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御茶ノ水アリサは金持ちすぎる 2

 見下ろす校庭は、いつか教科書でみた『ええじゃないか』だ。

 一年から三年まで、ついには教師まで校庭飛び出して地面に群がり、お札を拾い集めている。

 恐ろしい光景だった。


「自宅謹慎になった」

「当たり前だ」

「なぜだ。校長のやつ、誰よりもお金を拾い集めていたのに『法治国家じゃやっちゃだめ』って。意味がわからん」

「一応、学校だからな」

「それくらい私だって把握している。だからこそパパにSPをつけないようお願いしたのだ」

「関係なくね? つうか普通のことじゃん」

「そう、普通だ。いまの私はどこの誰よりも普通の女子高生だ。だからヤマダ、デートにいくぞ」

「と、突然、なんだよ」

「普通の女子高生は放課後デートに行くもんだろ?」

 いままで放課後デートなんかしたことないぞ。

「放課後って、まだ授業中だぞ。誰かのせいでストップしてたけど、これから五時間目だからね」

「君はそうかもしれないが、私はすぐに家に帰れと言われたぞ。あの校長、……明日は無職のくせに……」

 こわっ、権力者こわいよ!

「だから私は暇なのだ。暇潰しの相手をしてくれ。話に聞いてたゲーセンとやらに行ってみたい」

「俺今から授業受けなきゃいけないから」

「なんでもいいが、帰宅の準備をしろ、ヤマダ。」

「だから俺はこれから数学を受けるんだって」

「エスケープは学生の特権。だめか?」

 彼女はキラキラと輝く瞳で俺を見つめてきた。

 澄んだ青色は晴れ渡る空を想起させる。

 心が揺らぐ。言葉につまる。

 御茶ノ水は小さくため息をつくと物憂げに呟いた。

「ヤマダの選択肢しだいでは、校舎が我が国の領土となる……」

「今日はもう帰ろう。家に帰ろう。ついでにゲーセン行こう」

 選択肢が一つしか与えられてない。


「ヤマダ、どこいく?」

 北風が吹き荒れる通学路。吐き出す息は真っ白だ。国道を走り抜けたトラックの排気ガスに咳き込んでしまう。

 素知らぬ顔をした御茶ノ水は鼻歌まじりに聞いてきた。

「ヤマダは電車通学だから、とりあえず駅前だろ。駅前だとどこがある?」

「帰りたい……」

「ゲーセンか? ゲーセンにいくか? ユーフォーキャッチャー(語尾あがる)やるか?」

「ゲーセンでユーフォーキャッチャーやろうか……」

「うむ、むふふ」

 押し殺したようの笑い声のあと、

「やったぁー!」

 華やかな笑顔が冷えたアスファルトの上で咲いた。

「!?……」

「あ、いや、こほん。仕方ないからゲーセンに行こう。こほん」

「どんだけゲーセン行きたいんだよ……」

「別に、そういうわけではない。パパのゲームでいつもそういうシーンがあったから少し気になっただけだ」

 わざとらしい咳払いと照れて耳が赤くなる御茶ノ水。始めて感情らしいものを見せたが突然すぎてなんの感慨もなかった。


 駅前通りは閑散としていた。そりゃそうだ、まだ夕方には程遠い時間帯だ。学生もいない、会社員もいない、暇なマダムくらいしかいない。

 俺たちも、暇だ。

 ゲームセンターもやっぱりすいていて、自動ドアをくぐると独特の喧騒と煙草の臭いに囲まれた。

「なかなかきらびやかだな」

 四面をガラスに囲われたユーフォーキャッチャーを前に彼女は小さく呟いた。

「ふむ。たくさんのヌイグルミがある。むっ、こっちはプラスチックの人形か。……パンツが見えてるぞ、ハレンチな」

 萌えフィギアを前に真剣な面持ちをする制服姿の金髪はシュールを通り越してカオスだった。

「む、やはりヌイグルミは可愛いな。むむむ」

 ガラスに手をあてて目を見開く御茶ノ水は小さな子供のようだった。少女らしい一面を見て、俺も久しぶりに良いところを見せようと奮起する。

「よし、じゃあ、取ってやるよ。どれがほしい?」

 このポジションだと奥の方のやつの方が格段にとりやすいな……。

 振り向くと、御茶ノ水は遠くで店員を呼び止めていた。

「あれをくれ」

「あ、はーい。取りやすい位置に移動させますね」

