第六話
「あっ、ゆりちゃん!久しぶりだな。」
寺田は玄関の扉の前で、偶然出くわしたゆりに軽く挨拶をして見せた。
一方、俺はといえば、膝ががくがくである。恐れていた事態が起きてしまったのだから、こうなるのも仕方のないことだろう。
「こんにちは。今から帰りなんですか?」
それに対して、ゆりは俺が想像していた感じとは、まったく異なるいかにも淡々とした様子で喋った。
「そうそう。なんだか今日は勇介のほうが用事があるみたいだからさ。」
寺田がそう答えると、ゆりは眉をしかめながら玄関で靴を乱雑に脱ぎ捨てて、小さくつぶやく。
「ふぅーん。用事ね・・・。」
なんか俺のこと見てない?すごく怪しんでるような目で。お兄ちゃんをそんな目で見るのはやめて。勘違いするかもしれないぞ。
ゆりが俺のそばを通ってリビングに向かおうとするすれ違いざまに、こんな高度なアイコンタクトが行われていた。
まったく意思疎通できてなかったけどね。一方通行ですよ。ルビはアクセラレーターでお願いします。
「んじゃ俺は帰るわ。」
寺田はいつものようにへらっと言って、帰っていった。
もう作戦失敗したから、帰らなくてもいいんだよ。なんかごめんなさい。
と俺は一応心の中で謝っておいた。
まあ事態は思っていたほど悪くはならなかったし、とりあえず危機は去ったか。
なんて思いながら俺は安堵して、リビングに戻った。
「あんたどういうつもりなわけ?」
危機は去っていなかった。我が妹はお怒りの様子である。
「どういうって?」
「そういうとこ、いちいち鈍いよね。」
に、鈍いだと?俺はそこらにいる鈍感系主人公とは比べ物にならないほどに鋭い、鋭感系主人公なんですけど。
「玄関にあった封筒持っていったでしょ。」
ぎくっ。
「ほんっと、他人の物を勝手に持っていくとかマジあり得ないんですけど。」
その点に関しては何も言い訳することができません。泥棒は犯罪です。みんなやめようね。
ここまで妹に怒られたのは、正直生まれて初めてかもしれない。
というか、こんなに会話のやり取りをしていること自体、久しぶりな気がする。俺たちがまだごく普通のありふれた家族だった時の話しだ。つーか・・・。
「ってお前なあ!寺田のこと好きだったのかよ!」
俺は今日一日ため込んでいた質問を今、妹にぶつけた。
「はあ?何言ってんの?あれ私が書いたんじゃないし。」
その問いに対する妹の答えは、俺の想像のはるか斜め上なものであった。
角度で言うと90度くらい?もう垂直だったわ。
「え。」
俺はそう言うことしかできなかった。