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二人のミツごと

作者: mosuco

 私が暮らすフール村はとても平和な村らしい。

 らしい、って言うのは、私が物心ついた時からここ、ユラド・ラキ診療所で入院しているから。

 古い洋館風の建物の窓から眺めたって、周りは木ばかりの森しか見えない。

 住所では付近のフール村になってるんだけど、村は森を越えた先にあるみたい。

 だから私は、たまにやってくる村の人からしか村のことが聞けない。

 村で起こる祭や市場、同い年の子たちの流行りの遊び…お話だけでワクワクするんだけど私はここを出ることができない。

 酷い喘息を持ち、体力もない私はずっと病院の中なのだ。

 でも、全然寂しいなんて思わない。

 確かに村には行ってみたいけれど私には優しい優しい先生が一緒にいてくれるから。

 寂しくなんてないの。

「おはようございますリデル」

 先生は毎朝、目が覚めた私にすぐに声をかけてくれる。

 シワを沢山浮かべて笑う先生は、家族がいない私にとっておじいちゃんのような存在。

 それでも腰は曲がってなくスラッと立って、老眼鏡ではない普通の眼鏡をして、目鼻立ちはハッキリしていて…とにかく、とてもとっても格好いいのだ。

 ふふ、こういうの、身内の欲目っていうのかな。

「おはようございます先生!」

「今日もお元気ですね。けれど無理はしないで下さいよ」

 頭を優しく撫でてくれて、ついつい頬が緩んでしまう。


 チーン、と高音が院内に響き渡る。

「失礼、患者さんが来られたようです」

 頭から手が離れていく。

 先生は白衣を翻して部屋から出て行った。

 このユラド・ラキ診療所のお医者様は先生だけ。

 だから先生はとても忙しい。

 でも、お仕事をしている先生も格好いいし、お仕事しなくちゃ、生活できないから…ワガママは言わないの。

 それに、お仕事が終わったら私と一緒にいてくれるもの。

「お仕事終わるまで暇だなぁ…」

 絵本は結末までつまづかずに話せるし、落書き帳は白いページが見当たらない。

 あやとりは、もうどんな技だって出来ちゃう。

 寂しくはないんだけど、時間をつぶす方法はやり尽くした。

「暇だなぁ」

 ぼんやり窓から空を眺める。

 灰色の空の下緑色の森が広がる。

 樹海って言葉は樹の海って書くんだって。

 海は見たことないけど、きっとこんな感じなのかな

「…そうだ」

 先生の部屋にアルバムがあった。

 いつかの夜に見せてもらった、赤い表紙のアルバム。

 中の写真は白黒だけど、色んな景色が映っていた。

「若い頃、旅をしていました。その時の風景を形に残したくてね…実際の景色には適いませんが、こうして貴方に伝えることができるでしょう」

 そう言って、私にアルバムを見せてくれた先生。

 確か、海の写真もあったはず。

「今日は体調もいいし、いいよね」

 ベッドから下りて、ぶかぶかのスリッパを履いて部屋を出る。


 キイッて鳴るドアの音が静かな廊下に響く。

 廊下は薄暗くて、奥が見えない。

 この病院は、昼間も夜も変わらない。

 窓は閉じきっていて、灯りもつけない。

 私の部屋は、先生がいいですよって言ってくれたから、窓を開けているんだけど、先生は眩しいのが苦手で、これくらい薄暗い方が好きなんだとか。

 変よね。

 ペタペタとスリッパから音をたてて廊下を歩く。

 先生の部屋は…廊下をずーっとまっすぐ行って、一番奥にある部屋。

 暗闇に目が慣れて、うっすらと廊下がみえてきた頃、下からキイっと扉が開く音と誰かの足音がした。

 カツカツと鳴る音は先生のものじゃない。

 きっと患者さんだ。

 診察、終わったんだわ…どうしよう。

 ちょうど中央階段にいた私は、髪の長い女の人が歩いてる姿を発見した。

 カツカツと音をたてて出口の扉に手をかけた。

 ギィィイと耳を押さえたくなる音が響く。

 開かれた扉から白い光が差し込んで、女の人の白い腕には注射の跡始末がされてあった。

 今日も女の人だった。

