召喚様がやってきました
魔女☆マルグリットの家は、シリウス大陸の北を覆う『亜空間の森』と呼ばれている樹海の南端に位置しています。大陸全体でみると、ほぼ中央です。シリウス以外の大陸とかを私は知らないので、無いと思っても差し支えはないでしょう。パンゲアみたいなもんでしょうか? あ、小さい島は点在しているようですよ? いつか南の楽園とかにも行ってみたいなぁ。現代日本にいた時ですら、ハワイはおろか、モルジブもタヒチも行ったことありません。ああ、楽園遠し……(遠い目)。
おおっと、話が脱線してしまいました。
大陸シリウスにはいくつもの国や村、集落が点在しています。どこの集落で召喚を行っても、この『亜空間の森』の『出現ポイント』に出現するようになっています。時空の歪みとかなんとかがあるのでしょうか? 私には判りません。まあ、そういうシステムになっているということだけは確かです。ちなみに召喚者だけでなく、転生者、トリッパーもここに現れます。
そして、出現ポイントから一本だけ伸びる道がありまして、右も左もわからないトリッパー様(総称)は、必然的にその道を行くのです。5分も道を行くと森が終わり『ようこそ!メグの家へ☆』という看板と共に、こぢんまりとしたこの家が現れるのです。あ、この看板は誰にでも読めるんですよ! 魔法万歳!
今日も恐る恐る扉が開かれました。
そこからひょっこりと顔を出したのは、ぽっちゃりとしたおじ様です。ポヨンポヨンしてます。
「はい、いらっしゃいませ! ええと、ご自分のお名前はわかりますか?」
いつもの営業スマイルと共に、いつものセリフを繰り出す私です。
今日のおじ様も私の営業スマイルに安心したのか、部屋の中におずおずと入ってきます。
「はい、ベクルックスといいます」
ミスターぽよぽよは答えてくれました。うん、なかなか癒し系なおじ様です。
白いシェフさんが着ているような割烹着?(というんでしょうか?)を着て、頭にもシェフさんのコック帽?(というんでしょうか?)をかぶっています。
見るからに『調理人やねん』『シェフですねん』といういでたちです。
毎日おいしいものを食べていらっしゃるんでしょうねぇ、その体つきが物を申しているようです。
「ベクルックスさんですね。……おお、ありました!」
いつもの手順で『召喚者リスト』を探すと、ベクルックスさんのお名前を発見しました。
『タウルス月○日 1名 デネブ島 ベクルックス イタリア料理人 中背・ぽっちゃり』
どんぴしゃですね。イタリアンの料理人ですか! 久しぶりに食べたいものです、地球料理!! もはや私には失われた文明ですが☆ デネブ島に送る前に何か作ってもらえませんかね? お願いしてみるのもいいな。いやいや、脱線しました。仕事ですよ、仕事!
「ああ、ベクルックスさん。貴方、召喚されてきてますね。ここに申請が来てます。オデブ……ごほごほ、デネブ島という、この大陸の南に位置する島から」
召喚理由は『美味い料理が食べたいから』って! なんという召喚理由!! うらやま……いや、いい加減な!!
デネブ島というのは、この大陸シリウスの南、暖かな気候、穏やかなコバルトブルーの海、これぞまさしく『THE☆楽園』という島なのです。『憧れのデネブ航路』なのです。
水上コテージなどもあって、いまや新婚旅行のメッカだそうです。
暖かな気候と穏やかな時間の流れから、現地の人々はぽっちゃりさんが多く、別名「オデブ島」ともよばれています☆
そんなオデブ……もとい、デネブ島の召喚者。料理人を召喚するなんて、王道のベタですね!
