一
ここは深い深い森の中。
四百年前の『魔女狩り』の難を逃れた魔女たちの子孫が、ひっそりと暮らす魔女の里がある。
この里に同じ年に生まれ、姉妹のように育った四分の一人前の少女たちが元気に暮らしていた。
四人はなにをするのも一緒。
笑って楽しく過ごし、時には怒って喧嘩して、泣いて謝り仲直り。
今日はお揃いのローブと三角帽子を身にまとい、朝から里よりもさらに森深い場所にある岩壁でぽっかりと口をあけた洞窟の前にいた。
「ほ、本当に入るの? 大ババ様がここには近づいちゃいけないって……。見つかったら絶対にお仕置きだよ?」
前を歩く少女のローブを掴み、おっかなびっくりについていく黒髪の少女が、目じりに涙を浮かべる。
「ニコルは臆病だな。岩がごつごつしててちょっと危ないだけさ。それに、もしなんかいたってボクがやっつけてやるよ」
先頭に立って進む褐色肌の健康そうな少女が、拳を突き上げ高らかに宣言した。
「はいはい。それよりキーラ。懐中電灯を点けて。洞窟の中が暗くても見えるのはあなただけなのよ」
ニコルに服の裾を掴まれている少女が、褐色肌の少女ににそう声をかけた。美しい赤髪をひざ裏まで伸ばした顔立ちの整った美少女。全員が十三歳という中で、一人だけ化粧をしたりと大人びている。
「わかってるよ! ミオはうるさい……って、シャマ寝るな! 立ったまま寝るな!」
懐中電灯を点けながら振り返った彼女に怒られ、ミオの隣でウトウトしていた、白髪のぽっちゃり体型少女が、はっと顔をあげる。
「えへへ、ごめんね~」
「ニコルも私の後ろに隠れていないで、眠りの香りをだしてちょうだい。シャマはそれを風で奥に運んで。そうすれば、なにかがいてもみんな眠っちゃうわ」
「う、うん。そだね」
「そんなのつまんない」
「先に眠っちゃたらごめんね~」
「同時に喋んないでよ。異議は認めません。もしものことがあったら大人たちを誤魔化せないでしょ」
ニコルはミオに背中を押されると、周囲を気にしながらも手のひらを擦り合わせてから上に向けた。
彼女の手のひらの上に、青白いキラキラした光がうかぶ。
その光にシャマが片手をかざした。
すると光はニコルの手を離れ、洞窟の奥へと飛んでいく。
同じ作業を十回ほど繰り返したところで、キーラが待ちきれないとばかりに声をあげた。
「もういいんじゃね?」
「そうね。ふたりともお疲れ様」
ミオの言葉を受け、ふたりが魔法をとめる。
「うっし! それじゃあ、冒険再開!」
キーラが懐中電灯を手のひらに打ちつけると、三人が揃って頷く。
懐中電灯を持つ彼女を先頭に、四人は洞窟の奥へ進む。
「思っていたより歩きやすいわね。やっぱり人の手が加わっているのかも」
ミオが興味深げにキーラが照らす地面を観察する。
岩肌こそ露出しているものの、壁際にしか石筍が見えない。まるで誰かが整えたかのようだ。
「見ろよ。コウモリが天井にぶら下がったまま寝てるぜ」
言いながら懐中電灯を天井に向けようとするが、ミオが慌てて彼女の手を押さえつけた。
「バカ! せっかく眠らせたのに、無駄に刺激するんじゃないわよ」
「よ、よっぽど強い刺激を与えなければ大丈夫……と思う。深く眠っている匂いがするから」
ニコルはいろんな効果のある香りをだすだけでなく、嗅覚もとても鋭敏だ。
「キーラちゃん、刺激しないように気をつけてね~」
「そうね。ドジ踏まないようにしなさいよ、キーラ」
「お、お願いね。キーラちゃん」
三人の言葉に、彼女のほっぺがプクーとふくらむ。
「なんだよ、三人とも! 気をつけるのはみんな―――」
キーラの言葉が詰まる。足の裏に柔らかいものを踏んだ感触があったからだ。
恐る恐る足をどけると、鳴き声と共に一匹のコウモリが飛びたつ。どうやら一匹だけ地面に落ちていたらしい。
慌てて飛んだコウモリは眠っていた他のコウモリにぶつかり、驚いて目を覚ましたコウモリが、これまた慌てて飛んで他のコウモリにぶつかる。
こうして始まるコウモリたちの集団パニック飛行。
「このおバカ!」
「さすが、キーラちゃん」
「ひぃぃぃ!」
のんびり屋のシャマがニコルのローブを掴み、臆病なニコルがミオのローブを掴み、しっかり者のミオがキーラのローブを掴む。
四人が一列になると、夜目の利くシーラはぶつかりそうになるコウモリを懐中電灯で叩き落しながら、洞窟の奥へ駆けだす。
三人もローブを掴んだ手に力をいれて、キーラに必死でついていく。
五十メートル近く走ったころ、ようやくコウモリたちの鳴き声が遠ざかった。
「もう大丈夫みたいだな」
平然とした顔のキーラに、息も絶え絶えだったミオが噛みつく。
「ふ……ざけ……てんじゃ……ないわよ! ……このおバカ! 注意しろって言ったそばから!」
「三人してボクに変なこと言うからじゃないか!」
「こういうことしでかす奴だから、言ったんじゃないの!」
「なんだと!」
「ねぇねぇ、ふたりとも~」
今にも泣き出しそうなニコルの後ろで微笑んでいたシャマが、のんびりとふたりの喧嘩に割って入る。
「奥のほう明るいよ~」