「移動? お前はなにをいっている。私はぬいぐるみがほしいと言ったのだ。移動ではない。くれ」

「え?」

「ふぅ。理解力が乏しいな。これをやるからあのぬいぐるみを……」

 御茶ノ水が胸ポケットから札束を取り出す前に彼女の手を取り、ユーフォーキャッチャーの前に引き戻す。

「なにをするのだ」

「こっちの台詞だ」

「私はぬいぐるみを買おうというのだ。なにかおかしいところがあるか」

「おかしくないがこれは買うという目的を楽しむやつじゃない。手段を楽しむゲームだ」

「言ってる意味がわからない。それでは非合理ではないか」

「見てろ」

 俺は財布から百円を取りだし、挿入口に入れた。愉快な音楽が流れ、アームがピカピカと光出す。

「どれがほしい?」

「全部」

「どれか一つ」

「じゃあ奥のカエル」

「オーケー」

 こう見えて得意ジャンルだ。

 操作ボタンを押し、アームを目的の位置まで持ってくる。ぬいぐるみの頭部をつかみ、アームが持ち上がる。

「おーぉー」

 それをぽかんと口を開けて眺める御茶ノ水。

「あっ」

 いい感じで持ち上がっていたが、途中で落下してしまった。

「あれは貰えるのか?」

「いや、あの穴まで持ってこなきゃノーカウントだ」

「ふむ。ヤマダ、私もやってみたい」

 女子に頼まれて断れるはずがない。俺は百円玉を彼女に渡した。

 受け取った百円をしげしげ眺める御茶ノ水。

「コインか? ゲーセンではコイン型の証券を使うのか?」

「いや、普通に日本の貨幣だから」

「む。嘘をつくなヤマダ。こんなおはじきみたいなのがお金だというのか。原始時代じゃあるまいし」

「小銭なきゃ買い物が大変だろうが」

「意味がわからん。お釣を無くしたいならカードか電子マネーを使えばいいだろ。私はお釣はチップだと思うから一万円札しか使わないが」

「いいからさっさとインサートコイン!」

 納得いかないという感じだが、御茶ノ水は百円を投入した。

 音楽と共に再び元気を取り戻すアーム。

 だが、一朝一夕でユーフォーキャッチャーがうまくなるはずがない。ぬいぐるみに掠りもせず、アームが床面とキスをして終わった。

「む。動かないぞ。そのまま横にいけ! ゴルフのパターのように落とすのだ!」

「プログラムに無い動きは出来ないぞ」

「む、じゃあ、もう終わりなのか?」

「まあ、仕方ないだろ」

「ここで諦めたら投資した金額が無駄になってしまう。ヤマダ、もう一度チャレンジだ」

「もう百円ないよ」

「なんだと!? しょうがない。機械ごと買うか。いくらだ? いま手持ち八百万くらいしかないが足りるだろうか」

「……千円崩してくるからちょっと待っとけ」

「千、円? 千円を崩す? むむ、万以下の単位があったのか」

 バカはほっといて両替機に千円札を入れる。ジャラジャラと小銭に変わる野口英世。

「な、な、なんと。この機械がゲーセンの流通貨幣へ変える外貨両替所なわけだな。なんとシンプルな作り、我が国に欲しいぞ」

「やかましいわ。ほらよ」

「なんだ、これは」

 500円玉を渡す。

「さっきもらったのより大きいな」

「長期戦になりそうだからな。500円だと六回できて一回分お得なんだ」

「なるほど。おもしろいな。そういう経営戦略か。ふむ。これも日本円なわけだな。紙以外の金があるとは知らなかった」

「あのさ」

 物珍しそうに五百円玉を観察する彼女に俺は思わず言ってしまった。

「どうでもいいけど、すぐに万札をばら蒔こうとするクセやめろよ」

「なぜだ」

「なぜって……」

「拾い集める奴ははした金を手にいれて嬉しい、ばら蒔く私は人のさもしい本性が見れて嬉しい。ウィンウィンではないか」

「そりゃそうかもしれないけどさ」

「クラスメートの連中は私の機嫌をとろうと躍起になってくれる。何事にも一生懸命なのは良いことだ。だからご褒美をあげるのだよ」

「そんな簡単にお金あげるなよ……」

 俺は彼女が大事そうに握りしめる五百円玉を指差した。

「俺はお前の言うはした金よりも価値の低い五百円を手にいれるために、たくさんの苦労をしたんだ。コンビニで酔っぱらいに怒鳴られたり、店長に怒られたり。庶民にとってはお前のばら蒔くお金はそりゃ貴重だから血眼にもなるさ」

