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家次さんと、  作者: 斗彫
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しとぴっちゃん。


此処数日空を覆う厚く重たい黒雲に、一日の間腫れた時間はあるにしても続く長雨に、そろそろ履き慣れてきたスニーカーがどうしても湿気て、毎日を過ごすそれだけでも、幾分気が重くなる。嫌だからと言って人の意見一つで停める事なぞ出来ぬそれは、活動場所やモノによっては恵の根源とも云われる程に尊いものだと教わったことはあるが、日中、せめて登校時間だけでも良いので、その雫を降らすのを止めてくれと、稔はどうしても思ってやまない。鞄に染み込む水分で、綺麗に裁断された教科書やノートの縁がぐにゃりと歪み、初めて手にした時の状態には戻らなくなる、あの虚しさたるやなんと言葉にすることの難しい事か。学校に置いて帰れれば楽なのだが、どうしても持って帰らなければいけない時もある。今日出た課題は二種類だか、一冊は教科の中でも中々に厚さのあるものだ。傘をさしているからと言って、どうやっても全てを雨粒から逃すなんて器用な事が出来る訳が無い。道によっては風の吹く強さや角度も変わるのだから、雨の中傘一つで全身濡れずに過ごせるかと問われても、出来ると言い切ることは誰も出来ない筈なのだ。


「・・・・ぅっわ、・・・・ちょ、ぅわ!・・・・・ちべだッ!」


傘を畳み、逃げ込む様に入り込んだ木々の中、急いた気持ちを隠すことが出来なくなったのか、門扉の鍵掛が上手くいかない。雨水に濡れ、湿気を含んだ木製の戸が浮腫み、内鍵の施錠に手間取ってしまう。その上雨除けの端から落ちてくる大きな水玉だけならまだ知れず、木々の葉の上蓄えられたそれらが、何か少しの振動の弾みで、一斉に勢い付けて落ちてくる。手の上跳ね返り、顔に飛んでくるのに驚き思わず反射で言葉が口を付いたが、それを予見できなかった自分が悪いし、なんてったって雨なのだ、文句を言った所で仕方ない。みしり、と歪みを音にして訴える戸を何とか枠にはめ込んで、やっとの思いで鍵をかけ、目的地はもう目と鼻の先だ。


「コケないように・・・・、こけ・・・・っ、ない、ように・・・・・、」


舗装されていない獣道はぬかるみ、それを避けるように足を掛けれそうな木の根や石の上には、ここぞとばかりに水気を取り込んだ滑りやすい苔が沢山生えている。頭上を覆う青葉も勿論、雨除けにもなる一方で大粒に形を変えた雨粒を、傘も差せない状況で歩く稔目掛けて、微かな振動に反応してはボタボタと重たいそれを一斉に投げ落としてくるのだ。それでも負けじと道を駆け抜けようものならば、先に云った足元の伏兵が遠慮なく牙を剥いてくるのだから、どれだけ焦ってようが何だろうが一歩ずつ確実に、少し遠回りでも踏み慣れた安全な雨の日用の道を行くのが一番安全であり、そして早い。急がば回れは本当にその言葉の通りなのだなと、自身の置かれた状況に、ことわざって意外と使い処があるのだな、と、稔は凸凹とした地面に道筋を見出しながらふむ、と納得するようなことを思った。

暫くして開けた視界に、縁側に肩肘を付いて寝そべる大きな人の姿が見える。


「いえつぐさーん、ただいまぁー。」

「おぉー、おかえりぃー・・・・・。」


僅かの距離だが弱まらない雨脚に再度傘を差し、やっと真面に歩けそうな場所に出たと駆け出した稔に、家次は最低限の言葉だけ掛けて、大きな口をこれでもかと開けて大あくびを一つする。一応待っていてくれたらしい様子に、稔も少し気が抜けたように笑ってその脚をそのまま真っ直ぐ玄関の方へと向けた。軒先の下、傘を閉じて表面に付いたの水を切り、玄関先に置かれた傘立ての人枠の中へとお邪魔する。今日は珍しくも先客ががいたようだが、稔の物よりも一回りは大きな黒い傘は、きっと御勝手を開ける際に家次が使用したのだろう。稔の物よりもずっと撥水し濡れていない、下ろしたてに見えるそれに、稔は少し嬉しくも思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「おじゃましまーす。」


