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読みきりファンタジー集

ぽん太の一生

作者: 高瀬 悠


 ぼくは『ぽん太』。

 昨日まで飼われていた世間知らずの子犬。

 ぼくは公園に捨てられてしまった。

 何もできない犬だから。



 ある日、人間の女の子に出会った。

 その女の子はぼくを抱きしめて「かわいい」と言ってくれた。

 ぼくに初めての友達ができた。

 うれしくて、うれしくて。

 ぼくはその女の子の家までついていった。

 家には女の子のママさんがいた。

 ママさんは ぼくの頭を優しくなでてくれた。

 かわいいね、って。

 ぼくはうれしくてシッポをぱたぱたと振った。


 はじめまして。ぼく、『ぽん太』です。


 ママさんは ぼくを家に入れてくれた。



 夜になって。

 女の子のパパさんが帰ってきた。

 ぼくはシッポを振って迎えにいった。


 はじめまして。ぼく、『ぽん太』です。


 パパさんは何もしてくれなかった。

 不機嫌な顔でぼくを見下ろして、「シッシッ」と手で払った。

 ぼくはパパさんに嫌われてしまった。

 思わずシュンと、耳を伏せる。

 そんな時、女の子がぼくのそばに来て、抱きしめてくれた。

 大好きだよ、って。だからどこにも行かないでねって、言ってくれた。

 そうか。ぼくは女の子の友達だから、ここにいなきゃいけないんだ。

 ぼくはこの家で飼われることになった。


 ――はじめまして。今日からぼくは、この家の家族です。


 それでもパパさんは、ぼくと目を合わせてはくれなかった。 ずっとずっと……。

 何も言わずに大きな新聞で顔を隠して、ぼくとの距離を少し置いていた。

 パパさんだけ、ぼくを嫌いだった。

 何もできない犬だから。

 きっとぼくは、またあの公園に捨てられてしまうんだろう。



 次の日。

 ぼくは早起きして、パパさんが毎日見ている新聞を取りにいった。


 はい、パパさん。ぼく、新聞をもってきたよ。


 パパさんは怖い顔でぼくのことを見ていた。

 そして。

 黙って、ぼくの頭を優しく撫でてくれた。

 ぼくはとてもうれしかった。

 それから毎日。

 ぼくは早起きして、パパさんに新聞を持っていった。


 はい、パパさん。新聞です。


 これがぼくの日課になった。

 パパさんは一度もぼくに、笑顔を見せてはくれなかった。

 ただ黙って。一日に一回、ぼくの頭を撫でるだけ。

 あいかわらず、目を合わせてくれない。

 それでも毎日。

 ぼくはパパさんに新聞を運び続けた。



 そんなある日――。

 ぼくの体が、急に動かなくなった。

 新聞を取りに行きたいのに、体が言うことをきいてくれない。

 パパさんが新聞を待っているのに……。

 頭も、だんだんと重くなっていく。

 やがてパパさんが新聞を持って、ぼくのところに来てくれた。


 新聞……取りにいけなくてごめんなさい。


 ぼくはパパさんに謝った。

 パパさんが初めて、口を開いてくれた。


 ――どうした、ぽん太。……大丈夫か?


 心配そうな顔で、パパさんはぼくの体を揺すった。

 でも、ぼくにはもう何も感じることができなかった。

 心臓がちょっとずつ、遅くなっていく。

 最後の力を振り絞って、少しだけ頭を起こして。

 ぼくは一回だけ、小さく鳴いた。


 ごめんなさい、パパさん。

 何もできない犬で……ごめんなさい。


 パパさんが初めて、ぼくを抱きしめてくれた。


 強く。

 それはとてもあたたかくて。


 ぼくはゆっくりと、パパさんの腕の中で目を閉じた。

 パパさんの声が聞こえる。

 ごめんなって。

 今までありがとな、ぽん太って……。

 最期に大きく深呼吸をして。

 ぼくの心臓は静かに止まった。




 これがぼくの一生。

 短くて。

 何の役にも立てなくて。

 それでもぼくを家族だと思ってくれる人たちに出会えて。

 ぼくはとても幸せでした。





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― 新着の感想 ―
[一言] すごく簡潔だけど、とても心温まる様で、なぜだかホロリときそうな作品でした
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