逃走劇
この話は結構昔から考えていた話です。
「これで王手だ、お前風に言うのならチェックメイトだな」
剣道部のリーダーらしき人物が発言する。
これって、冗談抜きでやばいんじゃないの?
「ふっ。これくらいの数的有利でチェックメイトだなんて。笑わせますね。せめてチェックと言うべきでしょう」
確かチェックメイトは将棋でいうと王手で完全につんだ状態を言い、チェックも王手だけどまだ完全にはつんでいない状態を言うんだったな。
そんなことよりも本当に大丈夫なのか水無月先輩は?この状況でまだこんなことを言える余裕はあるのか?
「その虚勢がいつまで続くのかな、水無月。今日こそ積年の敗北の恨みを晴らしてくれる」
二人の間に沈黙が続く。
静かだ。部室には数十人の人間が占めているというのに、誰もものおと一つすらださない。
水無月先輩と剣道部員は不可視の威圧感を発生していて・・・・・・見間違いかもしれないけど陽炎のようなものが見える。人間か?この人たち。
できることならこの状況を詳しく水無月先輩に聞きたいものだが、それはこの雰囲気が許さない。
「佐々木さん!コード・ドS!」
沈黙を最初に破ったのは水無月先輩だった。そしてその一言が逃走劇の始まりだった。
「わかりました!行きましょう佐藤君!」
「ちょ、待って!なんなのコード・ドSて!って転ぶからそんなに引っ張らないで!」
コードネームドSって何?!僕が意味を理解できなければ暗号の意味がないだろ!
というかそんなに強く引っ張ったら転ぶから!っていうかもう既に前方を囲まれているから逃げ場は窓しか、って窓?!
「待て!奴を逃がすな!」
「はっ!」
剣道部が全員総出で追いかけてくる。やばい。ものすごい怖い、なにこれ。例えるならライオンの大群に追われているようなものだ。すごい覇気だ。・・・・・・というよりなんか気持ち悪い。
「このままじゃ追いつきますよ!」
「大丈夫です!」
僕たちの距離は7,8メートルほど。だから一秒か二秒ぐらいで追いつく計算になる。じゃあその間に窓から飛び降りる覚悟を決めないといけないのか?絶対に無理だ。
その覚悟は必要はなかったことを佐々木先輩の行動で知ることになる。
佐々木先輩は部室の後ろの壁に手をひっかけて、開いた?!
何故部室に隠し通路が?!
「さぁ!早く入ってください」
そういって佐々木先輩は先に隠し通路に入るように僕を促す。
はっきり言って隠し通路をまだ信用していない。どこにつながっているのかわからないし、何故通路があるのかもわからない。けど本能が危険だと教えている。行かなきゃ後ろの剣道部全員に掘られる!
「うおおおおおおお!」
頭からつっこむ!
助走をつけ、手を前にのばして隠し通路にジャンプ、いやつっこんだ。
助走による勢いはもちろん止まることなく、制服が摩擦によって熱を発生する。
というより僕はこんな性格だったか?昔の僕だったら絶対に飛び込む勇気がなかったと思う。
なんだかんだで数学研究会の部員と関わることによって変わったのかもしれないな、僕は。
そんなことよりも他の部員たちはどうなたったのかと部室の方を見てみるともう既に佐々木先輩が隠し通路に入っていて南京錠らしきもので鍵をしめていた。
「佐々木先輩、水無月先輩は・・・・・・?」
「・・・・・・佐藤君はコード・ドSのSは何の略称なのかわかりますか?」
「ええと、サドスティックの略ですか?」
だめもとでいってみる。
「ふざけないでください!」
ええー。普段からふざけているのは先輩方でしょう。理不尽な。
「Sはsacrificeです!」
「サクリファイス?それって確か!」
サクリファイス、その意味は犠牲だ。つまり水無月先輩は僕たちを逃がすためにわざと一人だけ部室に残ったのか・・・・・・。
「大丈夫ですよ。会長はああ見えても身体能力が抜群なので。きっと逃げ切れると思います」
「いや、もう部室は包囲されていたじゃありませんか。きっと水無月先輩は・・・・・・」
「この通路に入るときに窓ガラスが割れた音がしたので多分逃げ切れたと思います」
「それ大丈夫じゃないですよ!」
「確かに窓ガラスが次々に割れる音が聞こえたんで剣道部も窓ガラスを割って会長を追っていましたね」
「そういう問題じゃないでしょう!」
あの部室は二階だぞ!スタントマンだったらまだしも、ただの高校生が怪我なしで着地することは無理だろ!・・・・・・ってかあの人水着着たままだよ!絶対に変態扱いされるぞ!
