表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
数学研究会の変態日和  作者: 不完全な世界
第二章 選択の犠牲
20/21

水無月壮馬とは……

集合時刻は10時。場所は近くの駅前。

友達との待ち合わせというものは慣れないものでいつも緊張してしまう。そのため僕は必ずといっていいほど集合時間の20分前までには場所に到着している。そして何分か待つことになるので、自分の受け取った情報が間違っているのではないか、と思ってしまう。

友達との待ち合わせに慣れた人間ならこういう心配をすることがないだろう。例え10分ほど待ち合わせの相手が遅れたとしても、平然とした態度で暇つぶしのコーヒーを飲むことができる。

しかし僕は違う。友達と遊んだ経験が少ない僕はどうしても落ち着いていられないのだ。

何が言いたいのかというと、今の僕はとても不安だ。

――――こんなことになるのなら結衣ちゃんに連絡ぐらいするべきだった。

結衣ちゃんとは昨日のいざこざで僕が結衣ちゃんに対して、結衣ちゃんが僕に対して少なからずの罪悪感を抱いている。

それで気まづいため結衣ちゃんは駅前まで一緒に行くことを誘うメールを送ることはなかったと思う。僕も同じく結衣ちゃんにメールを出さなかった。

そんな僕にできることは不安を紛らわすために、一人むなしくコーヒーを飲むことだ。心なしかコーヒーがいつよりも苦くてまずい。

それから十分ほど待っただろうか。遠くから水無月先輩らしき人物が見えてきた。


「待ちましたか、佐藤君」

「いいえ、待ちませんでした」


まるでデートに来た恋人のような会話だ。この人とデートだなんて死んでも嫌だけど。


「それにしても今日はいい天気ですね。絶好の歓迎会日和です」


水無月先輩は空を見上げる。僕もそれにつられて空を見てみる。なるほど。確かに雲一つない、いい天気だ。


「わかっているとは思いますが、今日の歓迎会は数学研究会の部員全員と神崎さんの関係をより良くするために行います。最終的な目標としては神崎さんが完全に数学研究会の一員として入部することです」


水無月先輩は僕の顔を見つめる。その表情と声色からかなり真剣なのかがわかる。

僕には何で水無月先輩がそんなに真剣なのかがわからなかった。

昨日の電話中、水無月先輩は僕に結衣ちゃんからポット投擲事件の真実を問いただすことを薦められた。それは僕と結衣ちゃんの仲を壊すかもしれない。もしそうなってしまったらさっき水無月先輩が言っていた目標は達成されないことになる。

それなのに水無月先輩は昨日、僕の行動を応援していると言った。

結局、水無月先輩は誰の味方なのだろうか?


「何か言いたそうな顔をしていますね。どうかしましたか?」


水無月先輩は本当に何も知らないようにたずねる。

僕はさっきから疑問に思っていることを口にすることにした。


「僕は結衣ちゃんに昨日のポット投擲について話すつもりです」

「そうですね。昨日も電話で話していましたね」

「それに加え、結衣ちゃんから距離を置くためのことも話そうと思います」

「そのことも言っていましたね」


水無月先輩は淡々と返答していく。


「僕の行動は数学研究会の目的に反することではないのですか?」

「……確かにその通りですね」


しかし、と水無月先輩は付け加える。


「それはそれ、これはこれです。それに、佐藤君が目的を達成して、なおかつ数学研究会の目的も達成する。そんな未来もないわけではありませんよ。私はその可能性に賭けてみたい、ただそれだけです」


水無月先輩は軽く微笑む。

きっと、この人は誰よりも優しい人間なのだ。昨日の僕を追い詰める様な発言も、僕のことを思って言っていたのかもしれない。

誰よりも正しくて、誰よりも希望を持って、誰よりも人のことを気にかけてくれる。

水無月壮馬は誰よりも真っ直ぐな人間だ。


「っと、どうやらみなさん来たようですよ」


水無月先輩が目を向けている方にふりむく。

そこには二名の美少女がいた。

奈央はメイド服に似たふりふりがたくさんついた格好だった。多分ゴスロリ服というのだと思う。詳しくは知らない。黒のショートカットの髪の毛がと黒色のゴスロリ服が合わさって、全身を黒で統一している。普通は違う色などでコーディネートするべきなのだろうが、全身が同じ色で統一しているが故に美しいと思える。

