御茶ノ水アリサは金持ちすぎる 1
自分のなかで倫理観のストッパーがあり、そういうのをとっぱらった作品です。
自分で言うのは何だが俺は目立たない生徒だ。クラスメートは俺のことを風紀委員と呼びいつしかそれがあだ名になっていた。
いまじゃ委員会の奴らですら俺の事をフウキイインと呼び、本名を呼んでくれる人はいなくなっていた。
「ヤマダタカヒサ、私と付き合え」
だから隣のクラスの転校生が名前を知ってることにまず驚いて、
「聞こえなかったのか。私と付き合え」
次に彼女が常軌を逸した要求をしていることに驚いた。
「付き合うって、……え?」
「耳が悪いな。私と付き合ってくれ、と言ったのだ」
「いや、でも、キミ昨日転校してきたばっかだろ? そんな仲良くないし、いままでそんな」
「ふぅ、グダグダうるさいな。いくらだ? いくら欲しい」
「え?」
「お前はいくら払えば私と付き合う?」
「あの、なにを言って……」
「ふん」
どん。
机の上に紙束が置かれる。
「とりあえず100万」
1センチの福沢諭吉!
「足りないならならもう100万」
「な、え?」
でん。
追加の札束。合計2センチの福沢諭吉。
突然の出来事で混乱してうまく話せない。
放課後手紙で呼び出されて空き教室にいったら美人の転校生がいて、告白されて、さらにその転校生が札束をだしてきて、……あー、これ夢だわ。じゃなきゃ、こんな状況あり得るわけないし。
「あの、なんかの冗談、ですか? どっきり?」
「言い値で出す。お前はいくら払えば私と付き合うんだ?」
「あの、お金、は意味わかんないんですけど、その前に、お互いの事をよく知らないですし」
噂にはなっていたので、俺の方は彼女のことを知っていた。
ハーフでとてつもなくお金持ち。そして同じ人類とは思えないくらい美人。
まさしく事前情報の通りの人物が目の前に立っている。
長いまつ毛に、スッキリとした目鼻立ち、白い肌にサラサラな金髪。自信に満ち溢れた青い瞳は、長く見つめていると吸い込まれそうだった。
「私の名前は御茶ノ水アリサ。知り合いの名前を借りている。本名はアリサ・J・アップルシード。日本よりはるか西。タンポリア帝国の第一王女だ。資産は日本の約3倍。金はいくらでもある」
なるほどなるほど。
この人電波だ。
帰ろっと。おつかれさーんす。
俺は彼女を無視して帰宅することにした。
「まて、待たないか。どこにいく」
「家に帰ります」
「私が告白したのに、『はい』と言わないのか」
断るという選択肢はこの人の中にはないらしい。
「いや、今いっぱいいっぱいなんで返事は明日でいいですか?」
「ふん。いいだろう。だが時は金なりということを忘れるな」
忘れたくてもそんなキャラクターしてねぇぜ、お前はよ。
寒さに襲われる帰り道。裸になった街路樹と遠くの空に輝く一番星。長く延びる影に切なさが込み上げてくる。
感傷を誤魔化すように、今日あったことを思い返しながら下校する。
やっぱりどう考えても夢という結論に落ち着いた。
次の日、教室で五限目の数学の準備をしていたら金髪ツインテールに絡まれた。突然の来訪者にざわつく教室。
「おい、昨日の返事はどうした」
どうやら夢ではなかったらしい。
前の席の坂倉が俺よりも多くのハテナマークを飛ばしている。「どういう組み合わせだよ」と小さなぼやきが聞こえたが、それを聞きたいのは俺の方だ。
「あの御茶ノ水さん、昨日ゆっくり考えたんですけど、やっぱりお互いの事をあまりよく知らない状況で付き合おうってのはいささか突飛すぎるんじゃないかなって」
「関係ない。金はいくらでも出す。付き合え」
「と、とりあえず友達からはじめましょう」
「友達ならいくらでもいる。必要ない。私に必要なのは恋人だ」