「よく、わからないな……」

「一生懸命働いてる奴を笑う権利なんて誰にもないと思うんだ。簡単にお金が手に入ったら、たぶん物事の本質を失うと思うんだよ」

「ふむ。確かにな。一理ある」

 彼女はこくんと頷いた。

「決めたぞ、ヤマダ。私はもう無意味にお金を使うのをやめる」

「……ほんとかよ」

「タンポリア人、嘘つかない」

 なんかもう既に嘘っぽい。

「では、さっそくカエルを手にいれるとするか。大事なお金だ。無駄にはせぬぞ!」

 御茶ノ水は何事もなかったかのようにコインを筐体にいれて、ボタンでアームを動かし始めた。

「あーぁー!」

 ボトンと落ちるぬいぐるみ。

「ふざけるな! いまの完璧な角度だっただろう!」

「もうちょっと手前を狙ってればうまくいったな」

「なんなんだ。だんだんとあのカエルが憎たらしく思えて来たぞ」

 ぬいぐるみに罪はない。

「見ろヤマダ。私達人間を小バカにするかのような間抜け面だ。無生物のくせに生意気な。さっきまで可愛いとおもっていたが腹立ってきた」

 耳まで真っ赤になって悔しがっている。案外こいつは百面相らしい。

「これ本当は取れないようになってるんじゃないのか? そもそもアームが弱すぎだ」

 ユーフォーキャッチャーが上手くいかないときの言い訳を御茶ノ水が呟いたところで交代を申し出る。

「俺がやろう」

「ま、まぁいいだろう。だがこのユーフォーキャッチャー(語尾あがる)は単純に見えてなかなか奥が深い。金融界の荒波を生き残る私ですら手ごまねくほどだ。一介の高校生がそうやすやすとクリアできるほど単純なものでは」

