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 一人で企画を実行する【セルフプランニング】シリーズ。

 【SF一人祭2013】第一弾『恋人は会社役員』の第六部です。

 これにて完結です。

『ヒンダ自動車の本社ビルが爆発炎上!』

『本社ビルの爆発跡から放射能を検出?』

『ヒンダ自動車に核開発の疑惑が浮上!』

『ヒンダ自動車にIAEAが査察要請?』


 明るい日差しの部屋にゆったりとした革張りのソファセット。

 そのセンターテーブルには各社の新聞が並べられ、その一面を眺める男が二人。

 ヒンダ自動車の社長と会長だった。

「大打撃ですよ、全く!」と社長。

「あぁ」と会長。

 それっきり黙ったままの二人だった。

 しかし、ノックする音で沈黙が破られた。

 部屋に入ってきたのは専務だった。

「本社ビルの損害状況ですが、一番のダメージはやはりメイン・コンピュータ・ルームです。コンピュータに納められていたわが社のデータは全て、完全に喪失してしまいました」

 そう報告した専務に、社長は喰い付いた。

「何だと! それじゃわが社の何もかもを失ったことと同じじゃないか! 形は残っているんだろ? 何とかなるんじゃないのか?」

 専務は苦渋の顔をした。

「形は残っているのですが、放射線で、特に中性子線にやられましたので、電子機器が残らずオシャカの状態でして……」

 社長はぐぐぐと唸っただけで黙ってしまった。

「そう言えば、救出されたマーケティング事業部の事業部長秘書の『瀬良 華織』はどうなりました?」

 会長は冷静な口調で専務に尋ねた。

「常務のお気に入りだった瀬良君ですね。彼女は推定二十五シーベルト以上の多量の放射線を浴びたとして放医研へ担ぎ込まれました。線量の多さから推測して、残念ながら回復の見込は殆どありません。逆に言えば『いつまで命の火を灯していられるか』という状況です」

「そうか」

 専務の報告を聞いて、うなずいただけの会長だった。


「それで爆発の原因として考えられるのは、やはり『オイトから来たロボット』ですか?」

 会長は再び冷静な口調で専務に尋ねた。

「はい。その可能性が高いです。瀬良君が爆発の中心付近に居たという事実からも、久志部長が居たであろうという確率が高く見積もることが出来ます。ですが、確証は何もありません。ただ、久志部長が行方不明になっていることだけは紛れもなく事実です」

