猫を飼うステップ
「おい」
「なにかしら?」
神田の後を付いて行くこと2時間。知らない男(僕)に家までの道のりを覚えられなくする為に少し遠回りをしたいと言う提案に「まぁしょうがないか」と頷いたのだが、未だに神田の家には付いていない。しかし直線上の距離で言えば、あまり移動していない。 それに、僕の家の近所をただウロウロしているだけなので、全然道とか誤魔化せてない。というか、先ほどより僕の家の近くに来ている。いや、ホント直角左折を4回連続でするのは疲れるだけだからやめてほしい。
「そろそろ普通に家に案内してくれないか? もうお腹が減って機嫌が悪くなってきた」
僕は普段が大らかな人間なのだが、お腹が減ると人の3倍は機嫌が悪くなる。よけいな掃除と子ネコ入り段ボールを持って2時間歩きっぱなしとか、もうエネルギーの消費がやばい。休日は布団から出ないなどの省エネ精神で生きている僕には考えられないほどの消費カロリー。 今日はもうその精神に依って自炊せず、どっかで食べて帰ろう。
すぐそこにあるラーメン屋とか結構おいしいし、そのまま真っ直ぐ100m位進むと僕が住んでいる家だ。おい、完璧に道解っちゃってるじゃん。
「知らない男に家を知られるって言うのは恐い事なのよ」
「それじゃ、僕はこの辺で帰らせてもらっていいか? もう8時だぞ、こんな時間まで男と一緒に遊んでいるのも、どうかと思うしな」
じゃないと手に持った段ボールをぶん投げてしまいそうだった。
「だめよ」
「あん?」
「こんな時間に女の子を一人で歩かせないでちょうだい」
ぶん殴ってやりたくなった。
「でも、もう着くから安心して」
「あん? へぇ、結構なご近所さんなのな、お前。」
「そうなの? これを機に私とご近所付き合いとか始めなくても大丈夫よ」
「する気ねーよ……。なに、僕ってそんなに気持ち悪い?」
なんでコイツこんなにすげないんだよ。 別に「大丈夫だから」とかオブラートに包んでるだけで、「しないでもらえるかな」って事位わかってるよ。 ていうかなんで僕こんなに拒絶されてんだよ。
「まぁ……いいか。 ほら、ここが僕の家だ」
そんなこんなで、僕の家まで着いてしまった。両手がふさがっているので顎をしゃくって示した小さい一軒家。両親と一緒に住んでいないから小さいのだけど広く感じる匠の技。そのうち僕の心が狭くなったり歪んだりするかだけが心配。もう技っていうか業だよね、色々背負っちゃいそう。両親との別れの日に「まぁ……飯食えば死なないからな」とかいう父親の一言とか夏涼しくて冬凍死する位冷たかったし。え、死んじゃうのかよ僕。
「……」
「無視するなよ……」
まぁどうでもいいことでしたね。すいませんねぇ、僕なんかがご近所さんで。
「ここでいいわ」
そう言って神田は僕の家の前で足を止めた。
「ん、近所だったらもう少しくらい手伝うぞ」
「いえ、もう遅くなってしまったし……。 結局、うろちょろと無駄な時間に付き合わせてしまったのだからこれ以上は悪いわ」
そう言って神田は段ボールを僕から奪った。
「まぁ……お前が良いなら良いけどさ。 それじゃ気を付けて帰れよ。 偶には猫をみせてくれよな」
「ええ、またね。」
そう言って、神田は歩き始めた。
「変な一日だったな」
なんか見たことある気がする女だったけど、まぁどうでもいいか。悪い奴じゃなさそうだし、ネコも無事だし。
しかし、生まれただけでそんな悲しみを背負う事は無いなんて言える女も居るもんだな。クサい言葉だけど嫌いじゃない。女でその考え方は生きづらいだろうけど頑張ってほしい物だ。
神田を目で追うと、すぐ近くの建物の中に入って行っき、僕は「本当にご近所さんだな」なんて思った。
「……て言うか隣のアパートかよ!?」
もろ隣のアパートだった。ご近所さんじゃねぇ。お隣さんだこれ。
しかも隣のアパートってペット禁止じゃね? え、色々全部ウソかよ。どうでもいいわ。
それより見たことある気がするってこのフリだったの? 絶対何回か会ってるだろ。 通ってる学校が一緒のお隣さんの顔知らないとか大丈夫かよ僕。……どうでもいいわ。
行き成りの出来事で混乱しかけたが、流石僕。空腹ですぐ我に返れた。