それは朝の通行人も思っていたようで、道行く学生や社会人たちの視線が集まっている。いや、詳しくいえば一か所に集まっている。

奈央が黒のゴスロリ服という異端なのに対し、結衣ちゃんは王道のワンピースだ。生地の色は薄く、清楚なイメージを湧き立たせている。結衣ちゃんの長くきれいな髪の毛が風に揺れ、太陽の光によって明るく照らされる。まさに奈央とは対照的な美しさだ。


「おやおや、佐藤君。お二人に見惚れていますね」


水無月先輩が含み笑いをしながら冗談ぎみにこづいてくる。まったく、僕はまったくもって、全然、みじんにも、見惚れてなんかないというのに。仕方がない。ここは冷静に対処するか。


「別に見惚れてなんかいましぇん」

「……」


その……沈黙はやめてください。お願いします。なんかものすごく恥ずかしいですから。


「おお!待たせましたね。申し訳ありません、佐藤君、会長!」


奈央が小走りで近づいてくる。本当この人朝から元気だよなー。


「ええ、十分ぐらい待ちました」


えっ!そこは別に待ってなんかありませんじゃないの?!水無月先輩!悪い意味で真っ直ぐすぎるよ!


「えっと、すみませんでした。水無月先輩。それに美咲君も」


結衣ちゃんは少々困惑気味に謝る。まぁ、水無月先輩も真顔で言うもんだから、そりゃあ困惑するだろう。今度も早くから集合することにしよう、と心に誓った。


「ではみなさんそろいましたし、まずは電車に乗って移動しましょう」


水無月先輩は誰もが戸惑っているのに対し、いつも通りのペースで発言する。お願いですから協調性を持ってください。


「電車に乗ってどこまでいくんですか?」

「いろいろと遊ぶ施設があるA町まで」(町の名前を考えるのがめんどくさくて適当にA町にしました。作者より)

「A町までですか……」

「どうかしましたか?佐藤君」

「いや、このメンバーでそんな都会まで行くと僕だけ浮いちゃうなーって。別に行くのが嫌ってわけじゃありませんけど」


嘘だ。だって美少女二人に美少年一人にその他一人だよ。絶対僕だけ後ろ指を刺されるよ。

するとなんだろうか?水無月先輩と奈央が寄り添ってひそひそと話し始めた。なんだろうと思い、二人に気づかれないように半歩ほど近づいて盗み聞きしてみることにした。


「会長」

「ええ、コード・ドMでいきましょう」


だから何だよコード・ドMって!


「それなら電車で移動はなしにして近くのショッピングモールに行きましょう。そこで佐藤君に似合う服を買いに行きましょう」

「えぇっ!」


だからコード・ドMってなんですか!


「それでは行きましょう。佐藤君、神崎さん」


そういって、強引に連れて行かれた。

ちなみに結衣ちゃんの手を引っ張ったのは奈央で、僕の手を引っ張ったのは水無月先輩である。これ以上BL疑惑を広めないでください。





さて、疲れた。とりあえず疲れた。とにかく疲れた。ものすごく疲れた。……疲れた。

あの後、奈央と結衣ちゃんからまるで着せ替え人形のように服を試着させられたのであった。いや、女の子に服を選んでもらうというのは男としてどうかと思うよ。けど、結衣ちゃんの女王様オーラでしぶしぶ従うことになった。従うことになった。重要なことなので二回言った。

