2002年4月 SIDE TOOKO
海からさくやがいつも行っているという場所まで行く車の中で、あたしたちはお互い今更知らなかったことを、お酒が入っていない状態で話した。
さくやが、お仕事の都合で白衣を着ているとか、あたしの家にはひよりちゃんっていう猫がいるとか、それは本当に他愛ない内容であたしはさくやの色んな表情を見た気がした。
「俺、家がねぇし。」
「どういうこと?」
「車に住んでんの。」
その衝撃的な告白にあたしは心の底からビックリする。
「お荷物は?」
「あんま、ねぇし。服とかは妹ん家。」
「ここで、寝てるの?」
「後ろに毛布積んであんだろ?」
そう言われて、あたしは体を捻って後部座席を見ると、そこには薄いブルーの毛布が几帳面に畳まれて置かれていた。
「お風呂も、妹さんのお家?」
「そう。」
すごく当然のことを言うように話しているけど、要するに女の子のプチホームレスって訳だ。
「妹さんのお家には住めないの?」
差し出がましいとは思ったけれど、さくやにはせめて屋根のあるお家で寝てほしくてつい言葉が出てしまった。
「2LDKに子供が三人。旦那は酒乱で妹にも甥っ子どもにも暴力ふるう。さて、そんなところにいられるでしょうか?」
最後はちょっと苦笑気味に言ったさくやの、あまり普通とは言えない家庭事情に、あたしは途端、切なくなる。
「ごめんね。」
その言葉はさくやに宛てて言ったものなのか、それとも過去を思い出した自分に言ったものなのか判らなかった。
さっきとは違って舗装された道の駐車できるスペースに滑らかに車を停めて「着いたぞ。」あたしの方を向いて、柔和な笑顔でさくやが言った。さくやのこの顔が好きだ。神経を張りつめていない、目の奥が怖くない、ふにゃっとした笑顔。
そこは、川沿いの遊歩道で、ここがさくやのよく来る場所なんだって実感しながら車を出る。
助手席側まで歩いてきてさくやはさっきと同じようにあたしの手を引いて歩きだす。
「暇な時とか、よくこの辺を走るんだ。」
遊歩道まで数段の階段を下りて、テトラポットのような塊の座りやすい場所にそろって腰を下ろした。
海の時よりは風が弱くて、さほど寒く感じない。
あたしは正直、もっと寒かったらさくやがあたしを抱き締めてくれるかもしれないのにってちょっぴり残念に思っていた。けれど、さくやに繋がれた左手だけは温かくてそれが嬉しかった。
「流れ星、見えないかな。」
「何か、願い事でもあんの?」
「ん?さくやとまた逢えますようにって。」
雰囲気が、つい本音を口走らせる。ダメだ。欲を出したら失ってしまうって判っているのに。
「願わなくてもいいだろ?」
「だって……。」
さくやを見つめたらキスが降ってきた。少々不自然な体勢で抱き合いながら長く、深くキスをした。
「俺は、お前に逢いたいんだって言っただろ?」
「でも……今だけでしょう?」
黙ってしまったさくやに対してこれ以上言葉を重ねてはいけないと判っているのに、言葉が止まらなかった。
「さくやは彼女がいるんだから。」
「かんけーねぇし。」
ちょっと不貞腐れたように言ったさくやが可愛く感じた。だけど、さくやに彼女がいるのは事実だ。だから、こんな風に抱き締めてもらえるのも、キスをくれるのも、さくやが淋しい今だけ。
「いいの。あたしね、決めたんだ。」
本当はさくやに言うつもりがなかったことを言ってしまおう。それでさくやが楽になるなら嬉しいから。
「さくやが淋しい時は、傍にいる。さくやが必要だと思ってくれた時だけ、傍に行く。」
ビックリしたようにあたしを見つめてきたさくやが何かを言う前に「とーこは案外、役に立つよ?」してやったりの笑顔で言った途端、抱き締められた。
「俺が、今の彼女と別れたら、次は絶対お前を選ぶ。」
今までで一番反則な言葉は耳元で切なく囁かれた。