がらがらと音を立てる引き戸を開き声を掛ければ、中からはやはりどこか気の抜けた、気怠げな生返事が返される。出迎えが欲しい訳では無いが、今日の家次はどうやら元気が無いらしい。五日前には庭先で一人石立てドミノ倒し作りに必死になっていたというのに、どうやらここ数日の雨に中てられたのか、気持ちまで湿気てしまっているようだ。

それでも玄関を潜った先には服に付いた水を拭う用のフェイスタオルに、こんな時にしか使わないからと仕様を許可された、スーパーのくじ引きで当たったらしい布団乾燥機が、クツ用のアタッチメントを引っ提げて稔の事を待っていてくれた。靴の為だけに使う乾燥機なんて、なんとも贅沢なものだが、家次はコレよりも良いものを先に持っていたようで、こうして雨の日の靴用となったというなんとも羨ましい経緯があるらしい。その癖雨になると外出することのない家次にそれを使う機会は殆ど無く、代わりと言ってはなんだが、ほぼ稔の為に置かれている様なものになっている、使わせてくれるだけでもありがたいのに、本当に至れり尽くせりである。


「ありがとう家次さん、色々借ります。手洗ってきます。」

「おう、今日は宿題は?」

「国語の意味調べと、英語の書き写しと、その翻訳があって。」

「ほな辞書使えな、棚やぞー。」

「ありがとう!」


玄関から居間へと歩を進め、部屋の片隅に荷物を置いて洗面台へ向かいつつ数回言葉を交わせども、今日の家次は本当に元気が無いらしい。いつもであれば、宿題が終われば何をするだ、分からなければ自分が教えてやろうか、と何かと首を突っ込みたがるはずなのに、首の一つも動かさず、ただぼー・・・・っ、と縁側に寝っ転がったまま、気の抜けた声で喋るだけだ。視線を動かすことも億劫な程疲れているのか何なのか、今日の家次はいつもの30分の1程しか活動しない、超省エネ運行モードらしい。


「それじゃ、辞書借ります。・・・・家次さん元気ないの?」

「・・・・・雨やからな、血圧上がらんのんや。」

「じゃあ、良かったね。高血圧おやすみじゃん。」

「ナメとんかお前ぇ・・・・、アカン、動く気にもならん・・・・。」


洗面台から居間へと戻り、机の片隅、今や自分の定位置となった下座の座布団に稔が膝を折りながらも問い掛けてみるが、本当に今日は元気が無いらしい。少し挑発めいた言葉にも、問い掛けた相手からは物騒な言葉が返ってくるだけで、視線の一つも寄越さぬ様子に、どうやら体から根が生えてしまっているようだ。こういう時は無駄に気に掛けるよりも、そっとしておいた方が良いと、前々からチカに云われていた稔は、宿題するね、と最後に声を一つ掛けて、傍らに置かれた小棚の中、並べられている国語辞典と英和辞典に手を伸ばした。


ぱらぱら、ざーざー、降り続く雨の音は一定のまま勢いは未だに弱まりそうにない。雨戸井から勢いのまま流れ落ちる流水音に、パツ、と弾けるように葉を打ち鳴らす雨粒の音。そのまま地面に降り注ぎ、ぼつ、ぼつ、と歪に響く音もあれば、水たまりの上着地して、ぴちょん、とたわみ、跳ねるような音もある。そんな雨音の隙間を縫って木々の奥からは時折、雀か何かがちゅん、や、ぴー、と小さく鳴いて、仲間と会話をして居る声が微かに聞こえてくる。不規則で、全てが疎らな音の中、壁に掛けられた時計の秒針だけが、チッ、チッ・・・・、と唯一規則正しい音を響かせている。ただ、静かだ。だが決して嫌ではない。