「え、いや、こういったらアレですけど御茶ノ水さん、絶対友達いませんよね」
「ふん」
御茶ノ水は指をパチンと鳴らした。
途端、ドアを壊さんばかりの勢いで、隣のB組の連中が我先にと飛び込んできた。全員血眼だ。
俺のクラスメート(A組)は全員目を丸くして、おどおどと黒板前に避難している。
B組の生徒たちは一列になると、
「僕たち、御茶ノ水アリサさんの友達です!!」
と半ば怒鳴り付けるような大声で不気味な唱和を行った。
「昨日友達になった」
御茶ノ水アリサは満足げに頷きながらそう言った。異常だ。
「え? は、どういう……」
「ご苦労。全員で分けろ」
彼女は胸ポケットに手を突っ込むと、後ろで並ぶ連中に向けてたくさんの一万円札を放り投げた。空中を舞う一万円札。それを奪い合うB組の連中。
「離せ! 俺が先だ!」
「ちょっと! それアタシのよ!」
それはまさに地獄絵図。
「どうだ。私は友達多いだろ。だからもう友達は必要ないのだ。必要なのは恋人よ」
「いやいやいや、まてまてまて、おかしい、おかしいだろ!」
「? なにがだ」
「そんな殺伐とした友人関係ねぇよ、ありえねぇって! 友達ってのはもっとこう、……なんていうか、心で通じあってるもんなんだよ、なぁ、坂倉!」
前の席で目を丸くしている坂倉の肩に手をかけた。
「あ、え、えーと、すまん、フウキイイン……お前のこと少し親しい知り合いぐらいにしか思ったことなかったわ」
「……え?」
「な、なんかごめんな」
「い、いや、べつに、気にしてないし、……逆にこっちが、ごめん」
「いや……」
「……」
御茶ノ水アリサは冷ややかな視線で俺のことを見ていた。
「ヤマダ、お前友達いないんだな」
「ち、ちがう! えっと、坂倉とはそんなもんだけど、地元じゃ半端ない人気者だから」
「そうか」
「と、ともかくキミの後ろにいる連中は友達じゃないよ!」
「ふん」
御茶ノ水は無言で右手を挙げた。
「僕たち御茶ノ水アリサさんの友達です!!」
それはもういいよ!
「ほらみろ」
「違うって! 友達ってのは打算なしで無邪気に笑い合える仲のことをいうんだよ!」
「なるほど。そうか。みとけ」
御茶ノ水アリサは「笑え!」と言いながら右手を挙げた。
「あーっははは」
「いーっひっひ」
「ぎゃはへへへへ」
エンヤ婆かよ。
「どわっはははー」
妖怪のせいみたいだ。
「打算しかねぇよ!」
「私の友達の話はもういい」
彼女が口を開くと同時にイビツな爆笑はピタリとやんだ。統率がとれてて怖い。
「昨日の告白の返事を聞かせろ。ヤマダ。私だって暇じゃないんだ」
「え、えっと、だから友達から始めようってさっき言ったじゃんか」
「私はヤマダの口からイエスかハイ以外の返事は受け付けない」
「どこいった俺の自由意思!」
「早く首を縦にふらないと力ずくで頷かせることになるが、どうする?」
ヤバい!
一先ず時間を稼いで妙案を捻りだそう。
「そ、そもそもこんな人前で告白の返事なんて出来ませんよ!」
「ふむ、一理あるな」
御茶ノ水アリサは胸ポケットからピカピカの金貨を取り出して、顔の横でかかげて見せた。蛍光灯の光がキラリと反射した。
「おおー!」歓声があがる。
「注目。これはナポレオン時代のフラン金貨だ。いまの価値なら十万は下らないだろう。顔が写りこむくらいピカピカなこの金貨を……」
彼女はトコトコ窓際に歩くと窓を開け、
「一番最初に拾ったものにあげよう」
そこから金貨を落とした。
「うおおおおおおおーーー!!!!」
雄叫びをあげながら教室から人がいなくなる。全員校庭に落下した金貨を拾いに行ったらしい。J・ガイルもびっくりだ。
静まり返る教室。
「やっと二人きりになれたな」
なんてロマンのない台詞!
