第一話
改めて、俺の名前は芦原勇介。近所の高校に通う十六歳。
どこにでもいるごく平凡な高校生である。とか言うと、叩かれそうだから偏差値60弱くらいのそこそこの自称進学校に通う、自称容姿端麗で、自称運動も学業も難なくこなす、自称スーパーエリート高校生である。とでも言っておこうか。
他に特筆することと言えば、家事万能な主夫スキルを現役高校生でマスターした男である。ちなみに、これは自称ではない。
そして、今リビングでテレビを見ながら、トーストほうばっているのが俺の妹の芦原ゆり。
容姿端麗、運動も学業も難なくこなす、スーパーアイドル中学生。それが俺の妹だ。
もちろん周りの連中からはうらやましがられることも多々あるが、俺にとってこいつは家計を支えてくれているいわば親父のような存在だ。そして、それだけだ。
もちろん妹も俺のことを、ただ自分の身の回りの世話や家事をしてくれる母親のような存在だと、そう思っているのだろう。
俺は一通り自分の使った食器を洗い終えたので、キッチンからリビングへと足を進める。
それを悟ったのか、妹のゆりは炬燵から出るなり、俺とすれ違いにリビングから出て行こうとする。
「それ片付けといて。」
それというのは、ゆりの使った食器のことだろう。見ての通り、俺と妹は互いにこんな関係である。いつもなら俺はここで何も言わず食器を片してやるのだが、今日はそういうわけにはいかなかった。
「なあ、お前。どうして仕事辞めたんだよ?」
俺の声を聞いて、ゆりはリビングから廊下に通じるドアのノブから手を放し俺のほうを冷ややかな目でにらみつけた。
ゆりのにらみつけるこうげき、ゆうすけのぼうぎょがさがった。
「アンタに関係なくない?」
「関係大アリだよ。これからの生活費、どうするつもりだよ。」
さっきも言った通り、現在この芦原家の家計を支えているのは妹のゆりだ。彼女が自らの仕事を放棄することは、俺の、というかこの家庭の死活問題に他ならない。
こんな状況になってしまったのはいろいろと訳があって、話すと長くなりそうだからまたの機会に話すことにしよう。
「あとで、私の通帳持ってくるから。」
そう吐き捨てるなり、彼女はリビングから出て行った。
静まり返ったリビングにはテレビの音だけが無常に響く。
『ゆりりん、僕も好きだったんですけどね。残念です。』
『年齢からもこれからのアイドルでしたからね。』
などとテレビのコメンテーターはのたまっている。
俺の妹ゆりりんの今の姿を全国放送してやりたいくらいだっつーの。
などと思いながらも、律儀に妹の食器を片付ける俺は世界一かっこ悪いんだろうな。