家の中で一人ぽつんと机に向き合って、自室やリビングでテレビもスマホも何も点けずにいるはずなのに、まるで耳鳴りでもしているかのようにキン、と張り詰め静まり返った部屋よりも、ずっとこの場所の方がうるさい筈なのに。

ずっと音がするはずなのに、その音が何より心地良い。

ファスナーを開けて鞄の中から教科とノートを取り出して、ゆっくりと呼吸を一つ、二つと繰り返す。雨脚は変わらず、音は絶えない。だが意外とこういう日が嫌いではないと気が付いたのは、何時だっただろうか。


「国語から、しようかな。」


筆箱から使い馴染んだシャーペンを片手に、辞書を片手にノートに向き合って。湿気のお陰かいつもより幾分か捲り易い薄く上等な紙をパラパラとめくりながら、稔の意識はまるで雨音と同調するように、辞書の中へと吸い込まれていった。


*


ゆっくりと、まるで肺の中に溜め込んでいた空気を全て入れ替えるような深い息を一つ吐き出して、稔の手が辞書を閉じる。とりあえず国語はこれで一段落付いた、と同時に自然と見上げた先にある時計に視線をやれば、大体30分程度経ったという位だろうか。思ったよりも多かった教科書の予習範囲と単語の種類に一時間掛かるかどうかと思っていたが、存外早く片付いた。雨音といった水音や自然音は集中力を高めると言った話を聞いた事はあるが、存外間違ってはいないらしい。人によっては不規則な音に気が削がれるというらしいが、稔の体感としては自然音は体に合っているようだ。このまま次の英語の書き写しに取り掛かろう、そう思った時大きくて黒い影を視界の片隅に捉えて、稔はあっ、と思い出したとばかりに小さく口を開いた。


「ごめん家次さん、言い忘れてたことあった。葉っぱ線超えてた。」

「・・・・ほんまか~、今何時や~?」

「今3時20分前だから、今なら電話まだいけると思う。」

「ホンマかぁ~・・・・、わかったー・・・・。」


稔の言葉に若干の面倒臭さを感じながらも、渋々と返事を返してゆっくりと大きな体が起き上がる。もぞり、のそのそ、音を付けるとすればそんな効果音がぴったりだろう程ゆっくりと、何よりも嫌々身を起こす家次に、僕が電話しようか?と稔が気を使った言葉を掛けたが、しょぼくれ顔のまま、自分がすると言った家次が、ゆっくりと縁側から居間の奥に向かって歩き出す。


「ホントに大丈夫?」

「大丈夫や、これ位せんとまた姉やんに怒られる・・・・・。」

「そっか。」

「おう、・・・・勉強せぇよ~・・・・。」


家次が一歩、一歩と歩く度、何時もの大きな足音でなく湿気を含んだ床板が、ミシリ、と地味な音を立てる。歩くのも今日はどうも面倒らしい。それでも電話まで一直線に歩を進め、電話機の横、壁に掛けられた一覧に目を向けながら、慣れた手つきで番号を押していく。家次の家の電話機は稔はココでしか見たことが無い、コンセントのいらないタイプの物らしい。ネット回線に繋がれていないのは勿論の事、壁から電話機本体に直で繋げられている、ディスプレイも何もない、ボタンだけの電話機だ。


「・・・・・・・・・・、・・・・ワシや、・・・・おう・・・・、」


静かな空間に、受話器の向こうから微かだが音が漏れ聞こえてくる。数回のコール音の後、張りのある女性の声がして、それに家次の答えになっているのかどうか分からないような返事の後に、また一段と高い声が聞こえてくる。そして少しの保留音の後、相手が変わったためだろう、受話器向こうの気配はするが、声は聞こえなくなっていた。


「・・・・・あぁ、外側の出とるとこ、空いてる時にやってくれ・・・・ほなな。」


本当にもう手短に自分の用件だけを告げて電話を切った家次に、電話の向こうの相手は、稔の知った人物だったことが分かる。こんな勝手な連絡で、歩道にはみ出た木々の剪定の依頼を受けてくれるのは、先代からの付き合いがあると教えてもらった、【お庭屋さんの久保さん】位のものだ。