「とれた」

「なんだとっ!?」

 取り出し口から景品を掲げあげる。御茶ノ水は俺とカエルのぬいぐるみを交互に指差し、

「そんなバカな!」

 ゲーセンの喧騒を吹き飛ばすような大声をあげた。

「私ですら諦めかけたカエルを手にいれるなんて、どんな違法行為に手を染めたのだ!」

「正攻法だよ。はい」

「? む、なんだ」

 差し出されたカエルに戸惑いの表情を浮かべる御茶ノ水。

「やるよ。欲しかったんだろ?」

「ほし、かったが……ほ、施しは受けない。アップルシード家の家訓に他人に恩を感じてはいけないとある。ヤマダが手にいれたのだから、これはキミのものだ」

「めんどくさい一家だなぁ」

 俺は無理矢理彼女にカエルを渡すと、早足にゲーセンを後にした。

 慌てて俺を追いかけきた御茶ノ水はカエルを抱いたまま俺の横で歩調会わせた。

「見返りはなんだ? 金か?」

「いらん」

「まさか私の体が狙いか!?」

「違う。俺がお前にあげたいと思ったからプレゼントするんだ。お返しはいらない。そのぬいぐるみを大切にしてくれればいい」

「それでは私の気がすまない。他人からなにか貰ったら全力でその恩に報いなければならない。それがアップルシード家の家訓だ」

「そうだな。それなら一言お礼がほしい。それでいいよ」

「むっ」

 彼女はゆっくり立ち止まった。

「どうした」

 俺も合わせて立ち止まる。

 御茶ノ水はみるみる紅くなっていくと、それを誤魔化すように自分の顔の前にぬいぐるみを持ってきて、

「あ、ありがとー」

 ぬいぐるみの腕をぱたぱたと動かしながらお礼を言った。


 二人でトボトボ駅に向かうが一切の会話はない。冷静に考えてみれば知り合ってまだ二日だし、ろくに打ち解けてもいないのだから当たり前だ。

「ねぇねぇキミ、いま帰り? 一緒に遊ばない?」

 正面だけを見て歩いていたので背後でした頭の悪そうな声が連れにかけられたものだと気付くのに遅れた。

「なんだお前は」

「うっは! 外人じゃん! うへぇ超可愛い! よく言われるっしょ?」

「よく言われるが、貴様はなんだ」

「俺のことはどーでもいいじゃん」

 茶髪のツンツンした学生が御茶ノ水アリサに声をかけていた。

「飯いこうよ。奢るよ」

「いらん。いね」

「連れないなぁー。いいじゃん、暇なんだよ、遊ぼーぜ」

「しつこいな。消すぞ?」

「てぇーい」

「あ」

 茶髪は御茶ノ水の手からカエルのぬいぐるみを奪うと頭上に大きく掲げた。

「返せ! 私のフロッグリア・ヴィルヘルム三世!」

 なにその超絶ダサい名前。

「へへーん、返してほしければ、俺についてこーい」

 バカっぽい発言を残し茶髪はダラダラと走っていった。

 見た目とは裏腹に思ったより素早いらしい。すぐにその背中は小さくなった。

「おい、御茶ノ水、ぬいぐるみくらいまた取ってやるからあんなバカ相手にす」

「まてぇ! 返せ!」

「あっ、おい」

 俺が呼び止めるよりも先に御茶ノ水は駆け出していた。


 茶髪のヤンキーは迷いのない足取りで寂れたビルに入っていった。駅前通りがメインストリートだとすると今いる場所は裏路地だ。雑多なビルが多く建ち並び、その多くが廃墟とかしている。学校じゃ治安が悪いと言う理由で一般生徒の立ち入りを制限していたはずだ。なんでもドラッグ販売店とか風俗店とか、外人の怪しいポン引きが若者を引きずり込もうと目を光らせているそうだ。

