亜空間の森へようこそ
サクッと軽く、スナック菓子のように楽しんでもらえたら嬉しいです♪
「はい、いらっしゃいませ~。ええと、ご自分のお名前はわかりますか?」
ぎぃ、と遠慮がちに入り口扉が開きました。こういう風に恐る恐る開かれる場合は大抵トリッパー様です。村の人ならばノックと共に名乗りますからね。
開いた扉から顔を出したのは30歳くらいだろうかの白人男性でした。
私は彼に向かって愛想よく話しかけます。ほら、第一印象って大事でしょ? それに、こんな知らない世界に飛ばされてきたんですもの、不安たらありゃしないでしょう。それを少しでも和らげられたらって思いますからね。
「はい。アーサー・キングスと申します」
彼は中にいるのが普通の人間で、しかも女だと判ると、ほっとした顔になりゆっくりと家の中に入ってきました。そして低めの渋いお声で名前を告げてくれました。
ほらね、笑顔効果はばっちりでしょう? 女は愛嬌です。
「お名前はわかるのですね? ではここにおかけください」
そう言って目の前の椅子を指し示してあげます。
入り口を入ってすぐのところに、私は四角いテーブルと共に鎮座しているのです。入り口に向かって。そう、まさに受付嬢ですね。
ああ、申し遅れました。私はリサと申します。ぴちぴちの20歳です。以後お見知りおきを。
アーサーと名乗った彼は、テーブルを挟んで私の前の椅子に腰かけました。不躾にならないよう、さっと上から下まで観察します。ええ、もう5年も受付嬢をやってますのでその辺のスキルはかなり身に付いてますよ。そうして観察した彼は、間近で見るとなかなかのイケメンさんです。ちょっと首元をくつろげ、ネクタイを緩めてはいましたが、仕立てのよさそうなスーツを着こなしているあたり、きっとできるビジネスマンか何かなのでしょう。逆に緩められたネクタイが大人の色気を醸し出してますね。イケメン度3割増しです。うん、高等テクニックです。
とかなんとか言ってますが、実際のところ私には現代地球社会の知識が15年ほどしかないので、できるビジネスマンはどうだとか大人の色気がこうだとか偉そうなことは言えないんですけどねっ☆ 残念!
そんなどうでもいいことを秘かに考えながら、私は手元に置かれている資料に目を通していきます。
『極秘☆本日の召喚者リスト』
ずらずらっと、あちこちの村や国から申請された『○月○日○○村召喚者○名、名前、特徴』が書かれたリストです。
「アーサー・キングス、アーサー・キングス……」
指でなぞり、召喚者の名前を追っていきます。
しかし今日の分だけでなく、今日以前、明日以降の召喚者の名前も探しましたが、どこにもキングスさんの名前は見当たりません。
ということは純然たる異世界トリップということです。
「あらまぁ。トリップなさってきたみたいですね。リストにお名前がありませんので。どういう状況でこちらに来られたとかは覚えてます?」
リストから目を上げて、目の前に座るキングスさんに問いかけます。あくまでも優しくね。尋問詰問はいかんのです。
「どうでしょう? ……昨日、会社帰りに同僚とバーに寄って飲んでたのですが、気が付いたらあちらの森の中にいました」
入ってきた入り口ドアの方向を指差すキングスさん。ああ、森の中の出現ポイントを指しているんですね。了解です。了解の意図を告げるためにコクコクと肯いてみせます。
「飲んで記憶を飛ばしたら、記憶だけでなく自分も異世界に飛んでしまった、と、そう言う訳ですね。ふむふむ、なるほど」
「……」
「あ、ごめんなさい。歯に衣着せるのを忘れていました」
私の暴言に固まるアーサーさんにニッコリと謝罪しておきます。オブラートに包むのも大事な営業スキルですね!