 昨日もその前の日も…私が知るかぎり女の人の患者さんが多い。

 別にいいんだけど…ね。

 そりゃあ先生はおじいさんだけど、カッコイイから女の人がよく来るのは分かる。

 分かるけど、なんだか嫌だなって気持ちもある。

 子供の私と違って綺麗な人も多いから、先生もデレデレしてるのかな。

 私と同じように患者さんの頭も撫でたり、微笑んだりしてるのかな。

 ああ嫌だな、そんな先生見たくないし、見られたくない。

「リデル、そんな所でどうしたのですか?」

 ハッと気付くと目の前には先生がいた。

「階段の前で考え事は危ないですよ。さあ、部屋に戻りましょう」

 背を押されて、私の部屋へと誘導される。

 先生の事、全然気付かなかった。


「ねぇ先生、さっきの患者さんは綺麗な人だった?」

 ベッドに入った私は思い切って聞いてみた。

 先生はびっくりした顔をしてから微笑んだ。

「さっき考えていたのはその事ですか?」

「し、質問に質問で返さないでよ!」

 当てられて慌てて言い返す。

 やだ、私、そんなにわかりやすかったかな。

「そうですねぇ…綺麗で若い女性でしたね」

 私の頭を撫でながら返ってきた答えにガーンと頭を叩かれたみたいな衝撃を感じた。

 頭を撫でてもらっても、ちっとも嬉しくない。

「そっか…綺麗だったんだ」

「ですがね、リデル」

 ジワリと涙まで浮かんだ目で先生を見た。先生は頭を撫でていた手で、私の手をすくう。

「リデルが大きくなれば、今日の患者よりも綺麗な女性に成長すると私は思いますよ」

 ニコリと笑った先生の言葉に私はポカンとした。

「そうかな」

「そうですよ」

 ポツリとこぼした言葉に先生はニコニコ頷いて…ジワジワとむず痒いような甘いような感覚が走る。

「…そっか」

 先生の顔が見れなくて、布団を見つめる。

 また頭を撫でる感触がして、私の顔は熱くなっていた。

 調子にのりすぎたのか…熱、出たのかな。

「さあゆっくりお休み下さい。お昼はあなたの大好きな真っ赤なトマトソースのパスタを用意しますからね」

 そうなんだ、楽しみだなぁ…ウトウトとしてきた私はそのまま眠りについた。



「嫉妬なされたのですか、可愛らしいですね」

 スヤスヤと安らかに眠る少女のポッと朱く染まった頬を撫でる。

「そんな心配なさらなくてもいいのに…ただの食料なんですから」

 何も知らない少女は安定した呼吸を繰り返す。

 少女の寝顔におもわず口元が綻び、キシリと口内から音が鳴る。

 いけないいけない…つい出してしまいましたね。

 口元を押さえ、生えた牙を全てしまう。

 これで大丈夫。

 開けられた窓も閉めて、外との遮断をする。

 暗闇が部屋を包み込み、ホッと息を吐く。

「さて…昼食の準備をしましょうか。完熟したトマトと早熟した血液の特製ソースは最高の味ですよ」

 沢山食べて早く大きくなってくださいね。


 私の可愛い後継者。

 最後までお読み頂きありがとうございます。

 二人のミツごと、いかがでしたでしょうか?勘の良い方なら先生の名前でどういった内容か分かっちゃったかもしれないですね。妖しさと薄気味悪さをもうちょっと表現できたらよかったですね…反省。

 私が書くものは文字が多いものばかりなので、本当に短編を書こう!と思い、今回の話が出来ました。元々、ハロウィン用に…と思っていたのですが、間に合わずにこの師走の時期に更新となりました。


 タイトルのミツは蜜と密と満、三つかけたものです…シャレです。

 ラストがなんとも後味の悪い感じですが、ミステリな終わり方を目指してみました。

 先生の目的とかリデルとの関係とか…あまり書きすぎるのも良くないので、お好きに考察して楽しんで頂けると幸いです。

 ミステリは読んで考察するのが楽しみであり、至福ですよね。


 現在なんちゃってハードボイルドミステリ、所長と助手シリーズを執筆中ですが、ちょこちょここういった読み切りも更新して行く予定です。所長と助手シリーズ共々、宜しくお願いします。

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