ふたりの視線が洞窟の奥へむく。
シャマの言った通り、赤みを帯びた光が洞窟の奥、L字に曲がった通路の奥から漏れてくる。
懐中電灯の明かりはもう必要なさそうだ。
「行ってみようぜ」
「そうね」
口論をしていたのが嘘のように、ふたりは手を繋ぎ奥へと進む。
シャマも目じりに涙を浮かべるニコルの手を引き続く。
角を曲がった先はこの洞窟の最深部。
中央に小瓶が置かれた、赤い光を放つ複雑な紋様の魔法陣が、四人を出迎えた。
魔法陣から伸びる光は、ドーム状の囲いを作りだし魔法陣を守っているように見える。
神秘的な光景に、四人がごくりと唾を飲む。
「すんごくノドかわいてきた」
「ここが行き止まりみたいだし、慌てなくてもいいでしょ。調べてみる前に、いったん休憩にしない?」
「賛成!」
ミオの提案に元気のよい声が飛ぶ。
シャマがローブの中から、大きなシートを取り出して地面に敷いた。
思い思いにシートに座り、それぞれがローブのポケットに入れて持参したお菓子を取り出して、シートの中央に置く。
「お水も用意するわね」
ミオがなにかを抱きとめるように両腕を広げ目を閉じる。
少しだけ洞窟の気温が下がり、白い霧がリオの前にできあがった。
やがてそれは、彼女たちの頭の大きさくらいの水の球体になる。
「ふっ!」
ミオが短く鋭く息を吐き、パンと手を打つと、水の球が四つに割れた。
「シャマ、あとはお願い」
「は~い」
今度はブリサが人差し指を立てて軽く振る。
四つに割れた水の塊がそれぞれの口元にふわふわ、ふわふわ。
その水にまずキーラがかぶりつく。
「うんまーい! ミオの水、おいしー!」
「当たり前よ。私の集めた水は私と同じで綺麗だからね」
「まあ、この魔法しか使えないけどな」
「キーラだって、肉体強化しかできないじゃないのよ!」
「なんだと!」
お菓子を挟んでふたりがにらみあう。
「まあまあ。私もひとつだよ~。複数使えるのはニコルちゃんだけじゃない?」
三人の視線が一斉に自身にむけられ、ニコルの瞳が反射的に泳ぐ。
「つ、使えると言っても探知魔法や解析魔法だよ? それも香り魔法と比べて練度も制度も低いし……」
「チクショウ、すぐに追い抜いてやるんだからな」
「私も水魔法以外に美容によさそうな魔法使いたいのよね。ミオは艶のある黒髪できれいだけど、私の赤髪っていまいち輝きにかけるのよ」
「ミオちゃんの髪もきれいだよ~。とっても暖かそうで眠くなる~」
小さな魔女も四人集まると姦しい。
そのあとは、持ち合ったお菓子を食べたり、宙に浮かぶ水を飲んだりしながら、畑で採れたかぼちゃが大ババ様のお尻より大きいだの、近所のおばさんが豚に転ばされたとか、他愛のない世間話に花が咲く。
しばらくまったりとした時間を過ごしたあと、キーラが立ち上がり指をポキポキと鳴らした。
「それじゃあそろそろ、あの魔法陣を調べてみるとしますかね」
「調べるのはいいけど、魔法陣を壊さないでよ」
「ち、近くで見るだけにしようね。魔法陣からでてる障壁にさわったら怪我しちゃうかも」
ミオとニコルが心配そうに立ち上がり、最後にシャマがゆっくりと立ちあがりシートを片づけていく。
「わかってる。見るだけ。見るだけ」
キーラは魔法陣の周りをぐるぐると回る。
「ミオ、これってなんの魔法陣かわかる?」
「さあ、こういうのはニコルが得意よね」
「え、えと、封印とか結界の魔法陣……だと思う」
「それがこの障壁ってことか」
「あの真ん中の瓶を封印してるってことなのかしら?」
「もしくは護ってるのかな。たぶん魔法陣の中には入れないと思う」
言われてキーラが魔法障壁を力強く蹴飛ばす。音こそしないものの、キーラの靴は光の壁にあえなく跳ね返され、彼女がたたらを踏む。
「すげー固い。ボクでも壊せないや」
「壊す気だったわけ?」
ミオが呆れて大きなため息をつく。
「それにしてもあの瓶。不思議だね~。吸い込まれそうだよ~」
四人が中央に置かれた小瓶に視線を向ける。
四人の口から言葉がなくなったかとおもうと、その場に立ちつくし、四人そろってぼんやりとした視線で小瓶を見つめる。
五分ほど経過したころ、ミオが口を開いた。
「綺麗ね」
「ああ。欲しいな」
「うん。宝物にしたいね」
「それじゃあ、とろっか~」
感情のこもらない声。四人が魔法陣を取り囲むように四方へと散る。
「魔法陣の魔力と波長を合わせてよ」
「同時に魔力を流し込まないと駄目だ」
「ひ、ひとりでもずれたら転移させられるね」
「管理者にもばれて入り口が封じられちゃうかも~」
いつのまにか四人の身体を赤黒い光が包んでいた。
「せーの」
四人が同時に、魔法障壁に両手で触れる。
先程キーラの蹴りを弾き返した光の壁は、その効果を発揮することなく、四人を魔法陣へと導きいれる。
四人はそのまま同じ歩幅、同じ歩調で魔法陣の中央へ、どんどんどんどん進んでいく。
小瓶の前でたちどまった四人は、人差し指をだしあい、協力して小瓶をもちあげ、そして……。
床に思い切り叩きつける。
光の障壁の中に赤黒い煙が満ち、四人の姿も見えなくなった。




