直帰のメリット
そんな訳で校舎裏の清掃を命じられた。
担任、指導教員としての仕事の多さと「自称」若手教員の竹井先生は面倒な掃除やら何やらを押し付けられる事があり、一々やっていたら手が回らないので僕に雑務を押し付けてきやがった。聖職者云々は別にしてもう職務怠慢だろそれ。
まぁ人助けもやぶさかじゃ無いから、全然良いんだけどね。僕自体聖者みたいな物だと自負してるし。もう頼まれたからには凄い綺麗にしちゃう。暇だし。
取りあえず箒で掃くことにした。
ズサー……。ズサー……。
一周を適当にやったら、全然綺麗にならなかったので、今度は綺麗にもう一周掃くことにした。
ズサー……。ズサー……。
案外単純作業も続けると少し楽しくなって来ることがあるから不思議、って事で3周目。
ズサー……。ズサー……。
やっべ飽きた。
言葉にするとズサー×2だけど実際は結構な面積で3周もするとホント飽きる。単純作業も続けると少し楽しくってなんだよバカかよ。2時間も経ってるよ。
終わったら連絡するようにと仰せつかっては居たが、もう面倒なので箒と一緒にそこ等辺に捨て置くことにして僕は帰る事にした。クソ……無駄な時間を。時間監査員とかいたら「時間貯金しなさい!!」って怒られちゃうレベルで無駄。そんで思わず詐欺と知りつつ時間貯金しちゃう。そしたらモモちゃんに助けて貰える。……どうでもいいわ。
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授業が終わると直帰(直ぐに帰宅)する僕は、何時もと違う時間帯に見る帰り道が何とも新鮮に見えた。 サラリーマンがフラフラと帰宅する姿はなんとも心が痛い。 「校舎裏清掃」なんて、良い事をした揺り返しで色々と考えてしまった。
まぁでもまだ5時30分なのでこの時間に帰れる会社員はきっとあまり頑張れない奴らだからどうでもいいや。ああ、どうでもいい。
それはそうと、久しぶりの重労働に僕は喉の渇きを覚えた。近くに赤い自販機を発見。その横に。しゃがんで居る。女子高生。発見。それを。無視。
なんで片言なんだよ僕は。恐らく自販機の横に居る女の子を発見したところだろう。女子への免疫とはその名の通り一度克服すれば対処できるのだが、ウイルスと同じで人物が違えば新たな免疫が必要になってくる。 なんか懐かしいと言うかすげぇ見たことある様な気がする女だけど、そんなナンパみたいな偶然を僕が信じるはずが無い。 って言うかクラスメイトの顔もあやふやな僕の記憶の中に女の子がいるはずないのだ。 別に僕に女友達がいないわけではない。幼馴染がそうだ。あ、やべぇ記憶の中に女の子居るじゃん…………っ、ただ、幼馴染の女の子の友達が居ようとも、女の子は苦手なのだ。いや、苦手じゃない、好きだ。女の子は好きだ。むしろ可愛さ余って憎んですらいる。
と言う事で、僕はこの女の子を超憎む所から始めてみた。後ろから凄い目つきで睨みつけて「がるるる……」なんて、まぁ、やらないけど。 普通に無視しますけど。
僕は自販機に小銭を入れて学徒の友のスポーツ飲料のボタンに手を伸ばす。位置的に女子高生と並んでいる様な格好だ。 チラッとそっちの方を見ると、しゃがんで居る彼女の視線の先に段ボール箱があった。
なんとも古典的であろう。こんな現代社会ではまずお目に掛れないのだけど、段ボール入りの捨て猫が居た。 えぇ、子猫捨てるとか。
「現代人の情操教育大丈夫かよ……」
まぁ自分の赤ん坊を捨てる様な親も居るんだから「ネコ位いいでしょ」とか思ってるのかね。 でも大体そう言うやつは「動物大好き!」とか言い出すんだろうね。 はいはい、可愛い可愛い。
この目の前の女子高生も何を考えているのか、猫を前に微動だにしない。 まぁどうだって良いけど。 「可愛そう」とか考えてるのかね? 別に助ける気なんかない癖に。 まぁ、僕には関係ないんだけどね。
こんな人目に付く場所に憐みの目を子猫が浴びるのが何となく嫌な僕は取りあえずこの子を預かる事にした。
袖触れ合うのも多生の縁というか、折角こんな道端に段ボール子ネコなる事に遭遇しちゃったんだから無視したら多分僕のポイントが超下がっちゃう。 少し大きくなるまではご飯位は何とかしてあげよう。保健所が来る前に。
と言う訳でこの女子高生が退くまで少しの間、ここでポカリでも飲みながら待たせて貰う事にしよう。 この女のが先客な訳だし、僕もルールは無視しない。自販機の目の前で飲み物を飲むなんて変な事をしていたら多分この女も直ぐ退くだろうし。 ルールを守って嫌がらせする僕ってなんだか素敵。
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てんてんてん、じゃねぇよ。もう30分も経っちゃったよ。
え、もう6時過ぎてるぜ? 清純な女の子はもう門限な筈だろ。 アンパンマンも終わっちまうぞこの時間帯。
僕は2分位でこの女が退くと思っていたのだが、思ったより。っていうかこの女は微動だにしない。 途中で死んでるのかと思って顔を見ていたら瞬きはしているみたいだから死んでは無い様だ。 長い時間動かなかったから体が動かなくなったか?
