして一歩目を躓きそうになった。
「大丈夫か?」
「うん。」
心臓のドキドキが聞こえませんように。
さくやが美味しいと言っていたラーメン店は少し混んでいて、あたしたちは並んでからラーメンを食べた。その後二人で連れ添って『FIVE』に向かう。
『FIVE』の重いドアはもちろんさくやが開けてくれた。
「ありがとう。」
「お~。桜夜、瞳呼。元気か?」
あたしの「ありがとう」は斗亜さんの言葉でかき消されてしまった。
「こんばんは。」
「元気にやってますよ。先輩。」
「あの、コレ。どうぞ。」
今日の手土産はロールケーキ。この前雑誌に載ってたやつだ。
「ありがとう。瞳呼。」
いつきさんがニコニコ顔で受け取ってくれる。
今日も、カウンターはいっぱいで、テーブル席に二人で座った。
何杯か飲んで楽しくなってきた時、さくやが酔っているのに真剣な顔で「もう、お前のコト、家の側まで送ってやれなくなった。」と言った。
「そんなこと、気にしないで。何かあったの?」
「この前、お前を送ってった時、俺の車、ヤン車と間違えられて、ボコボコにされかけたんだ。」
その時、さくやがどんなに怖かったかを思うと泣きそうだった。でも、あたしが泣いても問題が解決するわけじゃない。
「だから、しばらくあの辺はあの車で走らない方がいいと思う。」
「怖かったでしょう?」
「ちょっとビビっただけだって。」
それは、あたしを心配させないためにさくやが強がって言っている言葉だって判ってた。
だって、さくやだって女の子だもん。怖くないはずがない。
「ごめんね。送らせちゃって。」
「あれは、俺が送りたかったの。」
「ありがとう。」
「なんも。」
さくやはビールを飲み干して笑った。
「桜夜。この前、瞳呼紹介した時に、キャンセルになった子、いたべ。その子、今日来てるぞ。」
斗亜さんのその言葉に、心臓が高鳴った。あの時は逢わなかったけど、さくやの好みだったらどうしよう。
「栞。桜夜だ。」
すると、カウンターに座っていた、髪の長い女の子が振り返った。
「栞です。バイリバネコ。よろしく。」
目が大きくて、可愛い顔をしている。さくやはどう思うんだろう。
「バイリバって誰でもいいってことだろ。便利な言葉だよな。」
辛辣な言葉を投げかけている。さくやの、好みじゃないんだろうか。
「でも、お前、可愛いな。」
酔いが回ってくると、さくやの栞ちゃんへの「可愛い」攻撃は止まらなくなった。
「ちょっと、お前、こっち来い。」
カウンターの席から、あたしたちが座っているテーブル席に栞ちゃんを呼んで座らせると、肩を組んで楽しそうに飲んでいる。
あたしはいたたまれなくなって、もう一つのテーブル席に自分の場所を移動させた。
さくやが、酔った勢いで栞ちゃんとキスしたらどうしよう。その場を見ていられるか判らない。
「お前、普通にネコになれ。」
「えー。そしたら桜夜さんの彼女になれるの?」
「今は無理。俺、彼女いるから。」
「じゃあ、ネコになっても仕方ないじゃん。」
「今は無理でも、俺、今の彼女と別れたら、次、お前と付き合うからさ。準備しとけよ。」
その言葉は、あたしにも言われた言葉だった。
そして、あたしが少なからず大切にしていた言葉だった。
斗亜さんもいつきさんも「また始まった。」と言って笑ってた。って事は、あの言葉、何人もの女の子に言っているんだ。
涙が出そうだった。でも、泣いちゃいけない。
あたしも、斗亜さんといつきさんと同じように、その光景を笑って見ていた。
さくやは酔っぱらったら、だれかれ構わず女の子を口説くんだ。そしてあの反則な言葉を使って、オンナを酔わせるんだ。
今、知った。さくやの口説き文句に流されちゃいけないって。
でも……言われたその時は本気だったと言われてしまったら、やっぱり信じてしまう。
酔った勢いだから仕方ないんだと言われたら、流されてしまう。
さくやは相当な策士だなと思った。