「あんなロボットを『役員』にするべきじゃなかったんだ。同じ『やく』でも『厄』の方だったな!」

 専務の言葉に社長は毒を吐いたが、会長は顔をしかめた。

「その言い草はないと思うが。だいたい、オイトのロボットが欲しいと騒ぎ立てたのは君じゃなかったのかね?」

 会長の言葉に、社長はプイと他所を向いた。

「ところで今、名前を何と言った? 『くし』だと?」

 会長に聞き返された専務は、どもりながらも答える。

「は、はい。久しいに志の『久志』ですが。串焼きの『串』ではありませんよ」

 会長は顎に手を当てて目を閉じた。

「苗字は『久志』か。それで名前は?」

 専務が答える。

「兵隊の兵に太いで『兵太』です」

 それを聞いて会長は目をカッと見開いた。

「間違いない! 旋盤の『串 大作』の息子『串 平太』だ!」

 社長が身を乗り出した。

「あの、旋盤を使わせれば日本一、いや世界一の腕だったという噂の、あの『串 大作』ですか!」

 会長はうなずいた。

「あぁ、そうだ」

 社長はうな垂れた。

「え、まさか? ……これはやられたぞ! くそーっ!」

 会長は腕を組んで目を閉じた。

「そうか、そうだったのか……」

 専務はおずおずと会長に尋ねた。

「その『串 大作』とは誰なんですか? どんなご関係なのですか?」

 しばらく沈黙していた会長だったが、静かにゆっくりとその重い口を開いた。

「昔のことだ。大作と私は良きライバルだった。彼と切磋琢磨した日々が今も懐かしく思い出されるのぅ」

 会長は遠い目をした。

「だがな、私は邪な考えを持ってしまったのじゃ。彼を蹴落とし、私が成り上がった」

 宙を見ていた会長はすぐに目を伏せた。

「そう、我々が彼を潰したのだ。完膚無きまでにな」

 そして、目頭を右手で押さえる会長。

「あの頃の私はどうかしていたんだよ。『欲』という魔物に突き動かされてな。それだけのことじゃ」

 背中を丸めて小さくなっている会長がそこにいた。

「はぁ……」

 生返事しか出来ない専務だった。


 またノックの音がして、今度は常務が涙をこらえながら部屋に入ってきた。

「ご、ご報告します。せ、瀬良、瀬川君が先ほど亡くなりました。う、う、うう、う」

 そう言い放った後、嗚咽が止まらない常務は暫く立ち尽くしていた。

「もう、下ってもいいですよ」

 常務の余りの姿に会長がそう声をかけると、常務は堰を切ったように泣きながら部屋を出て行った。

 その様子をじっと見届ける会長。

 しばらくの間、じーっと宙を見て何かを考えていた。

 そして、会長は背筋をピッと伸ばした。

「そうか、そういうことか」

 それを聞いた社長が尋ねる。

「何がです?」

 ジャケットのボタンを留めた会長がボソリと呟く。

「襟を正さねばならんのかもしれない。いや襟を正さないといけないのだ」

 落ち込んでいた社長が会長を見る。

「ほ、本気ですか?」

 弱音を吐く社長を会長はジロリと見た。

「あぁ、そうだ。そうだとも!」

 会長は立ち上がった。

「もう一度、最初から始めるんだ、重い十字架を背負った者として。そして、亡くなった瀬良君と平太君のためにも償わなければなるまい」

 そう言い放つと、社長の首根っこを掴んで引き摺りながら部屋を出て行った。


 しばらくして、ヒンダ自動車は「政府の勧め」という行政命令でIAEAの査察を受け入れた。

 そして、事件自体は最終的に「劣化ウラン弾による爆弾テロであった」という形で決着した。だが、劣化ウラン弾では説明出来ない放射能の汚染が存在していた。それがヒンダ自動車に核開発の疑惑を持たせることになり、ダーティーなイメージのまま推移することとなった。

 その後のヒンダ自動車は結局、その黒い印象を拭い去ることが出来ずに下り坂を転げ落ちた。そのため、遂に資金繰りまでもが行き詰まり、三年も経ないうちに民事再生手続の申立てを行った。事実上の倒産である。

 その時の記者会見で、創業者であり会長でもあった貧田ひんだ 業三ごうぞうはこう語った。

「我々は重い『何か』を背負い過ぎた。それはモノや技術そして金だけだと思っていたのだが、我々はもう一つを忘れていた。それはヒトの心だ。これが一番重かった」

 この言葉の意味深さに戸惑う記者達が、貧田に辛辣な質問を浴びせ掛けた。だが、貧田はこれ以上を語ることは決して無かったという。


 海の見える丘の霊園に「瀬良 華織」の墓標がある。

 火葬された彼女の遺骨は、放射能の影響からかボロボロであったという。

 更に遺骨からは今なお高い放射能が検出されたため、持ち出すことを禁止された。

 そのために彼女の墓標の中に彼女の遺骨は存在していない。


 そして「久志 兵太」には墓標さえない。

 彼の存在は闇から闇へと消えていった。

 ただ、警察の行方不明者ファイルの中に彼の名前を見い出すのみである。

 しかし、そのファイルさえも決して誰も閲覧することのないだろう書類棚へと仕舞い込まれている。

 彼の本名は『串 平太』であり、串 大作の息子だった。

 そのこともファイルと共に仕舞い込まれた。


 ……あ、そうそう。

 肝心なことを。


 彼は何処でアンドロイドになったのか?

 いや。

 彼自身が本当にアンドロイドだったのか?


 しかし、残念だが。

 それについては誰も何も、知る由も術も無かった。


 ただ。

 産業界の裏では有名な噂だった。

 次の文言の振れ込みでロボットが斡旋されているらしいと。


『二十四時間、休み無く働く、優秀な会社役員』

 最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。

 よろしければ感想などを書き込んでいただけたのなら幸いです。

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