「・・・・アイツ元気やな・・・・、なんやお前、勉強してへんのんか?」

「一個終わって休んでたところ。僕も一旦休憩したくて。」

「そうか、・・・・・茶いるか?」

「大丈夫、今日お茶持ってるから。ありがと家次さん。」

「おう。・・・・、雨や~・・・・・。」


短い間だが見られていたことが気になったのか、通話を終えて縁側へと向き直った家次と目が合った。少し誰かと喋った所で気分は簡単に晴れなかったらしい。しょぼくれた顔はそのままで、そうだ、とまるで忘れていたと言わんばかりにお茶を進めてきた家次に、気分が乗らないのに手間を掛けさせる訳にはいかないと、稔は鞄の中からステンレスボトルを取り出して、少し揺らして中身の水音を聞かせてみせた。気にしないでと軽く笑ってみたものの、今日の家次がやはり気が重いのは本当らしい。不満たらたらの口調でどうにもならない現状にブツブツと文句を言いながら、来た時同様床を静かに鳴らしながら、のそのそと元居た場所へと引き帰していった。

先程までと全く同じ姿勢に戻った大きな背中を見送ってから、稔は切り替えと言わんばかりに手にしたボトルに軽く口を付け一口お茶を飲み込んでから、机の脇に置いておいた別のノートと教科書へと手を伸ばす。今日の課題とされるページは何時もと同じ半ページだが、その中身は挿絵が全くない、一ページ丸々文字に覆いつくされている。進出単語の数も多く、夏に差し掛かろうとするこれからの時期に、テストにも絡んでくるような重要な箇所になってくる、そんな教科書の中でも切り替えの位置にあたるらしい。単語のみならず、簡単な文法の入口を超えて、誰もが知っている読みやすい童話を教材にすることで、英語への理解を深めていこうと、そう言う意図で教材に組み込まれている物らしく、全容を知らない者でもタイトルを耳にすれば、大まかな話の流れは皆が知っている、そういう大変著名な作者が大昔に書いた、有名ファンタジー小説だ。


「・・・・ヨシ、準備できた!」


教科書とノートを重ねる様にして開いて、視界の端に消しゴムがあることを確認すれば、シャーペンを握り準備は万端、教科書の上から順に、一文字ずつ書き写していくのみだ。向かい合った紙の上並ぶ文字に意識を向けだす稔の耳に、雨音に混じって家次の気怠げな欠伸の声が耳に届いた。この場を貸してくれている家主も、稔の事を気に掛けるよりも、今は怠さに任せて船を漕ぐことを選んだらしい。これで何の気兼ねも無くまた目の前の目標にだけ集中出来ると、稔は少し湿気た気がする柔らかいノートの英習罫に添って、短く出した細い黒鉛の先をそっと滑らせた。

文字にはメリハリが必要だから、トメやハネは大前提として、それでも優しく柔らかな線で描いた方が綺麗に見えるし、気が付けば自分で紙の上にバランスをとれるようになっていくのだと、稔はもっと小さな頃に、母親から言われた言葉を思い出す。力いっぱい書くのも元気一杯に強く見えてよいけれど、文字の中に現れる強弱が、書き手の心のありようや、筆であれば伸びやかで嫋やかなものの方が、お手本よりもずっと綺麗で、思わず見惚れてしまう、そんな綺麗な字を書く人がいるのだと、楽しそうに語っていた。だから文字は大切に一文字一文字、ちゃんと形を持って捉えて書けば、スルスルと滑る様な書き方であっても綺麗に掛ける様になるよ、そう母から教わった稔の文字は決して美しいものでは無いがサラサラと流れのままに記されていく文字列は、独特だが単語1つずつが、線の枠の中綺麗に収まり整列している。字はそこそこだが、バランス感覚はピカ一だと、褒めているのか貶しているのか分からない母の言葉になんとも言えない気持ちを抱くのは何時もの事だが、一見、一目見て整列されている物は、他者から見て綺麗に見えるのであれば、特段習字だったりの教養面に触れる機会がそれだけの独学なのであれば、寧ろ十分だろうと稔は自分の中で結論付けているし、寧ろクラスや学校の中でも綺麗な方に分類されていると思っている。家次やチカも、稔の文字を馬鹿にすることは無いし、英単語なんかは始めたばかりでもよく書けていると褒めてもらうことだってある。褒められることは良い事だ、それだけで次ももっと良くなりたいという気持ちになれるのだから、勉強のやる気に繋がる言葉は大いに歓迎しているし、そして何より、良い点を取った時に自分よりも大きく喜んでくれる母の姿は、稔だって嫌いではないのだ。