「まぁ、多分会長は大丈夫ですよ」
「そんな無責任なことを・・・・・・けど確かにあの人が捕まるビジョンが浮かばないのも確かですね」
なんだかんだで変態だが人間としてのスペックは高い方だ。身体能力についてはあまりよくわからないがそこは持ち前の頭脳や奇策でなんとかしそうだな。
「そんなことよりも前に進んでください」
前に進むために前の方を見ると以外と道が短い。目測だが3mぐらいだ。まぁ、それもそうか。教室どうしというのは普通隣り合っているものだから道を作れるだけでもたいしたものなのか。
「この扉、鍵がかかっていてこれ以上前に進めませんよ」
「ああ、これが鍵ですので使ってください」
こんな特別な道の扉なのだから鍵も特殊なものかなと思っていたが、以外と鍵は普通だった。
扉を開いたらそこはかなり狭かった。僕たち二人がぎりぎり入れるくらいだ。
「やっぱりここは狭いですね。あ、鍵返してください」
「どうぞ」
「あと、会長からの指示で三十分ここにいてください」
「わかりました」
佐々木先輩は軽く会釈した後、後ろの扉を鍵で閉めた。
後ろの扉を閉めたせいでスペースがなくなり、改めて狭さを実感することになった。
奥に詰めることはできないので、僕が右に、佐々木先輩が左に詰めている。といってもすごく狭いので体が普通にあたっている。・・・・・・特に胸が。あと胸が。胸がすごく当たっている。
「ちょ、佐々木先輩。当たってますよ」
「別に私は気にしませんよ。佐藤君だってこういうのは嬉しいですよね」
満面の笑みで答える佐々木先輩はものすごくかわいくて、やばい。この感触とこのかわいさは反則級だ。くそっ、おさまれ!僕の理性!
「その、確かに嫌ということはありませんが、少し困りますよ」
「え?何で困っているのですか?あれっ。もしかして私に欲情しているのですか?」
「欲情って!そんなこと言わないでくださいよ!」
「しっ。あまり大きな声を出したらいけませんよ。見つかります」
確かに僕たちは追われている身だ。そのことを僕は少し忘れていたのかもしれない。
そういえば、さっきの隠し通路は距離的に隣の教室のはずだ。しかし入学したての一年生の僕はまだ全ての教室の場所だなんて覚えていない。つまりわからない。
「そういえばここはどこの教室なんですか?」
「お、いい質問ですね。実はここは女子更衣室のロッカーの中なんです」
「立派な犯罪じゃないですか!」
「この通路を作るのは大変だったらしいです。まず部室から穴を掘って女子更衣室につなげたら、今度はロッカーの後ろの部分だけをきれいに切り取って通路がばれないようにしたらしいですから」
「そんなこと誰がしたんですか」
実はもう犯人は特定していた。こんなことを常識外れなことをしそうなのは一人しか知らない。
「会長さんです」
「・・・・・・一応理由を聞いてもいいですか」
「もしかしたら刑務所に入ることになるかもしれないから、とか言ってましたね」
「・・・・・・確かに深夜に全裸で町を徘徊とかしていそうですからね。近い将来捕まるかもしれませんね」
なんかもう人間じゃないなあの人。行動からして。あと倫理的な意味で。
「そんなことよりも佐藤君。私の胸はどうでしたか?」
「・・・・・・いきなり何をおっしゃっているのですか」
「さあ、ご感想をどうぞ」
「どうぞじゃありませんよ。まったく」
「・・・・・・女性の体にもまったく反応しないなんて、やっぱり会長が言った通りBL――――」
「佐々木先輩。少し雑談でもしましょうかー」
くそっ!理不尽すぎだろこんなの!何でBL設定になっているんだよ、僕は!
とりあえず話題を見つけてそっちに意識を集中させるか。えーと、話題話題話題、だめだ。この感触が邪魔すぎて集中できない!
「どうしたんですか?」
笑顔で聞いてくる佐々木先輩はかわいすぎる!何だろうこれは。身長差から僕を上目使いで見るためかわいさも倍増してしまう。くそっ、目を見るんじゃない。じゃあ、髪の毛だ。さらさらしていていい匂いがしそう・・・・・・って違う!あ、そうだ。カチューシャだ!その話題があった!
「佐々木先輩って何でメイド服を着ているのですか」
僕はこの質問が墓穴を掘っていることに、今はまだ気づかなかった。