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Footloose Life

Footloose Life 第11話 「小さなダンシングクイーン(2)捨てたはずの過去」

掲載日:2026/10/27

Footloose Life、第11話です。前回、ジャックに断られたユキちゃんたちは、園長先生の力を借りて、もう一度会いに行きます。この物語は、私の相棒でAI編集者のクロちゃんと一緒に作っています。

ジェミニが帰ったあと、ダンススタジオには重苦しい静けさが残っていた。


ジャックは音響機器の前に立ち、しばらく動かなかった。


さっきまで流れていた音楽は、もう聞こえない。


鏡に映る自分の姿を見つめる。


かつて、この鏡の前には二人のダンサーがいた。


息を合わせ、ステップを踏み、音楽が終わるまで夢中で踊った。観客の歓声も、ステージの照明も、あの頃はすべてが輝いていた。


だが、今は違う。


「……何を今さら」


ジャックは小さくつぶやき、音響機器から離れた。


ジェミニの顔を見た瞬間、昔の記憶がよみがえった。


あのとき、自分は何を言ったのか。


ジェミニは何を考えていたのか。


今となっては、確かめることさえしたくなかった。


ジャックは照明を落とし、スタジオを後にした。


* * *


翌日の夕方。


施設の園長室では、園長先生が端末を手にしていた。


画面には、ジャックの連絡先が表示されている。


「……元気にしているかしらね」


つぶやいてから、園長先生は通話ボタンを押した。


しばらくして、聞き慣れた声が返ってきた。


『……はい』


「ジャック? 私よ」


『園長先生……?』


声の調子が、ほんの少し変わった。


『お久しぶりです。どうかしましたか?』


「ええ。ちょっと、お願いがあってね」


『もしかして、あの事ですか?昨日ジェミニが訪ねてきたんです。すぐに追い返しましたけどね』


園長先生は、ユキのこと、ベイサイドダンスコンテストのこと、そして美咲が彼女の可能性を伸ばしてあげたいと考えていることを話した。


ジャックは黙って聞いていた。


『……それで、俺に何をしろと?』


「ユキに、一度だけ会ってほしいの」


『無理です』


返事は早かった。


「まだ、会ってもいないのに?」


『園長先生。俺はもう、ダンスを教えるつもりはありません。昨日も、その話は断りました』


園長先生は、すぐには答えなかった。


彼がどんな気持ちでその言葉を口にしているのか、彼女には分かっていた。


だからこそ、無理に説得することはしたくなかった。


「そう……。分かったわ」


ジャックは、意外そうに黙った。


『……いいんですか?』


「ええ。あなたにも、あなたの考えがあるものね」


園長先生は、いつもの穏やかな声で続けた。


「でもね、ジャック。あの子が、あなたに会うことで、何かひとつでも自信を持てるようになるなら……私は、それだけでもうれしいのよ」


電話の向こうは静かだった。


「あなたに、昔のように踊ってほしいと無理にお願いするつもりはないわ。ただ、一度だけ、あの子の話を聞いてあげてくれないかしら?」


ジャックは目を閉じた。


園長先生の頼みを断ることなど簡単だ。


けれど、この人には、子どもの頃から何度も助けられてきた。


自分が初めてダンスに夢中になったときも、失敗して落ち込んだときも、園長先生はいつも見守ってくれていた。


そして、ジェミニと一緒に踊っていた頃の自分を、誰よりも応援してくれた人だった。


『……一度だけ、ですよ』


やがてジャックは、ため息とともに答えた。


園長先生の顔に、ぱっと笑顔が広がった。


「ありがとう、ジャック」


『勘違いしないでくださいよ。ダンスを教えると決めたわけじゃありませんからね』


「ええ、分かっているわ」


電話を切ったあと、園長先生は端末を胸に抱いた。


「……ありがとう」


誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。


ただ、長いあいだ気にかけていた青年が、もう一度、誰かと向き合ってくれる。


それだけで、胸がいっぱいだった。


* * *


数日後。


Footlooseの店内では、ユキが落ち着かない様子でカウンターの周りを歩いていた。


「ユキちゃん、さっきから何をそわそわしているんだ?」


康児が、磨いていたグラスを置いた。


「えっ? そ、そんなことありません!」


「そうか? さっきから同じテーブルを三回も拭いているぞ」


「あっ……!」


ユキは慌てて手を止めた。


その様子を見て、ジェミニが吹き出した。


「ははは! なるほど。いよいよ緊張してきたというわけか」


「ジェミニさん!」


「心配するな。相手は少々頑固だが、腕は確かだ。少なくとも、俺が知っている中ではな」


「……本当に、会ってくださるんでしょうか?」


ユキが不安そうに尋ねた。


「園長先生が説得してくれたんだ。約束は守るさ」


ジェミニはそう答えたものの、その表情には、どこか複雑なものが浮かんでいた。


ジャックが来る。


久しぶりに、同じ場所で顔を合わせることになる。


だが、今は余計なことを考えるべきではない。


ジェミニは小さく息を吐いた。


「おっと、そろそろ時間だな」


* * *


約束の時刻。


Footlooseのドアが開いた。


入ってきたのは、背の高い男だった。


無駄のない動き。少し険しい目つき。飾り気のない服装。


店内をひと目見渡し、男はジェミニを見つけた。


「ジャック、ありがとう」


ジェミニが声をかけた。


「ああ」


それだけだった。


二人の間には、何年もの時間が横たわっていた。


「ジャックさん、こちらです」


美咲が声をかけると、ジャックは彼女に軽く会釈した。


