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CHASE  作者: 他紀ゆずる
11/12

ライの種明かし

激しくライの人格が崩れております。

ご注意ください。

 そいつを拾ったのは、気まぐれに過ぎない。

 半分つぶれかけた段ボールの中から見上げる、薄情な世界に絶望しかけた顔からなんとなく目が離せなくて、やせ細り震える子猫を懐に忍ばせて、居着いている女の部屋に戻った。


『汚いわ、捨ててきて』


 もちろん、予想してた通りの答えだから、別段驚きゃしないさ。

 あの女にとって俺は毛づやのいい夜のお相手もできるペットで、手のかかる本物の猫を飾り立てた部屋に置こうなんて考えたこともないんだろうからな。


 子猫を抱いたままふらりと部屋を出た後、そろそろあいつとも切れ時だと明け始めた空を見上げる。

 分厚い雲の隙間から射しているかも怪しい薄日と正反対に、すぐさま全身を濡らした雨は容赦なく体温を奪って、空気共々心も寒々と凍らせた。


 違うな、もともと俺の中はいつも荒涼としていて、ほんのり小春日和だったことなんて無いんだ。


 定職に就くこともなく、体の関係と引き替えに他人の金で遊ぶしか能のない男。希薄な関係を築くこと以外に興味はなく、他人を信じるくらいなら関わらないことの方を選ぶほどの人間不信であれば、対人関係で温度が上がるなんてこと、ありえない。

 なにより、そんな現状に満足してるしな。

 と、いうわけだから、

「無理、だよな」

 安らかに胸の内で眠るこれを、飼うこともかといって濡れて崩れた段ボールに戻すこともできずいる。

 こんな冷たい雨の下に取り残したら、頼りない命はあっさり消えてしまうに決まっていて、さすがの俺でさえそれだけはしちゃいけない気がするから。


 生まれてこの方続けてきたこの生き方を、初めて後悔した。

 せめて自分で部屋、借りとくべきだったよな。貰った金全部、遊びに使っちまったのはまずかったか。 たまのバイト代くらいとっときゃ、ウイークリーマンションに即入居できたのに。


「どうかしましたか?」


 さすがに途方に暮れていた時、探るような女の声が意識を現実へ引き戻した。

 振り返ると随分くたびれた女がこちらを心配げに覗き込んでいる。

 年の頃は20半ば程度、目の下のひどい隈と乱れた髪、皺の寄ったスーツを正せば仕事好きのOLに見える彼女は、後光が射していた。

 誇張でなく、実際にな。女を喰いもんにしてきた俺が、いいカモだって直感したくらいだ。

 きっと少し困った素振りでも見せれば猫を引き取る程度に善人で、寂しいに違いなく、必要とあれば2,3回寝ることで思うままにできるだろうと。


 作りきった表情と仕草で殊更憐れを装って猫についての説明をすると、案の定にこりと笑った女は手を差し出した。予想通りに。

 ただひとつ思惑と違ったのは、その目にどんな色も映していないと言うことだろう。これまであった女達のようなあからさまな欲や興味はなく、純粋に子猫にだけ、彼女の瞳は向いている。

 なんだかちょっと…いや、ひどくプライドを傷つけられたが本来の目的は果たせるんだから、いいじゃないか。


「うん、寒いね。よしよし」


 俺の手からひょいっと抱き上げた毛玉に、そう柔らかに問いかけながら、躊躇無く奴をブラウスの中に潜らせる彼女が俺を驚かすのは、本日一体何度目なんだ?この数分で女に対する見方が変わりそうだというか、これまでとあまりに勝手が違うというか。

「爪、痛くないの?」

 子猫の健康を考えての行動だろうが、所詮ノラ。爪にも体にも雑菌ばい菌が山盛りだと形だけの心配を投げかけたが、帰るのは呑気な微笑みばかり。拍子抜けすることこの上ないときた。

 その上、

「使って」

 だと?もう既に完膚無きまでのぬれねずみを掴まえて、何考えてんだ?やっぱ、気のないフリは演技で俺の気を引くことが望みなんだな。所詮年いった女の考えることなんて同じってわけか。