頼みの水無月先輩は服には興味がなさそうだったのでどっかに行ってたし。実際あの人露出狂だから服には興味ないよな。全裸がファッションみたいなもんだよね。

僕は買った服を早速着て、イスに座り疲れを癒している。


「佐藤君に似合う服は見つかりましたか?」


平穏は早速崩壊した。


「水無月先輩、こっちは大変だったんですよ。二人から人形のように着せ替え遊びをされて。まぁそのおかげで服を選ぶことができましたけど」


僕は振り向きざまに文句をいう。

水無月先輩はにこにこと笑いながら、僕の前に立っていた。本当にこの状況を楽しんでいるな。ちょっと怒りそうだ。


「まぁまぁ。そんなことよりも世間話でもしませんか」


そういいながら僕の隣に腰掛ける。

もう少し文句を言いたかったが、愚痴を聞いてもらうことで我慢した。


「女子って不思議ですよね。何であんなに服装にこだわるのでしょうか?」


僕は奈央と結衣ちゃんを見つめる。二人は僕の人形遊びに飽きたら自分たちの服装を選び始めたのだ。互いに服を試着して見せつけ合っている。まさに自己中心的だ。そういう人たちがいるから世界に戦争が絶えず起きているのだというのに。

けれどこれはこれである意味いいのかもしれない。

あれだけぎくしゃくしていた関係が服装を選ぶだけで仲良くなっているのだ。この結果だけなら僕という犠牲は安いものだ。

たまにはこういう自分勝手もいいのかもしれないな、と、僕は一人勝手に満足する。

学校のマラソン大会で走り終わったような爽快感が体をめぐる。スタミナが尽きるまで走って、息をするのもきついのに、何故か悪い感じはしなかった。そんな気持ちに似ている。


「そうですよね……。女性という生物は何であんなに服装に対して執着を持つのか謎です。そもそも石器時代はみんな同じ服装でそういうのに興味を持っていませんでした。時代が進むにつれて他国からの伝統的な衣服が流通することによって、おしゃれに着こなす、という概念が生まれてしまったのでしょう。服なんてただの身体を温めるだけの布にすぎないというのに。……というより夏は全裸でいいんですよ。それなのに日本政府は全裸で行動することを犯罪だと主張している。民衆の意見に反対するなんて、何が民主国家ですか、何が国民全員の意見を反映するですか。こんなのはただの独裁者にしかすぎません」


あのー。水無月先輩。目が完全にマジなんですけど。冗談ですよね。服装の話だけで親の仇を見るような目をしませんよね。つっこんでいいのか?!この場面はつっこむところなのか?けどつっこんで怒りの矛先が僕に向けられるのは超怖い。ここは自然に話題をそらしていくんだ。


「えーと、水無月先輩の服装も結構似合っていますよ」


ここはとりあえず褒めることにした。人は褒めることによって悪い感じはしない。むしろ嬉しい。そこで服装を褒めることによって服装、そして最終的には日本政府に対する怒りもしずめるという高度なテクニックだ。我ながらすばらしい。


「佐藤君。もしかして今のは私に対する宣戦布告ですか……」


逆効果だったー!

水無月先輩は今までにない鬼の形相で僕をにらんでいた。目が悪い意味ですごく輝いている。蛇ににらまれたかえるということわざがあるだろう。まさにそんな感じだ。


「いいえ!断じて違います!どこかおきになさらないところが先ほどの発言にあったのでしょうか?」


超敬語。自分よりも格上の存在に出会ったときに使う日本語だ。結衣ちゃんにしかこれは使わないと思っていたけど……まさかこんな場面で使うはめになるとは。世間は広いな。


「そうですか。自覚がなかったのなら今日は不問にしておきます。いいですか、露出狂に対して服装を褒めるということは禁忌です。絶対にやってはいけません。私を含め、露出狂という存在は全裸こそが自分のベストファッションだと思っていますから」


あ、やっぱり全裸がファッションなんだ。この人は。

とりあえず話題を変えよう。うん、さりげなく。思ったことを口に出しちゃいけない。服装と日本政府に関連しないワードを選択するんだ。


「そういえば、この後はどこに行く予定ですか?」

「どこかで昼食をとる予定です」


おぉ。なんとか話題を変えることに成功した。

このときの僕はまだ知らなかった。

このいざこざは、まだ序の口だということを。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