「召喚……。そう言われましても……」
途方に暮れた顔になるミスターぽよぽよ。ああ、ベクルックスさんでしたね。
「とりあえずデネブ島に行ってから、現地の担当者と話をしてもらえますか? どうしても帰りたいならあちらで処理してくれますので」
これからのことを説明する私。これも受付嬢の仕事ですから。
「はあ、……わかりました」
もやっとしたものを抱えつつも返事をするベクルックスさん。切り替え速いのは美点ですよ☆
そこへ、
「話はついた? もう送って行っていい?」
そう言って私の頭の上に顎を載せたのはショウくん。ショウくんもこの家で一緒に住んでいて、メグちゃんのお仕事を手伝っています。
ショウくんは私よりも後にこちらの世界にやってきました。今23歳です。とってもかっこいいです。あまりにかっこいいので、アイドルやってました? と真面目に聞いてしまいましたとも。黒目黒髪、これぞ日本人! て感じなのに、切れ長の目や薄い唇はいつも優しく微笑みを湛えているし、向こうにいた時に運動で鍛えた細マッチョ。文句なくイケメンです。
ショウくんはこちらに来た時に特殊能力がついてきた人です。帰ろうと思えば帰れたのですが、なぜかここに住み着いてしまってます。そして色々私に構ってきます。まあ、イケメンさんだから許します。
「うん、OK。デネブ島までお願いね」
頭の上からショウ君をのけながら私は答えました。
「了解。じゃ、ベクルックスさん行きましょう」
爽やかに笑いながらぽよぽよ氏を促すショウくん。彼の営業スマイルは一級品だと思います。これは見習わないといけませんね。
「メグちゃん、今出かけてるから、帰ってきたら報告してね」
扉を開けて出ていくショウくんに声をかけます。
「OK! お土産買ってくるね~」
後ろ手にひらひらと手を振ってくれますが、
「要らないよ~。気を付けて~」
あっさりと拒否します。
ええ、物はあまり受け取らない主義にしています。物欲は強い方じゃないので。
でもいつもの事なのでショウくんはあんまり気にしていないようです。
「はいよ~。じゃあ、行ってくる」
そう言うと、ショウくんとベクルックスさんの周りに転移魔法の魔法陣が浮かび上がってきます。ショウくんがただ今絶賛魔法使い中なのです。
辺りが一瞬真っ白になりました。光が溢れるとはこのことを言うのでしょう。いつまでも慣れませんけどねー。見ているこちらは眩しくて仕方ないんですよ、せめて外に出てからやってほしいものです。メグちゃんの転移魔法の時はこうならないんですけど、魔法の使い方とか種類が違うのかしら? 能力のない私にはわからないですけどねー。
「言っても言ってもショウくんてば私の目の前で消えるんだもんなー。眩しいったらありゃしない」
ぶつぶつ文句を言い募るのですが、誰も聞いちゃいません。そもそも今一人だもんね☆
しばらくするとメグちゃんが帰ってきました。
近くの村に食糧調達に行ってきてくれてたのです。重たいものも魔法で運べばほら楽チン☆ ああ、魔法って素敵!
「さっき、召喚者さんが来ましたよ~。デネブ島から申請があった人でした。イタリアンの料理人さんなんですって。あっ!! 料理してもらうの忘れて送っちゃったわ!!」
が~ん。 不覚です。
がっくり項垂れる私。それを見てメグちゃんが、
「まあまあ、気を落とさない。今夜は私が特別に作ってあげるわ」
ニッコリ笑って慰めてくれます。いつもは私がご飯を作るんですが、たまーにメグちゃんが作ってくれます。すっごく稀ですけどね。
「うう、メグちゃん!」
うるうるとメグちゃんを見つめると、
「私はリサのママンだもの」
と頭を撫でられました。いや、私の母ならもっと年を取ってますよ。少なくともこんな見た目20代後半じゃあないですよ?
「……若すぎるママンだ。ほんとメグちゃんてばいくつ……あたっ!!」
私の頭をなでなでしていた手が、撫でるのを止めてぱこーんとはたいてきました。ああ、年齢の話に触れてしまいました。これは地雷だと認識しているにも拘らず、たまーに踏んでしまうイタイ私……。
はたかれた頭を自分でなでなでしていると、
「はい、そこつっこまない!」
ビシリと人差し指を突き付けられました。
「はい!」
ここは素直にいい返事をしておきましょう。
リサはこんなに若くて美しいママンが出来て幸せです!