2002年4月 SIDE TOOKO
『悪い。寝てた。』
さくやからメールが来た時は、微笑むことすら出来た。ここ数日、さくやの生活ボロボロ。心配を通り越してあまりのさくやらしさに笑ってしまったと言った方が正しい。
『さくやが謝ることは一つもないよ。大丈夫?あまり睡眠取れてないんじゃないかな?ゆっくり出来る時は休んでね。さくやが心配だよ。』
斗亜さんのお店にいた時と、帰り道の地下鉄の中。数時間しかさくやと一緒にいたことはない。けれどハイペースで飲むお酒の量や、痩せてとがっている肩なんかを思い出して、あたしは心の底から心配になる。
さくやはちゃんと食べてるんだろうか。飲んでばかりいて身体を壊してはいないだろうか。
『大丈夫。お前、優しいな。』
一つ、心に灯がともる。ああ、さくやに優しくできて良かった。
『優しくなんかないよ。本当に、さくやが心配なだけ。』
送信して数秒後に携帯に着信があった。発信者はさくや。あたしは心の準備が出来ないまま通話ボタンを押した。
「大丈夫だっつーの。お前、心配しすぎ。」
昨日、婦人科で心が折れた時に聞きたかった声。ハスキーでセクシーな今日は酔っぱらってない大好きな、声。
「だって、忙しそうだったから。」
胸のドキドキまで一緒にスピーカーから聞こえちゃうんじゃないかってくらい、あたしは緊張して思わずその場に正座してしまった。
「明日。お前、暇?」
言われている内容は判っているのに、そんな都合のいい話なんかあるわけないと頭が思い込んでいるもんだから返事に時間がかかっていたら、さくやが先に口を開いた。
「逢いたい。」
反則だと、思う。せっかくあたし、さくやを「好き」な気持ちを昇華させようとしていたのに。
「お前は?」
ここで意地を張っても、嘘を吐いても、仕方ない。
「あたしも、さくやに逢いたいよ。」
ずっと逢いたかったんだよ。とは言わない。さくやがあたしに「逢いたい」と思ってくれただけで十分じゃない。
あたしの言葉に、電話の向こうの空気がふわっと揺れてさくやが微笑んだって判った。
「お前、明日何時に仕事終わんの?」
「定時は五時半だけど六時前くらいかな?」
「じゃ、仕事終わったらメールな。」
「うん。判った。」
「じゃあな。」
「うん。お電話、ありがとう。」
「また明日。」
「おやすみ。」
「おう、おやすみ。」
最後に余韻を残すのは、さくやの癖なんだろうか。通話を切った携帯電話を見つめて、これが夢じゃないって何度も言い聞かせても手が震えて止まらなかった。
「やっっったぁ。」
ベッドにダイブして枕に顔をうずめて大きな声で言ってみる。
「やった!」って何度も言いながら足をバタバタさせて、手もバフバフお布団に叩きつけて、とにかく身体全体で嬉しいを表現してみる。
……あれ?
心の中に持ち上がった疑問をそっと取り出してみる。
「あたし、なんでこんなにさくやが好きなんだろう?」
その疑問は、壊れてしまいそうなほど脆かったから口に出して言ってみないと忘れ去られそうで、あたしはそっと言ってそれでハッとした。
あたし、さくやがどこに住んでて、どんなお仕事をして、どんな家庭構成で、どんなことが好きで、そして嫌いなのか、本当は何一つ知らない。
知ってることは、今はあまりうまくいってない彼女がいるということと、彼女の名前。歌が上手だということと、タバコの銘柄。そして斗亜さんの後輩だということ。「柏木桜夜。」という名前だけ。
その僅かすぎる情報量に途方に暮れてしまった。
「違う」
その言葉も口に出さないと壊れてしまいそうで、あたしは慎重に心の中を見つめる。
違うんだ。あたし、さくやがどこで誰と付き合っていようと、どんな家に住んでいようと、何をしてようと、さくやが好きなんだ。これは理屈なんかじゃなくて本能だ。
格好いいからとか、今まで出会ったことがないタイプだからだとか、もしかしたらそういう要素は少し含まれているかもしれないけど……電話で話した第一声から、あたしはさくやが好きだったんだ。
あたしはこんなに人を好きになれる。ありがとう。さくや。