色々有ったが、腹が減っては戦が出来んので、とりあえずそこラーメン屋に行くことにした。晩飯くったら風呂入って寝るだけだから戦も何もねーけどな。 風呂が戦とか、平和すぎるだろ。どうでもいいけど。 さぁ、今日はみそラーメン大盛りでバッチリかますぜ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「まさかこんなペースで君の顔を見るとは思わなかったよ」
「僕もです。 案外先生の赤い糸って僕についてんじゃないですかね?」
そうなると自動的に僕の糸も先生に着いている事になる。やべぇ、こじれる前に早く切らなきゃ。
「少し位は解りやすい反省の色を見せたらどうだね。 そうしたら他の教師たちからの目も変わるのだがな」
「いやいや、竹井先生からの目だけで自分は十分ですよ。 むしろもっと男として見て貰っても嬉しいっすけどね」
竹井先生はすぐ手を出す暴力教師の割に、生徒からの人気は高い。 見た目も大人って感じ。コナオトシ位パリっとしたスーツの似合う女で、少し切れ目がきついが、メガネと良くマッチして何ともエロいし。まぁ、この歳で彼氏もいないんだから性格に問題はあるんだろうけどね。 口には出さないけど。どうでもいいわ。
結局、昨日の校舎裏清掃を途中でポイしちゃったのが気に障ったのか、僕は放課後に呼び出しを食らってしまった。まぁいいんすけどね。僕の場合、時間の定義は自由自在だし。
そんな訳で自由自在に時を操るともう説教も佳境に入っている訳で、竹井先生は「ふぅ」とため息を付く、そう言えば罰制度はどうなったのだろうか? 結局昨日の一件で僕に罰なんて無駄だと考えたなら、今日は無いはずだ。 そんな事を考えていたら、まったく違う事を聞かれて、少し驚いた。
「そういえば、神田と言う女子生徒を君は知ってるか?」
「知ってるも何もお隣さんですよ。 知り合いも知り合い、マブですよ。マブ」
昨日まで名前も知らなかったけどな。携帯の番号もしらん。
しかし、変な所で変な名前を聞くものだ。昨日の夜遅くまで、猫を持って町を練り歩いていたのが学校に通報されたのかな? まずい、変な噂が立つ前に今日は早く帰らないと。
「そうか、近所だったからか……いやな、神田は結構な優等生なのだがな、今日の朝に私の所まで来て、色々と聞かれたよ。 聞かれたと言うか攻めだなアレは、質問攻め」
「……へー」
その後は、竹井先生が神田に話したことを色々教えてくれた。まぁ当たり障りも無い様な事だが、家族などのディープな話題は話さなかったそうだが、学校で僕が竹井先生に厄介になった事柄などを話したらしいが、そんな事を聞いてどうするのかは全く分からない。
「って事があってだな。私としては何故、つまらない程の優等生の神田が、問題児の吉田の事を聞きたいのかって事を知りたかったと言った所だったんだ」
「つまらん優等生って、凄い表現ですね。 つーか僕は問題児じゃないっすよ、校舎の窓とか割りませんし」
「週に一度呼び出される男が問題児じゃなかったら、問題児の定義自体を変えなくちゃならんだろ。 まぁ、君は他人には無害だからそんな大きな問題ではないんだがね」
そう言われた後に退室を許可された。どうやら罰制度は無くなったらしく、何も言い渡されなかったので急いで帰る事にした。
さて、昨日のあの後の事だが、僕がラーメンを食べ終わって家で1時間ほどゴロゴロしていると、玄関の呼び鈴が鳴った。暴漢かと思って出るのを止めようかと思ったが、インターホンには明らかに神田の顔が写っていたので、出ることにした。
するとまぁ、予想通りというかなんというか。 結局、親は聞く耳を持ってくれなかったそうだったらしく「必ず親を説得してみせるから、少しの間この家に置いておいてほしい」と頼みこまれた。元々僕はそのつもりだったから良いんだけどね。上手い事に猫のご飯代は折半になったし、上出来上出来えっへっへ。 つーか動物禁止のアパートで動物は飼えねぇよって。親の説得とか超無駄だろ。常識を知らない若者かよ。どうでもいいわ。
どちらにせよ、僕のいい方向で話が進んで良かったです、ホントね。