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数学研究会の変態日和  作者: 不完全な世界
第二章 選択の犠牲
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誰の味方か

資格試験で勉強していたので更新が遅れました。


今日で試験が終わったので、今日から更新をはじめます。

「そろそろはっきりするべきだな……」


部屋のベッドに横になり天井を見続ける。

蛍光灯の光が目に直接入ってきて、視界の一部分だけが白くなる。

数学研究会の会長である水無月先輩の意思は結衣ちゃんを数学研究会に勧誘すること。

しかし、それは僕の意思とは異なる。僕は結衣ちゃんから離れたいがために結衣ちゃんには数学研究会には入ってほしくはない。

水無月先輩は部員のことを優先して考える人だ。だから僕が結衣ちゃんを勧誘しないでくれと一言言えば、結衣ちゃんは数学研究会から離れて僕の願いがかなうだろう。

僕が一言言うだけで、解決する。ものすごく簡単だ。

僕は自分の携帯を見る。詳しくは宛先人不明の僕宛のメールだ。

メールの内容は『水無月壮馬です。すみませんが今から佐藤君だけ数学研究会の部室に帰ってきてくれませんか。神崎さんには気づかれないようにしてください』。

だがここでメールの本文は関係ない。重要なのはこのメールアドレスで水無月先輩にいつでも連絡が取れるということだ。そう、今からでも。


「……よしっ」 


数秒間目をつぶり覚悟を決めたところで、そのメールアドレスをコピーして貼り付けの機能を使う。本文は先に書いた。よしっ、いけた。

後は携帯の液晶画面の『送信』の部分を押すだけだ。なんだろう、緊張してしまう。初めてメールする人にメールを送るとき、人によってだが少しぐらい緊張してしまう。例えば厳しい先生にとか、好きな異性への初メールとかは緊張するだろう。

今、それと同じぐらいの緊張感を味わっている。これは僕にとって水無月先輩とはどういう人間なのかを表しているだろう。

少なくとも好きな人ではないと思う。と、なるとなんだろうか?先生っぽいけど厳しくはない。……わからない。とりあえず送信するか。

送信しようとしたとき、携帯から通話のプルルル、という着信音が鳴り始めた。いきなりだから、というより緊張していたから驚いた。例えるなら背後から友達が脅かしたぐらい。

僕が携帯に登録している人は少ない。電話番号を交換している人は特に少ない。結衣ちゃんぐらいだ。

しかし、僕の予想とは異なり、電話をかけてきたのは非通知だった。……まさかとは思うけど、あの人ではないよな。


「もしもし」

『もしもし。この番号は佐藤君の番号で間違ってないですか?』


思わずため息がついてしまう。この特徴的な凛とした声は電話越しにでも誰だかわかる。


「そうですけど、もう驚きませんよ。僕のメールアドレスぐらい知っていたんですから電話番号も知っていたんですね。水無月先輩」

『ふっふっふ。企業秘密です』


水無月先輩は得意げに笑う。その笑いを聞くたびにあきれてくる。


「で、内容はなんなんですか?明日の歓迎会のことですか?」

『いや、違いますね。今日は神崎さんのことについて電話をかけさせてもらいました』

「結衣ちゃんのことですか。で、内容は?」 

『あー、大変言いにくいのですが……。どういえばいいのでしょうかねぇ』


この先輩の冗談めかしたしゃべり方が、僕はあまり好きではない。


「単刀直入に言えばいいんじゃないですか?」

『では、言わせてもらいます。ずばり、今日の佐藤君の怪我は神崎さんのせいです』

「そーですか、ってえっ!」


どういう意味だ?意味が分からない。結衣ちゃんが?何のために?

いきなりのことで理解ができない僕を置いて、水無月先輩は話を続ける。


『駿河君があのとき保健室にいなかったのはあの怪我の凶器を探していたからです。そして現場の近くに見つかりましたよ。その凶器が。凶器はうちの部室のポットでした』

「つまり、犯人は結衣ちゃんだと?そんなのばかげています」


数学研究会のポットが凶器イコール結衣ちゃんが犯人という方程式は成り立たない。それなら水無月先輩や奈央も容疑者として挙げられるはずだ。


『冗談じゃなく本気で言っていますよ。そもそも部室から中庭のベンチまでの10数mを放物線をえがかずにまっすぐ佐藤君の頭に投げることができるのは彼女しかいません。あと水も入っていましたので重さも相当なものです』


……確かにそんな腕力を持っているのは結衣ちゃんぐらいかもしれない。


「それでも、結衣ちゃんは違う……!結衣ちゃんは僕にとって一番大切な人で、それは結衣ちゃんにとっても変わりません」

『現実を受け止めてください。彼女にしかできないことなんです』


理屈はわかる。確かにこんなことをできるのは結衣ちゃんぐらいだ。頭では理解している。けれどもそんなの認めたくない。頭ではわかっているけどその結論を認めるわけにはいけない。

だってそれはある種の裏切りだからだ。僕が結衣ちゃんを疑うことは、嘘をつくことと同じぐらい背徳的だ。

もう僕は、嘘もつきたくないし、疑いたくもない。


『そんなに認めたくないのなら、明日の歓迎会のときに直接聞いてみてください。それで全てがわかりますよ』

「嫌です」

『真実から目を背けるのですか?そんなことをしても何も解決しませんよ』

「それでも、嫌です」

『そうやって逃げて、偽って、言い訳して意味があるのですか。それはただの逃げにすぎません。あなたは親友から逃げるのですか。それだから――――』


水無月先輩の冷酷な声が容赦なく僕を追い詰める。

わかっている。その先の言葉はだいたい推測がつく。その言葉を聞きたくはない。けれども、それは水無月先輩の言ったとおり、逃げだ。




『あなたは神崎さんを拒絶することもできずに、延々と先延ばしにしているのです』




冷たく、心無い言葉が僕を傷つける。

今回の僕は怒りを感じなかった。

自分が一番悪いということを理解していたから。自分の罪をわかっていたから。自分の愚かさを知っていたから。

水無月先輩の正しさを知ったから。

知らないうちに、涙があふれてくる。今日の帰宅では涙は我慢できた。けどもう限界だ。せきとめられた感情があふれ出すように目からでてくる。

それでも声は出さない。泣いていることは知られても、声だけは出さない。それは水無月先輩に対する強がりであり、唯一の抵抗のようなものだ。水無月先輩は何も悪くはないけど。悪いのはいつも僕の方だけど。


「……わかりました」

『成長しましたね、佐藤君。それでいいんです』


水無月先輩は母親のように優しい声で僕を褒める。さっきのような冷酷な声が嘘のようだ。


「僕は歓迎会の終わりに結衣ちゃんに真実を聞きます。そして僕が今まで言い訳して逃げ続けたことに決着をつけます」

『おぉ。いきなり二つともですか。いいんですか?』

「はい。僕はずっと逃げてきたんです。それにこの二つのことを一度に解決しない理由はありません」

『ふっふっふ。それでこそ数学研究会の部員ですよ。いいでしょう。私もできるだけ、いいえ、頼まれたことは全て協力しますよ』

「ありがとうございます。多分協力することといってもそんなに無いと思いますけど」

『ああ、それと質問です。君はまだ神崎さんを傷つけたくないと思っているのですか?』

「……はい」

『だったら君なりにがんばってください。……応援していますよ』


そういって、水無月先輩は一方的に通話を切った。

結局、水無月先輩は何者なんなんだろう?僕の味方なのだろうか、それとも敵なのだろうか。




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