ナンバー2
今日から学校が始まりました。
とても憂鬱です。
情報を整理しよう。
・部室が剣道部によって襲撃された。
・理由は僕が剣道部の顧問に気に入られたからである。
・猶予時間は少ない。
・対抗策は結衣ちゃんが数学研究会を警戒しないように部員全員と仲良くなる事。
「なかなか難易度高いだろ。このミッションは」
「美咲君、何か言った?」
「いや何も言ってないよ」
昨日の襲撃から一日が過ぎ、放課後になった。
僕と佐々木先輩・・・・・・奈央の二人は窓ガラスの掃除をしようとしたが、水無月先輩が『私が割ったので私が掃除しますよ』と言って帰らせた。
思い出せば水無月先輩は一枚しか窓ガラスの割ったのにに対し、剣道部がたくさん割ったのだから悪いのはほとんど剣道部なのにな。窓ガラス代を請求してもいいと思う。
「しかし何で今日も如月さんはついてきてるの?」
「私が来たら嫌だと言うのか?それは少しショックだぞ」
「いや、別に嫌じゃないけど・・・・・・」
できることなら数少ない友達の如月さんにあの異常性癖者をこれ以上見せたくない。
「美咲君。嫌なら嫌ってちゃんと言うんだよ」
「ふん、何を言う。佐藤が嫌だと思う理由がないじゃないか」
「二人とも仲良くしてくれ。お願いだから」
しかし今日も結衣ちゃんと如月さんさんは仲が悪い。どうにかならないものかな。
まぁ、そんな訳で部室に着いてしまった訳だが。また結衣ちゃんと如月さんの二人から暴力とか受けないよね?
お願いします神様。今日は何も起きませんように・・・・・・!
僕はドアを開いて、その異常な光景にしばらくの間放心していた。
水無月先輩が服を着ている・・・・・・だと!
そこには、ちゃんと学校指定の学生服を身に着けた水無月先輩が席に座っていた。
モデルのようにきれいに整った顔をし、曇りのない凛とした瞳。長身で体つきはがっしりとせず、それでいて引き締まっている。それとは対照的に紅茶のカップをつかんでいる指は細く、美しい。紅茶を飲むひとつひとつの動作が優雅であり、水無月壮馬個人の存在感を示す。
それだけではない。水無月先輩は学生服を着ているのだ。学生服の袖からでる水無月先輩の手が、襟からのぞく首元が、全身を隠しているが故に露出している部分を強調していく。肌色ではない学生服の黒色が水無月先輩を塗りつぶし、神々しく思えてくる。常に裸でいたため、ただ学生服が彼をここまで際立たせることができる。
しばらくの間見とれてしまった。これほどまで学生服が似合う人間がいるのだろうか?いや、いないだろう。
……って危ない!何で水無月先輩をこんなに表現しているんだ。これじゃあまるで僕が男好きのようじゃないか。
他のことに集中するんだ。ほら、よく見れば奈央もメイド服ではなく制服を着ているぞ。奈央を頭の中で文章表現するんだ。えーと、いつものカチューシャをつけていない髪の毛が……。ふりふりのスカートではない普通のスカートが……。だめだ。水無月先輩の後に見るとどうでもよく思える。
「どうしたんですか、佐藤君?鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてますけど」
「いや少し現実的ではない光景を目にしてしまいまして。脳が情報を処理しきれていないだけです」
「おや、今日も如月さんが来ていたのですか。どうぞおかまいなく座ってください」
「わ、わかりました」
如月さんはとまどいながらもイスに座った。確かに昨日会ったばかりの、会話もまともにしていない人に話しかけられたらとまどうだろう。
実は僕もかなりとまどっている。さっきの水無月先輩の服を着ているか否かの問題で気づかなかったが・・・・・・窓ガラスが新しいものに代わっていた。
一日で新調できるものなのか?!いったい何者なんだよ水無月先輩は?!
「ところで神崎さん。明日ご用事はありませんか?」
「え、はい。特にありませんけど」
明日といえば土曜日。学生にとって土曜日といえば友達と一緒に遊んだり、もしくは一人で家の中でごろごろしたりするだろう。
僕の場合は家の中で本を読んだり外に出て本屋に行ったりしている。友達があまりいないから。
「だったら神崎さんと佐藤君の数学研究会入部の歓迎会をしようと思いますので午前10時に近くの駅前まで来てください」
なるほど。結衣ちゃんと仲良くなるために歓迎会を行うのか。
歓迎会とは学生から社会人にかけて開かれることがある。それぐらい人にとってはポピュラーなものなのだ。歓迎会を通して友達になったり、友達にならなかったとしてもメアドを交換したりしてこれから交流を深めることができる。
結論を言えば歓迎会とは人と仲良くなるため、またはこれから仲良くなるために重要なイベントなのだ。
「え、それはその――――」
「わかりました」
「えっ?美咲君?」
結衣ちゃんが返事に困っていたようなので僕が代わりに答えることにした。
結衣ちゃんにとっては数学研究会とは強制的に入らせられた形だけのものなのかもしれない。だからいきなり歓迎会を開くと聞いていろいろととまどっているのだろう。当然だな。どちらかと言えば悪いイメージしかしない人たちから好意を受け取るんだから。
「じゃあ歓迎会、楽しみにしていますよ」
「ふふふ、期待されては困りますね。まあその期待に答えられるぐらいに退屈しない歓迎会にするよう善処します。今日は明日の歓迎会の予定を佐々木さんと計画しますので、神崎さんと佐藤君は帰っていいですよ。あと如月さんも」
「あ、はい」
そうして今日の部活動が終わった・・・・・・かのように思った。
