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人影の泡沫、儚さ、追憶、黒が描く世界

まこちさん感想ありがとうございます。

というわけで感傷の始まりです

それは深い闇の中。

そこにそれはいた。

それは人だった。

否女神だったと言うべきだろう。

人を愛した女神の妹、それが人影の正体。

人影はまどろむ、そして夢を見る。




それは懐かしい記憶。

幸せだったときの記憶だ。そして人影の原点でもある。

そこは神々の楽園だった。

緩やかに衰退する楽園。

そこに彼女は生まれた。

とどまることを選択した神々が捨てた、進むことから生まれた女神。

故に誰からも疎まれた。

彼女も進むことつまり成長するがゆえに疎まれていると知り、他者を遠ざけた。

壁を作り、誰も来ないようにした。

もしとどまることを選択した神々が、この時点で彼女を消していれば、あのような事態になることなどなかっただろう。だがとどまることを選択したが故に彼らは彼女をいないものとして扱い以降、進む女神は数十年間を孤独に過ごすこととなる。

そんな孤独な日々に終止符を打ったのはある女神の来訪からだった。

進む女神の作った壁を慈愛の女神は、まるでないかのように入り込んでくる。

差し伸べられた手を払ったのは一度や二度ではない。

だがそんなことも気にせず、毎日欠かさず通い続ける慈愛の女神に、進む女神が折れるのにはそう時間はかからなかった。

やがて慈愛の女神もとどまることをやめた。もしもこの時点ですべての神がとどまることをやめ進む神となっていたのなら、悲劇になることはなかっただろう。

しかしそうはならず、彼女の世界は二人に増えただけだった。

二人の女神はやがて姉妹のように仲良くなり、慈愛の女神は姉として進む女神は妹のように暮らし始めた。

二人は幸せだった。しかしとどまる神々にとってその光景は水の中に浮いた油のように異質だった。

そして、とどまることを最優先にした神々は二人の女神を観察し始める。

やがてそんな二人の生活に新しい人物が入り込んでくる。

この楽園に迷い込んだ人間だ。

彼を二人の女神は迎え入れた。

しかしとどまることを選んだ神々は、この人間をよくは思わなかった。

異物は排除すべき、と一人の神が言う。

どのようにして?と進む神が尋ねるとその神だけでなくそこにいたすべてのとどまる神々が沈黙した。

とどまるということは、考えない、動かない、自立しないということだ。

いつだって付和雷同であり、また意見が一つしか出ない。

その硬直した思考が動くのは、男が慈愛の女神と夫婦の仲となり、子を孕んだ時だった。




その日は、慈愛の女神と男が夫婦になって一年目のことだった。

二人だけで出かけたことに若干怒りつつも仕方ないことと考えていた。

ふとした拍子に持っていた姉のカップが綺麗な音を立てて割れた。

嫌な予感がして彼と一緒に迷い込んだ彼の飼い犬黄狼-姉がつけた名だ-とともに、二人を探す。




ついた場所は、いつも姉が男とともによく来ていた花畑だった。

そこに姉と男はいた。

姉の膨らんだお腹から長細い何かが突き出ており、姉が少しも動かないこと、姉を抱きかかえた男から漏れる嗚咽、その全てが姉の死を物語っていた。

その男は私に全てを話し、私は何が起きたのかを理解した。

女神が孕んだ子は、進む神のさらに上位になるはずだった。

とどまる神々は、自分たちの優位が、この楽園での立場が、何もかもがなくなっていくのではないかと恐れた。

そんなことなど、こちらはちらとも考えてすらいないにも関わらず、とどまるが故に考えを変えられず弁明も釈明もなく、容赦なく正義を掲げ、女神をその子供の御霊ごと射殺した。

生まれるはずだった子は御霊を砕かれ欠片となり、楽園とは違う世界へと散らばってゆく。

男は私に全てを託し、その亡骸を抱え楽園より去っていった。

「もっと早くこうするべきだったんだ」とつぶやきながら。

残された進む神は、とどまる神たちにとって大した障害ではないだろうと彼らは考えた。

それが愚かであったことを悟るには少々時間が足りなかったのかもしれない。




それから数日後のことだ。いつものように何ら変わりない会議がはじまる。

議長になった者が見まわすと人数が昨日と違う。

誰に聞いてもどこに行こうとも彼らの姿はなかった。

煙のように消えたのだ。

その日以降消えた数名の姿を見た者は誰一人いなかった。

そして数日後にはまた一人、さらに数日経つとまた一人と減っていった。

その数がとどまる神々の総数の二割に達した頃、人影が彼らの視界にチラホラと映るようになった。

その影は妊婦のようでもあり、また痩身の男性のようでもあり、また無邪気な子供でもあった。

その数は消えたとどまる神々の数と一致していた。

彼らが気づいたときには、楽園は楽園ではなくなっていた。

楽園全土に巨大な文様が刻まれていたのだ。

進む女神が刻んだそれは、御霊写みたまうつしの法。

進む女神の情報をとどまる神たちの情報に上書きする禁法とでも言うべきものだった。

無論、完全なかたちでそれがなされることはない。

五割のノイズが写された魂には見て取れた。

五割のノイズは彼らの意識を残しながらもゆっくりと自ら狂っていく様を己に見せつける。そのためのノイズだった。

彼らの数が半分になったころ、彼らは楽園を捨てた。

しかし、とどまることしか知らぬが故に、彼らは何度でもこの事件を繰り返す。

矢が別の何かに変わろうとも。

男と慈愛の女神、そして生まれるはずだった子の欠片を殺すということに変わりはなかった。

そして、彼らは彼女に変えられる、何もできずに狂う存在に。




夢から目を覚ました人影は、闇の中であるはずもない電話を見つけた。

迷わずその受話器を手に取る。

「もしもし……なんのよう?……そう。……大丈夫あの子はつけてあるし……そんなことを?じゃあ……うんもう作ってあるから、あなたが渡しなさいな。……じゃあ」

少し大きな音を立てて受話器を置く。

彼女が願うもの、それは永久に続く幸せ、ただそれだけだった。

願うが故に純粋であるがゆえに人影に容赦のもじないのだ。

そして彼女は、歩き出す深い闇から姉と兄と姪の幸せのために。

感傷は意図して間違えております。

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