「……いえ……」
あ、ちょっと呆気にとられてますね? 私、よく暴言を吐くようです。気を付けて入るのですが。まだまだ未熟者です。
「メグちゃーん、メグちゃーん! トリッパー様でーす」
トリッパー様だと判明すると、おもむろに私は二階にいる魔女のマルグリット、通称メグに声をかけます。
実は、ここは魔女☆マルグリットの家なのです。
行先のないトリッパー様の身の振り方を考えているのがメグちゃんなのです。
「はーい。 今行くわぁ~」
気の抜けた返事を二階から寄越します。もう、お客様がいらっしゃるのにメグちゃんてば。
とっとっとっ、と軽い足取りで階段を下りてくるメグちゃん。
パッと見は20代後半の美人さん。薄茶色の髪の毛をいつもきれいに結い上げています。でも年齢は不詳です。聞いたらめっちゃ怒られます。コワイのであまりつっこまないようにしています。小柄でちまちましている印象ですが、とっても素晴らしい魔女様で、あらゆる魔法に長けています。体は小さくても魔力は膨大なのです。なんという高性能低燃費!!←違う。
「この人ね、トリップしてきた人は。……ふうん、なるほど。トリップついでに思念で物体を動かす力が付いたみたいね」
メグちゃんは二階から降りてくるとそのまま受付にきて、来客をスキャンします。メグちゃんはパッと見ただけでその人の能力なんかもわかってしまうのです。素晴らしき視か……げほげほ、スキャン能力!!
「え?」
キョトンとキングスさんはメグちゃんを見ています。それに気付いたメグちゃんが、
「えーとね、試しにあそこに見える椅子に『浮け』って念じてみてくださいな」
ニッコリと笑って、部屋の奥、階段を降りてすぐのところにあるダイニングの椅子を指し示しました。
「はあ……?」
生返事をしたキングスさんは、指し示された椅子に視線を持っていきました。
すると、ふわり。椅子が見事に浮きました!!
「ふおおおお!! すごいですね! キングスさん!!」
ぱちぱちぱちぱち! 賞賛の拍手を惜しげもなくキングスさんに贈りますとも!
そんな能力これっぽっちもない私にはうらやましい限りです。
「ずごい……!」
やった本人が一番驚いているようで、呆然と自分の両掌を見つめています。いや、思念で動かしたんですから、手は関係ないと思うんですけどね? ま、敢えて放置しておきます。
「ね? 言ったとおりでしょ? で、これからどうする? このままこちらに居つくもよし、帰りたいなら帰りたいで方法もないこともないわ。確実に帰れるとは限らないけどね」
メグちゃんはキングスさんに身の振り方を聞きます。本人の意思は大事ですからね!
「帰れるんですか?」
目を見張り、メグちゃんをガン見するキングスさん。
「50/50(フィフティフィフティ)だけどね。同じ状況を作り出せば帰還は可能」
人差し指をビシリと立ててメグちゃんは言い切りました。
が、それを聞いた途端に愕然となり、項垂れるキングスさん。
どした? とそれを見て小首を傾げて不思議顔になるメグちゃんに、
「あ~。キングスさん、酔った勢いで記憶飛ばして、ついでにご本人も異世界に飛んじゃったんですよ~」
先程の事情聴収から集めた情報を耳打ちしました。あ、また歯に衣着せるの忘れましたがまあいいでしょう。
「あらま~。じゃあトリップしてきた時を覚えてないのぉ?」
呆れたような声を出すメグちゃん。
「はい……」
項垂れたまま肯くキングスさん。器用ですね。
「そうなると定住しかないわねぇ。自業自得。あきらめて」
サクッと言い切るメグちゃん。そしてまた項垂れたまま肯くキングスさん。
それを見てからおもむろにメグちゃんが虚空からメモ帳を取り出しました。ああ、魔法って便利です!
それは私の手元にある正式な召喚者リストではなく「こういう人(獣)材がトリップしてきたら教えて下さい!」という求人リストです。まあ、メグちゃんの覚書というものですね。いろんな求人があるみたいですよ。見たことないのでよく知りませんけどね☆
しばらくぱらぱらとめくっていたメグちゃんだったけど、
「エリダヌス村から、こういう能力を持った人の求人が来てるわね。ここ、村人も親切だし、気候もいいし住みやすいわよ? ここからちょっと遠いけど、送って行ってあげるから」
どうする? とキングスさんの顔を覗き込みます。
「……ありがとうございます」
少し諦めがついたのか、キングスさんが顔を上げました。あら、少し顔色が冴えませんね? もう少し吹っ切らないとダメですよ?
「まあ、来た時の状況を思い出せば帰れないこともないから、吹っ飛んだ記憶をよ~~~く手繰り寄せてみて」
いたずらっぽくウィンクするメグちゃん。
「……諦めずに頑張ってみます……」
キングスさんがもう諦めの境地にいるように思われるのは私だけでしょうか?
それからしばらくお茶なんかして落ち着いてから、メグちゃんの転移の魔法でエリダヌス村に旅立っていかれました。ボンボヤージュ!
読んでくださってありがとうございました!