 いいぜ、そんなら乗ってやる。


「あなたを送った後に借りることにします」


 年上には受けのいい、少年ぽさを前面に押し出し照れたように笑うオプション付きなら、ご満足いただけるだろうさ。

 愛想振りまきながら、そこからほんとに数十メートルを猫の話題でぽつぽつ埋めて、まだ三文芝居続けんのかよだりーとか思ってたのに。

「じゃ、気をつけて。あなたも捨て猫みたいだから、早くお風呂に入って、暖かくして寝るのよ」

 マンション下であっけなく手を振られた。


 おいおい、冗談だろ?ふつーはここでお茶飲んでけとか、雨上がるまでいろとか、ひどいのになるとシャワー浴びて休んでけってあからさまに誘う場面じゃん。

 だけど呆然と見送る俺なんかお構いなしで、彼女は足早に消えるんだ。振り返りもしないで、さ。

 最初は気を持たしといて後で劇的な再会演出してんだって勘ぐったけど、それはないってすぐに思い知らされた。


 道ですれ違っても、駅でわざわざ近づいたって、明らかに視界に飛び込んだってムシ。

…ムシ、だぞ?いくら何でもやりすぎ。逆効果。温厚な俺だって怒るってーの。

 こうなりゃなにがなんでも惚れさせてやる、縋って来たところを捨ててやると、よろしくない妄想に胸弾ませて、まずは軍資金集めと片手間だったホストに本腰入れること数ヶ月。

 元より天職なんだし、ちょっとマジになったらあっという間にナンバーワン取れちゃって、そろそろうるさくなってきた女とも切れ、彼女の隣室を見事ゲットしたってのにまだまだ俺の受難は続く。


「おはようございます」

 徹夜明けにわざわざシャワーして、出勤する彼女が乗るエレベータに飛び込んだ後、好青年ぶった挨拶に返るのは何ともむかつく反応なワケ。

「…オハヨウゴザイマス」

 そりゃもう、不信感丸出しの表情と片言って、どうなの。

 気づくだろ、忘れるわけ無いじゃん、こんないい男!そりゃ、あれから1年近く経ったけどさ、結構ショーゲキの出会いだったし?猫って証拠品だってあるんだぞ?なにより、俺様が覚えててそっちが忘れてるなんてあっちゃいけないに決まってるって!!


…と、ことここに至って、ようやく気づいたんだけど。


 なんだかんだと理由付けて彼女に執着してただけなんじゃん、俺。惚れさせてやるとか、むかつくとか、もっともらしいこと言っててもさ、それってガキっぽい主題の転換で突き詰めたら答えはすっげシンプル。


 梨々子さんが、好きだ。誰より、すごく。


 自覚って、オソロシイ。意識した途端、津波の勢いで浸食し支配して、俺の24時間はつれない隣人を中心に回り始めたのだ。

 虎視眈々と、いつか来るチャンスを狙って。



 そして、現在。

「ひどい人だよね、貴女は」

「え~?そう?」

 のどかな日溜まりで俺に膝を貸して読書をしていた梨々子さんは、ソファーに預けた首を捻りながら「やっぱ、2人でいるのに読書はまずいか」なんて、的はずれな反省をすんだ。

 あいっかわらずすっげ鈍くて、むかくつ。

 だけど寛容で余裕綽々な恋人をぶってる俺は、狭量でガキ丸出しの自分を覆い隠して笑ってみせた。

「違うよ、そうじゃない。僕を振り回すひどい人だって意味」

「あら、心外。私の方がよっぽど、ライにいいようにされてるのに」

 くすくす笑う彼女は、仕事が好きで大抵投げやりで、こっそり見えないトコで優しく寛大だ。


 これってさ、ずるいじゃん。こっちが死ぬ気で努力しても梨々子さんは遙か高みから俺のこと見下ろしちゃってるってか、絶対埋めらんない年齢差に焦るばっかってか。

 頑張っても追いつけなくて、追い越すなんて夢のまた夢。故にでっかい猫は必需品なんだよな。

「…いつか、僕の本性を知っても梨々子さんは笑ってるのかな…」

 呟きに彼女は小さく唸って、でもほら、やっぱり笑う。

「なんとなく、悪い奴のはわかってるからね。今更、とか思うんじゃない?きっと」


 そんなもんだろうな。

 いいさって、苦笑。一生梨々子さんに追いつけなくたって、かまやしない。

 恋って惚れてる方が負けなんだってから、諦めてるんだ。だって、絶対俺、負け負けっしょ?ばればれっしょ?

 ただ、この手を放さなければいいだけだって、本能で知ってるから。


「絶対、逃がさないからね?」

「逃げないわよ」


 すり寄ってくるとか、珍しくそっちからキスって…くっそ、可愛いじゃん!梨々子さんがもう、むちゃくちゃ、好き!!


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