そして、その隣に立っているユキを見た。


「……君が、ダンスを習いたいという子か?」


「あ、はい!」


ユキは慌てて背筋を伸ばした。


「ユキと申します! 今日は来てくださって、ありがとうございます!」


深々と頭を下げるユキを見て、ジャックは少しだけ困った顔をした。


「いや……別に、礼を言われるようなことはしていない」


「でも、私のために来てくださったんですよね?」


「……まあ、そういうことになるな」


ジャックは目をそらした。


まっすぐな目で見つめられると、どうにも調子が狂う。


「それで、君はダンスコンテストに出たいんだって?」


「はい!」


ユキは一度、口を閉じた。


それから、少し恥ずかしそうに続けた。


「本当は……すごく怖いです。大勢の人の前で踊ったこともありませんし、私なんかが出てもいいのかなって」


ジャックは黙って聞いていた。


「でも、踊ることが大好きなんです。音楽を聴いていると、楽しくて……身体が勝手に動いてしまうんです」


ユキは顔を上げた。


「だから、もし私にもできることがあるなら、挑戦してみたいんです」


ジャックは、ユキの表情をじっと見つめた。


そこには、上手に見せようとする計算も、自分を大きく見せようとする虚勢もなかった。


ただ、踊りたいという気持ちだけがあった。


「……なるほどな」


ジャックは腕を組んだ。


「じゃあ、ひとつ聞こう。君は、今までどんなダンスを踊ってきた?」


「施設の運動会で、みんなと一緒に踊ったことがあります。あとは、音楽に合わせてひとりで踊ったり……」


「そうか」


ジャックは少し考えたあと、店内を見回した。


「音楽を流せる場所はあるか?」


「はい! 奥に小さなスペースがあります」


美咲が答えた。


「よし。じゃあ、ちょっと見せてくれ」


ユキは目を見開いた。


「えっ? 今ですか?」


「そうだ。どんな踊りをするのか、見なければ何も分からないだろう」


ジャックは腕を組んだまま、ぶっきらぼうに言った。


「上手く踊ろうとしなくていい。いつも通りに踊ってみな」


「……はい!」


ユキは少し緊張しながらも、奥のスペースへ向かった。


美咲が音楽を選び、再生ボタンを押す。


軽快なリズムが流れ始めた。


ユキは一度、深呼吸をした。


そして、音楽に合わせて身体を動かし始めた。


最初は、少しぎこちなかった。


けれど、数小節もすると、表情が変わった。


音楽に身を任せ、ステップを踏み、くるりと身体を回す。


そこには、さっきまでの不安そうな少女はいなかった。


ジャックは、黙ってその姿を見つめていた。


技術的には、まだまだだ。


足の運びには改善の余地があるし、動きの切り替えも粗い。コンテストの舞台に立つには、練習が必要だろう。


それでも――。


ジャックは、あることに気づいた。


ユキは、音楽を楽しんでいた。


誰かに褒められるためでも、勝つためだけでもない。


踊ることそのものが、彼女にとって喜びなのだ。


曲が終わった。


ユキは少し息を弾ませながら、ジャックのほうを振り返った。


「ど、どうでしたか……?」


ジャックは、すぐには答えなかった。


久しく忘れていた感覚が、胸の奥をかすめていた。


音楽が鳴り始める瞬間の高揚感。


身体がリズムをつかんだときの喜び。


そして、踊り終えたあとに感じる、あの何とも言えない充実感。


それは、かつて自分が何よりも大切にしていたものだった。


「……悪くない」


ジャックは、ぶっきらぼうに答えた。


ユキの顔がぱっと明るくなった。


「本当ですか!?」


「ただし、今のままじゃコンテストは厳しいな」


「あ……はい」


ユキは少し肩を落としたが、すぐに顔を上げた。


「もっと練習したら、上手になれますか?」


ジャックは、その問いにすぐには答えられなかった。


自分が誰かを指導する。


そんなことを、もう一度考える日が来るとは思っていなかった。


「……本気で出たいのか?」


「はい!」


今度の返事には、迷いがなかった。


ジャックは、ユキを見つめた。


そのまっすぐな瞳に、かつての自分の姿を見たような気がした。


夢中で踊り、明日を信じていた頃の自分。


そして、隣にはいつも、ジェミニがいた。


ジャックは、ほんの一瞬だけジェミニのほうを見た。


ジェミニは何も言わず、静かに二人を見守っていた。


ジャックは小さく息を吐いた。


「……分かった」


ユキが顔を上げる。


「えっ?」


「しばらく、俺が面倒を見てやる。ただし、厳しいぞ。途中で泣き言を言っても知らないからな」


一瞬、店内が静まり返った。


次の瞬間。


「ほ、本当ですか!?」


ユキの声が店中に響いた。


「本当だ。だから、そんなに大きな声を出すな」


「ありがとうございます! ジャックさん、本当にありがとうございます!」


ユキは何度も頭を下げた。


ジャックは困ったように頭をかいた。


「まったく……まだ何も始まっていないんだぞ」


そう言いながらも、その口元には、ほんのわずかな笑みが浮かんでいた。


カウンターの向こうで、康児が静かにグラスを磨いていた。


美咲はうれしそうに微笑み、ジェミニは腕を組んだまま、二人の姿を見つめていた。


その胸の奥には懐かしい感情が、かすかに戻り始めて、音楽のリズムを無意識に取っている。


誰かのために踊りを教える。それは、ジャックの心が、ほんの少しだけ動き出したような瞬間だった。




つづく。


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!


ダイナー『Footloose』で繰り広げられる賑やかな日常、いかがでしたでしょうか?


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