「いや、家に帰るのはもう少し後にして欲しい」
その声の主で、部室のドアの前に立っていたのは、剣道部主将、序列第二位、前中駿河先輩だった。
「それにしても壮馬の緑茶はいつ飲んでも美味いな」
「緑茶だけではなくて紅茶も飲んでください。紅茶は特に自身がありますから」
「いいや、俺は紅茶のような甘いものは苦手なんだ。やっぱり緑茶が一番だな」
「褒めてくれるのは嬉しいのですが、複雑な気分ですね」
前中先輩は当たり前のようにイスに座り、水無月先輩もあたり前のように緑茶をだした。
それにしてもこの部室は緑茶の葉まであるのか。今度僕も飲んでみようかな。
しかし、そんなことはこの際どうでもいい。
「それはともかく、何で前中先輩が数学研究会を訪ねたのですか?」
剣道部の部員である前中先輩は数学研究会に敵対しているはずだ。この部室に来た、ということはやはり僕を狙って――――
「そんなに警戒しなくてもいいぞ。今の俺は休部中だからな」
「……それはあの先生に逆らったから強制的に休部にさせられたのですか?」
「え?水無月先輩、それはどういう意味ですか?」
確か前中先輩は水無月先輩と友達で、僕を誘拐するときもためらっていたと聞いた。
「・・・・・・別にお前らのせいじゃねえよ。俺は俺のやりたいようにやっただけだ。それに休部の期間はこの問題が終わるまでだから高総体には間に合うさ」
前中先輩の言葉は、僕を複雑な気分にさせた。
本来は敵対する相手であるはずなのに、僕たちを間接的とはいえ助けた。そしてそれが理由で罰を受けた。
「だからそんな顔をするなって。そんなことよりも壮馬。ちょっとだけ美咲を借りてもいいか?」
「いいですよ。佐藤君もよろしいですか?」
少しの間、この誘いを断ろうかと思った。いくら相手が水無月先輩の友達だと言っても全ての言葉を信じることはできない。
「大丈夫ですよ。駿河君は人をだますような人ではありませんから」
けど、僕は水無月先輩を・・・・・・そして水無月先輩が信じている前中先輩を信じることにした。
「・・・・・・わかりました。結衣ちゃんと如月さんはここで待っていて」
「え、うん」
「わかった」
そして僕は前中先輩と一緒に部室のドアを出た。不安や後悔はない。
あるのは信頼感だけだ。
「まさか君が先生にまで目をつけられるとは思わなかったよ。こうして見ると君が数学研究会に入部したのも何かの縁だと思うな」
僕と前中先輩は校舎と校舎の間にある前庭で話をすることにした。
この前庭は草木が生い茂っており、花も咲いていて、ベンチまである。話をしたり昼食を食べたりするにはぴったりの場所だ。
そしてちょうどここからは数学研究会の部室が見える。それは部室からも同じで窓を開ければ見ることができる。
そのことを意識して部室の方を見てみると、結衣ちゃんが窓を開けて僕を見ていた。
とりあえず結衣ちゃんに軽く手を振ってみる。僕にとっては『前中先輩から何もされてないから安心して』という意味のジェスチャーだったが、結衣ちゃんは数学研究会と剣道部の因縁について知らないのでおそらく意味は通じないだろう。
それでも結衣ちゃんは手を振りかえしてくれたから、僕の行為に意味がなかったわけではない。
「それで僕を呼び出した理由はなんですか?」
「俺は今は休部中の身だ。だからこれは剣道部主将としてではなく前中駿河個人としての話だ」
前中先輩はそういった後にベンチに座ったので僕もその隣に座ることにした。
「壮馬が剣道部に対して行った牽制はうまくいったよ。あれのせいで剣道部は慎重に行動せざるをえなくなった」
「牽制とは剣道部の部員たちが陸上部やその他の部活の人たちから粛清されたことですか?」
「ああ、それであっているだろう。それで先生は新しく入部してきた一年生を教育して、襲撃につかえるようになってから行動するということだ」
「その先生という人は剣道部の序列第一位の人ですか?」
ずっと気になっていたことだ。
水無月先輩は前中先輩のことを主将でありながら序列二位と言っていた。
部活において主将よりも権力がある人、それは僕が思うにその部活の顧問だ。
「ああ。剣道部の顧問だ。とりあえずそれで少しばかりの猶予ができたわけだが・・・・・・一年生まで戦力に入れたらお前たちは絶対に負けるぞ」
その言葉はやけに威圧感が含まれていた。まるでそれが絶対であるかのように。
「今の数学研究会の戦力は水無月とメイドとお前の三人だけだ。部室にいたあの女子二人を入れても圧倒的な数の戦力差がある。例えるならこっちは歩や銀将や金将、馬や香車、そして飛車や角の全ての駒がそろっているの対し、そっちは王将とその他もろもろだ」
「しかし、将棋やチェスの勝敗を決めるのは指し手の腕次第では・・・・・・」
実際それで昨日は逃げることが、そして相手に対する牽制までやってのけた。
「確かにお前の言うとおりだ。けどな、どんなに支持者が優れていても、駒がなければ何もできない。そして相手が大量に駒を所持していても同じだ。それぐらいの戦力差があるんだ・・・・・・」
僕たちは水無月先輩、奈央、そして僕の三人だけだ。それに比べ剣道部は予想しただけでも十数人、一年生を数に入れたら二十数人はいるのかもしれない。
確かに、これじゃあ結衣ちゃんを戦力に入れても勝負にならないのかもしれない。
「だから俺はお前に提案する。無抵抗で剣道部に入る気はないのか?」
その言葉を最後に、僕は意識を失った。
最近書き方を少し変えてみました。
アドバイスなど感想をよろしくお願いします。