「さあ、返事は?」
「あの、その前に、理由を聞かせてくれよ。なんで俺のこと好きなのか」
「別に好きではない」
「は?」
「無作為に選んだ人物がたまたまヤマダだっただけだ」
「え、どゆこと?」
「ふぅ。しょうがないのでイチから説明してやろう」
御茶ノ水アリサはため息をついてから続けた。
「ご存知の通りタンポリア帝国は恵まれた資源と金の輸出で日本とは比べ物にならないくらいの大国だ」
そんな国聞いたことねぇよ。
「私は第一王女でありながら、いくつもの会社を立ち上げ経営している。まあ暇潰しだ」
「ほんとにお姫様だったんですか」
「うむ。知らなかったのか? 無知か」
知るわけがない。
「去年のことだ。会社の一つが経営難に陥った。収支でマイナスが見込まれた。だから私はリストラクチュアリングを行い、これにより収支はV字回復、徹底的な能力主義に転化したことにより会社は再び軌道に乗った」
目の前にいる金髪は誰がどう見ても少女という年齢を脱しきれていない。そんな容姿のやつがなにを言っても作り話にしか思えなかった。
「だが、どう考えても非合理なのだが、私の信頼していた部下の一人が辞表を突きつけてこう言ったのだ。アリサ王には人の心がわからないと」
なんか聞いたことのある台詞でたな。
「私は悩んだ」
「……」
「パパに相談することにした」
突然女子高生らしいこと言い始めた。
「パパはグリーングリーンを歌い終わったあと私に言った。『日本ノ高校ニ行キナサーイ』!」
「なんで!?」
「パパは青春もののギャルゲーが大好きなのだ」
嫌だよそんな国王!
「早速私は日本の中流の高校に編入手続きを行うことにした。公平性をきすため自動抽出プログラムを組み、選ばれた高校がここだったのだ。準備を進める私にパパは言った『恋ヲシナサーイ』!」
どうでもいいけどパパの物真似のときだけ片言になるのはなんでだ。
「だから私は恋人を作ることにした。全校生徒のリストを入手し、無作為に抽出されたのが、キミだ。ヤマダ。喜べ」
「喜べねぇよ!」
外国人美少女に告白されて喜んでた俺のトキメキを返せ!
「私の話は以上だ。ヤマダもいつまでも強情張ってないで金を受け取ったらどうだ」
グイっと乱暴に万札を押し付けられる。
「なんでも、かんでも金で解決できると思うな」
「できる」
「は?」
「お金で解決できないことはない」
「はぁ?」
「お金で買えないものはない」
「……」
「世の中金ずら」
突然なまるな。
「べつにその考えを否定しようとは思わないけど、人の心まではお金じゃ買えないぜ」
「ヤマダはいま何がほしい?」
新型のパソコンをおねだりしたい。
「……そ、そんなんじゃ俺の心は動かせない。ましてやさっきの話を聞いたばかりじゃな。ランダムで選ばれたってなんだよ。人をバカにしてんのか」
「いいじゃないか。胸を張ってラッキーボーイと言えるのだから。考えてもみろ。私と恋人同士になったらなにがおきるか」
「さあ、なにが起きるんだ?」
「ヤマダの親御さんが喜ぶ」
「ほっとけ」
「そして私のカレシとして、毎日私を楽しませなければならなくなる。これによりヤマダは芸の道を極めることができる」
「絶対やりたくないわ」
「そしてなによりパーフェクトガールたる私のカレシというステータスを手にすることができるのだ。キング・オブ・凡人のヤマダが」
「願い下げだ」
「返事を渋る理由がわからん。私のなにがいけないのだ。容姿家柄性格、すべてにおいて完璧ではないか」
「性格だよ!」
「むぅ」
いままでずっと無表情のままだった御茶ノ水アリサが、始めて表情を崩した。仏頂面で、可愛いげのないものだったが、俺はなんとなくそっちの方がいいな、と思った。
「キミはなんなのだ。私のことをろくに知りもしないで否定ばかりして」
「出会ってから好きになる要素が微塵もないだろうが。だから俺はお互いのことをもっと知り合ってから告白とかしなきゃだめだと思うんだよ」
「ふむ、そうだな。もっと私の内面を見てほしいところだが……」
その時、窓の外から大きな声が聞こえた。立ち上がり下を見てみる。
「おぉーい、御茶ノ水さーん! 金貨拾いましたよー! これ、俺のでいいんですよねぇー?」
坂倉だった。あいつにはがっかりだ。
「うむ。……」
坂倉の回りではたくさんの生徒が悔しそうに地団駄を踏んでいる。それを見下ろしていた御茶ノ水は再び胸ポケットに手をやるとたくさんのお札を取り出した。まるでドラえもんポケットみたいな収納量だ。
「有象無象が僅かばかりの金に群がる……」
「え?」
バサッ、御茶ノ水はお札をばらまいた。窓から花吹雪のようにたくさんのお札がヒラヒラと舞い落ちていく。
「生まれつき、好きなんだ、そういうのが」
いまだかつて見たことがないくらい邪悪な笑みをうかべられた。
最悪な中味だった。