僕も僕でなんで見知らぬ女の隣で30分もポカリを飲み続けなきゃいけないんだろうか。 気が付けばもう3本目だった。 本当にどうでも良い事にポカリスウェットってスポーツ飲料なの? どうでも良いわ。
「ねえ」
「あん?」
4本目のポカリを買おうかと財布を取り出そうかと思ったら女が声を掛けてきた。 女の予想外の行動に思わず紳士らしからぬ言葉使いが出てしまった。 女の声は透き通っていて、鈴の様だった。雑踏でもなんとなく聞こえそう。 そう言えば一昔前に雑踏でも聞こえる骨伝導システムとか言う携帯電話が流行ったけど一瞬で廃れたよね。 この女も一瞬で廃れるのかね? 女全体がそんな気がしたから考えるのを止めた。まぁ30分も一緒に猫を眺めて居たのだから話位は聞いてあげようと思った。
「あなた私のストーカーかしら?」
「違う」
一瞬で聞いてあげたく無くなった。 やべぇ……行動自体はストーカーみたいだから即答しちゃったよ……。通報されたらどうしよう……。
「そう……。 私がネコに気を取られている間に隣に30分も立たれていたから。 少し怖かったわ」
「そうか、それは配慮が足りなかったな。 すまない」
そういって僕は少し頭を下げる。 その行動に女は「ん」と言って満足したようだ。
30分の観察の結果、この女は制服が僕の高校の物と気付き、ネクタイの色で同学年と判明した。 それでも顔が解らないと言う事は、よほどコイツが目立たないか、僕が女子から避けられているかだろう。 まぁクラスの女子のメルアドすら知らない僕なので後者なのは間違いない。 ……なんで女子って僕をみて笑うん?
どうでも良い事を考えていたら女が僕に手を差し出してきた。
なんだろう。 握手でもしたいのかこの女は? もしかしたら外国育ちなのかも知れない。 取りあえず握り返して、振ってみた。
「なにをやっているの?」
女は首を傾げる。
「ずっとこの体勢だったから体が固まっちゃったの。 動けないから引き上げてほしいのだけど……」
まぁ……いいけど。 引き揚げたら女の体は思ったより軽かった。 でもよく漫画とかで見る「羽の様に」とかいう感想ってほど軽くは無い。 なんで漫画とかってイチイチ女の子に対して幻想とか抱かせるんだよ。ドキドキすんだろうが。
もう時間も時間だし、さっさとこの女を追っ払って子ネコを保護しないとそろそろお腹が減ってくる。やだっ、糖分不足でイライラしちゃう。
「じゃあ気を付けてさっさと帰れよ」
「さっさとって……余計なひと言って本当に余計なのよ」
あえて付けたんだよ、あえてな。
「余計なものなんて世の中にはないんだよ。 ほら、どいてくれ」
女子高生をどかして、子ネコ入りダンボールを拾い上げる。 一度こいつを家に避難させて、俺とコイツの飯でも買いに行くかね。 猫ってペディグリーチャムとか食べるのかな?
「ぐえぇ」
段ボールを拾って帰ろうとしたところ、女に襟首を捕まれてしまった。 おい、猫は僕じゃないぞ。どんだけ耄碌してんだよ……。
「……なんだ?」
「何しているのかしら?」
「家に帰るだけだ」
「いえ、それは勝手にして欲しいのだけど。 その猫をどうするつもりなのかしら?」
そう言って女は目線を段ボールに移す。
「え、お前の猫なの?」
「ええ、そうなのよ。 名前は……そうね……シュレディンガーと名付けるわ」
「もう色々と嘘じゃねーか、その情報。 つーか猫にそんな残酷な名前付けんなよ。」
ていうか今名付けちゃったよコイツ。 というか。
「もともと拾うつもりだったのか?」
女はコクリと頷いた。 へぇ……最近のビッチ達は「可愛そう」とか言って自分可愛いアピールをするだけかと思ったら、中々良いじゃないか。
「でも、知らないけどお前の家って猫飼えるのか? 親とかさ」
「解らないけど……。 放っておいたら保健所に連れて行かれるのでしょう。この子」
「飼い主が見つからなかったらな」
まぁでも多分そうなるだろう。そしたら、自動的に安楽死と言う方法を取られるのだろう。生まれただけなのに殺される。人のエゴも相当に強い物だ。 もしかしたらこの子の兄弟の何匹かはまだ親元で飼われているのかも知れない。 うわ、やべぇ泣きそう。
「生まれただけでそんな悲しみを背負う事は無いわ。 私の家はペットOKだし、出来る限り親も説得するつもり」
この子の為にその位する人が居てもバチは当らないでしょう。と、少し女は微笑んだ。 僕も少し暖かい気持ちになった。 ビッチの中にもあったんだ。 こういう気持ちを持った奴って。
「ふん……。 まぁ良いけどさ。 運ぶの位手伝ってやるよ」
僕は少し恥ずかしくなりぶっきらぼうにそう告げた。
「そこまでして貰う義理も無いのだけど……。 本当にストーカーなのかしら。 家とか付けないで欲しいのだけど。 恐いから」
「いや、ストーカーじゃなくて趣味なんだよ」
「家まで付ける趣味ってストーカーって言うのよ。 すぐにやめなさい、今回は見逃してあげるから」
「違う!」
あいにく僕はストーカー趣味もなければ女を怖がらせる趣味も無い。
「人助けが趣味なんだよ」
「……ふーん、そう。ならお願い」
一瞬怪訝な顔をされたのを僕は見逃さなかった。まぁ良いんだけどさ、余計怪しい訳だし。 僕だったら大爆笑だね。 趣味が人助けなんて真顔で言うやつ。 だって助けるのは猫だし。
「吉田だ」
「神田よ」
そう短く自己紹介をした後、神田は「こっち」といって僕を先導しはじめた。