 風紀委員の俺ですら、こっちに来たことはない。

「まてぇ! またんかぁー!」

 なのに昨日来た転校生は元気いっぱいにヤンキーを追いかけてコンクリート打ちっぱなしのビルに入っていった。

「待つのはお前だよ、ばかっ!」

 仕方ないので俺もあとに続く。


「えっへへー」

「追い詰めたぞ。さぁ早くフロッグリア・ヴィルヘルム三世を返してもらおうか」

「いいよー、ほーい」

 スプレーでたくさんの落書きがされた部屋の真ん中で待ち構えるように立っていた茶髪はカエルのぬいぐるみを弧を描くように空中に放り投げた。

「あ」

 ぬいぐるみは御茶ノ水に届かず途中で落ちて黒ずんだ床に転がった。

「まったくノーコンめ……」

 御茶ノ水は肩をすくめ、落ちたぬいぐるみを拾おうと屈みこんだ。

「や!」

「御茶ノ水!」

 物陰から突如として複数の厳つい男性が現れ、そのまま御茶ノ水を床に這いつくばらせた。

「ぎゃははへへ、ばーかじゃねぇーの」

 茶髪は不気味な笑みを浮かべながら御茶ノ水のそばまで歩いていった。

「じゃあ、楽しもうか?」

 御茶ノ水は床に押さえつけられながらも、反抗的な目で茶髪を睨み付けている。

「おい、あんたらいい加減にしろよ。警察呼ぶぞ」

「あ、誰それ」

 入り口で呆然と立ち尽くす俺を見て茶髪がつまらなそうに言った。

「お前帰っていいよ。俺らこれからカノジョで楽しむからさ。見たくないだろ? 友達が喘いでる姿」

「解放しろって。ただナンパした女の子程度にしか思ってないかもしれないけど、ソイツはお前が思ってる以上にヤバいやつだからな。手を出さないほうがいいぞ」

「わっかりましたー、手は出しませんけど(自主規制)はだしまーす!」

 とんでもない下ネタをぶっ混んできたので、健全な青少年である俺の鼓膜はソレを受け付けなかった。

「離せっていってんだろ!」

 本来ならすぐに逃げているところだけど、今日の俺は珍しくアナドレナリンが大量分泌されているらしい。恐怖が怒りで麻痺している。

 だから、頭部に鋭い痛みを感じ、崩れ落ちるまで、何が、起こったか把握できなかった。

「めんどくせぇな。さっさと転がせよ」

 俺の背後にタンクトップのマッチョが立っていた、らしい。地面に顔から転んでしまったので、気付いたのは朦朧とした意識のなかでだけど。

「よぅし、さっそく楽しむとしよう!」

 かすれ行く視界の先、上半身を起こされた御茶ノ水は青くなっていた。

「やめろ、触るな! 汚らわしい!」

「汚らわしくないよ。ビュアだよ。純愛を育もう!」

「くっ、やめろ、やめてくれれば、金ならいくらでもはら……」

 御茶ノ水は言いかけた言葉を飲み込んだ。どうしたのだろう。

「と、いうとでもおもったか! だ、だれが貴様らに金をやるか! 私の前から早々に消え失せろ!」

「お金じゃ買えない価値がある! 買えるものは俺のもの!」

 制服のボタンが弾けとんだ。

「やあぁ!」

 御茶ノ水は金切り声をあげた。

 俺は立ち上がろうと力を込めたけど、体はまったく動かなかった。

「ぐふふふふ。それじゃあ、いただきますかね!」

 下品な笑い声を茶髪が浮かべた時だった。

「ぐふ」

 入り口に立っていたタンクトップのマッチョが俺の上に倒れてきた。

「ぐえ!」

 苦しい!

「アルファワン、突入」

 五感のすぐそばをたくさんの足音が駆けていく。

「わっ、なんだお前ら!」

 ヘルメットと黒い軍服姿の男達が一斉になだれ込み、室内にいた不良たちを取り押さえていく。

「制圧完了しました」

『了解。撤収作業にうつれ』

 全身フル装備の連中は意識を失い口から泡を吹く不良たちを小脇に抱えると嵐のように去っていった。

「アリサ様、ご無事でしょうか」

 外国の特殊部隊みたいな連中は去ったが、タキシード姿のダンディーな男性が残っていた。 


 静寂。

 夕方を迎え薄暗い室内に少女の啜り泣きが聞こえる。

「アリサ様、国へ帰りましょう」

「く」

「やはり土人国家、あなた様には危険すぎたのです」

 タキシードは項垂れる御茶ノ水に上着をかけると立ち上がるように促した。

「さあ、帰りましょう、アリサ様」

「セバフチャン……」

 御茶ノ水はすっくと立ち上がった。

 顔面は涙や鼻水でぐちゃぐちゃだった。

「貴様私の言いつけを破ったな」

「アリサ様……?」

「私は決して護衛をつけるな、普通の高校生生活を送りたいと家を出るとき言ったはずだぞ」

「し、しかしお嬢様、我々がいなければ、お嬢様は、いまごろ」

「そのへんは感謝してる。しかし先に約束を破られたのは私だ。家へは帰らぬ。や、やっと、楽しくなってきたところなのだ」

「アリサ様……」

 セバフチャンと呼ばれた男性は悲しそうにうつ向くと、ポケットから携帯を取りだしスピーカーモードで通話をし始めた。

「アリサ様、お父様です」

 電話のスピーカーからエセ外国人みたいな声が響く。

『アリサ、家へ帰リナサーイ。ゲットバック!』

「そんな、パパ! パパが日本のハイスクールに行けって」

『日本、トテモトテモ怖イ。ヤッパリ二次元最高ダゼ。カムバック、アリサ。一緒ニギャルゲーヤロウヨ』

「い、嫌だ! 明日は私が手作り弁当でヤマダをびびらせてやる手筈になっているのだ!」

『モウ御茶ノ水サンニモ言ッテ帰国ノ準備トトノッテルヨー!』

「う、うぅ。ママに言いつけてやる」

『オオウ、アリサ、ソレハズルネ。A―hahahaha!』

 ブツ、と通話が切れる。

 御茶ノ水は寂しそうに項垂れた。


「ヤマダ、聞こえるか?」

「……」

「私は国に帰ることなった。家族がいるからな。だが、またすぐ戻ってくる。……ヤマダは最後まで私のお金を受け取らなかったな。お前のようなやつは初めてだ」

「……」

「すまなかった。私の軽率な行動がキミを傷つけてしまった。……次会うときは、ヤマダのカノジョとして、真っ正面から向き合えるよう、努力するから……期待しておいてくれ」

 俺は朦朧とする意識のなかで彼女が「さようなら」と呟くのを聞いた。


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