意気地なし沈黙する
今回は少しシリアスです
「拒否権がないなんて冗談にしてはふざけているわ」
「そうですよ、水無月先輩。今のうちに謝らないと痛い目にあいますよ。だからとりあえず土下座してください。じゃないと命の保証はできません」
経験者が語ってるんだ。嘘偽りはない。
「いいのですか?何か変なことをしたら私はあなた達のSM関係をばらしますよ」
「いや違う。先輩は何もわかっていないんだ!」
「はい?」
「結衣ちゃんにいじめられて精神が回復した人間はこの世にいません。彼女は相手がどんな人間だろうとも平等に精神を破壊して再起不能にする。そんな・・・・・・、そんなことがあっていいはずがないんだ!だからお願いです。どうか、どうかこの場は土下座して詫びてください」
「美咲君、なんか私関連の話だと躍起(
やっき)になってない?」
そうだ。そんな悲しいことがあっていい訳がないんだ。だから僕は水無月先輩を止めなくちゃいけない。
「こほん。確かに美咲君のいいたいことは分かりました」
「では――――」
「しかしこちらも引き下がれない理由があります」
「そんな、命が惜しくないんですか!」
「話は終わりかしら、二人とも」
結衣ちゃんの声で一旦、僕の一人の命をかけた会話は終わりをつげた。
「そもそも、あなたには証拠があるのかしら?」
「ええ、ありますとも。聞きますか?」
水無月先輩はポケットからボイスレコーダーを取り出す。
『「縄で拘束しての三角木馬は美咲君の痛そうな顔が見れてとてもいいけど叫び声しか聞けないからちょっといまいちなんだよね。その点でいえば鞭でたたくのは悲鳴がきけるし懺悔の叫びも聞けるからいいね。けどこれもいまひとつ何かが足りないよなー。踏みながらの罵倒は痛そうじゃないけど美咲君にとっては屈辱的だから興奮するね」
「僕的には踏まれて罵倒が一番いいんだけどどうかな」』
何かこれだけ聞いてると僕も変態みたいだな。
「だったら仕方がないわね。謝る気がないならここからは実力行使で黙らせるわ」
そういって妖艶の笑みを浮かべながらポケットから鞭をとりだした。
鞭っていつから携帯できるようになったのだろうか。
「本当にいいのですか?私はあなた達の秘密を握っているのですよ。ここでなんらかの行動をとった場合はこの秘密をばらします」
「あなたが秘密を握っていようと握っていまいとそれは関係ないわ。あなたを隷属させればすむだけの話」
「確かに、佐藤君の話からあなたがどれだけ恐ろしいかは分かりました。しかし、何の策もたてずに私があなた達を呼び出したと思っているのですか?」
「美咲君!廊下を見張って!」
結衣ちゃんの声を聞いた瞬間にドアを開いて廊下を見ようとした。
そしてその人が空き教室に入ってきたのはほとんど同時だった。
「約束通り時刻ぴったりにここに来たぞ壮馬。ってお前は確か・・・・・・」
「え、僕のことを知ってるのですか?」
「いや、なんでもない。それより自己紹介をしないとな。俺は3年英語科の出席番号32番の前中駿河だ。よろしく。」
と言って右手を差し出す。僕はその手をつかんで握手をした。
「ちなみに剣道部主将だ」
「アウトですっ!」
つかんだ手をすぐさまはたいた。
あの剣道部主将だったのか。確か『熱い汗をかきながら互いの剣を』、ってこれ以上思い出したらだめだ体の震えが止まらない。背中が寒い、この感情は何だ?恐怖?ばかな、これでも僕は結衣ちゃんに一通り鍛えて(いじめて)もらったんだぞ。ただ内気なだけで常人よりは精神力がある自身がある。まさかこの僕がおびえているだと。
「ちょっと君、体が震えているけど大丈夫なのかい」
そういって合法的に僕の体に触れようとする剣道部主将。
もちろん逃げる。
「この人はなんなんですか、水無月先輩」
「さきほど紹介されたばかりではありませんか。駿河君です。」
「そういうことを聞いてるんじゃありません!この人の正体はなんですか」
「すみませんが質問の意味がわかりませんね」
そういって紅茶ができあがったのかティーカップを持ってきた。
「すみませんが駿河君の分の紅茶を用意するのを忘れていました。」
僕と結衣ちゃんだけに紅茶を出す。
「いや、別に気にしないぞ。そんなことよりも君の名前はなんだい」
僕と会話しようとする。本当にやめて欲しい。
「僕の名前は佐藤美咲です」
「そうか美咲というのか。いい名前だな」
いや僕はこの名前のせいでいじめられたんですけど。
「そろそろ本題に戻りましょうか」
結衣ちゃんが紅茶を飲みながらクールに言う。
「この人を証人にするつもりなのですか」
「ええ、そうですよ。まだ何もお伝えしていません。」
なんて甘い考えなんだ。
二人とも奴隷にすればいい話じゃないか。少なくとも結衣ちゃんならそれができる。
「まあ、嘘ですが」
「え?じゃあ前川先輩は何で呼び出したんですか?」
「その質問には答えられませんね。何故ならもうそろそろ放送の時間だからです」
水無月先輩は腕時計を見ながらそう言った。
そしてどこの学校でもおなじみな放送音が流れたのはすぐあとだった。
『えー、今から一年三組の神崎結衣さんと同じく一年三組の佐藤美咲君のびっくりする秘密を放送します』
「水無月先輩!これはどういうことなんですか」
「そのままの意味ですよ。この放送を止めるには私の携帯から放送室にいるもう一人の部員に連絡する必要があります。ただし、携帯のパスワードも、携帯に登録している部員の名前もあなた達は知らない」
策士だこの人は。
こなければ情報を流すと脅迫しておいて、来たら来たで情報を流そうとする。そしてきっとこれも脅迫だ。
「さあ、選択肢をあげます。今日から学校卒業まで変態として後ろ指を指されるか、それとも数学研究会の部員として暮らしていくか。10秒以内に選択してください」
ここで僕はどんな選択をするべきだろうか。
はっきり言って数学研究会に入った方が絶対にいいことは明白だ。だけど、ドSの結衣ちゃんは果たして僕と同じ考えだろうか?
ドSはプライドが高く、誰にも屈しない。むしろ誰かを隷属させる側の人間だ。
そんな人が誰かの言いなりになることに抵抗を持たないはずがない。舌を噛みちぎりたいほど悔しいはずだ。
僕はそっと結衣ちゃんの顔を見る。
結衣ちゃんも僕を見ていた。
女王様バージョンではなくいつものお姉ちゃんの様な優しい顔で。
ああ、まただ。きっと結衣ちゃんは僕のことを第一に考えて選択するつもりだ。
また、結衣ちゃんの足を引っ張ってしまったんだ。
何か言わなくちゃ、と思ったが口が開かない。
言えよ。言うんだよ。僕のことは気にするなって言うんだよ。僕のことを考える必要なんてないって言うんだ。結衣ちゃんの好きなのを選べばいいんだよ。そんなに平穏が大事なのか?自分の大切な人を犠牲にしてまで得る平穏なんていらないだろ。言えよ。頼むから言ってくれよ。
結局、僕は結衣ちゃんが返答を言うまで、僕はいつも通りの僕のままだった。
水無月さんがどんどん悪者になっていく・・・・・・