「・・・・・で、きたー。後は翻訳~・・・・・。」


降り止みそうにない雨の音に、何故か昔言われた言葉を頭の中にぼんやりと思い浮かべているうちにも、知らず没頭していたらしい書き写しは、稔が最初に思っていたのより、ずっと短い時間で終わった。雨音が良いのか、少し水気を含んだ澄んだ涼しい空気が心地良いのか、それともこの何でもない、い草の香りがする居間という環境が良いのか、はたまた全部か。何にせよ家次の家にお邪魔してする宿題は終わるのが早いし、意外と勉強を苦と感じ無くなれたのは、稔にとっては大きな変化に他ならない。小学生の中ごろからお邪魔をする様になったが、ここに来て他の生徒たちと比較して塾に行っているでも、復習を欠かさないでもないが、稔の成績は上位30%には入り込んでいる。何時ぞや刀也に勉強を教える様にとせがまれたことがあったが、稔は学校を除けば此処でしか、基本的に教科書やノートを開くこともしていない。やってもテスト前に授業中にノートに書き込んだ要点を見返す位のもので、それ以外に特別な事をやってはいない。本当にこの場所で勉強をする、この環境自体が稔にとって【合って】いた、そうとしか言いようが無いのだ。何より稔の勉強のやる気を引き出す本当の火付けになったのは、この家次の家の棚の中に置かれている、複数札の辞書や辞典と言った、どこの学生でも所有している物であり、それでいて特別な、明確な存在のせいなのだから。

家次の家に置かれている辞書や辞典と言ったそれらは、どうやら最初から家次が所有していたものでは無いらしい。初めて見ても良いかと聞いた時に、自分には分からないが、興味があるなら見ても良いし、勉強に使うのなら使えと、何の気なしに簡単に触れることを許可されたのだ。本来自分自身の物であれば、何かと文句を言ったり自慢をしたり、理由を付けて断る様な家次が、特別何の理由も無く、ただ棚に並べているだけの物。一体何があるのだろうと、小学校の宿題で出た意味調べに使いたいと借りられないかと打診しておいてなんだが、普段とは違う家次の素っ気の無い態度に、稔の方が逆に面食らってしまった位だ。見たことが無い簡素で重厚な金の箔押しされた辞書の外箱は角が潰れ、ずっと何かと擦れていたのか、細く小さな擦り傷が全面張りめぐらされている。そんな紙箱から抜き出したラバー素材の分厚い本体は、此方も一見は綺麗な見た目をしているが、所々薄い紙の端は折れ、何度も見たのだろうページには、見開いたのであろう折れたように筋が入ってい所もある。そして何より稔が驚いたのが、稔の知らない大量の文字の羅列の中、所々例文の一部に引かれた、黄色いマーカーの跡だった。きっと元の持ち主が引いたのだろう線に、一体日常のどこで使うのかも分からない例文や慣用句の中、さも当然とばかりにマーカーに選ばれた文字たちは登場するらしいが、まだその時小学生だった稔にとっては、未知の言語との遭遇の様で、小さいながらもまだまだ自分の知らないことがこの世界には沢山あるのかと、大きな辞書を何とか抱えながらの、何かが頭の中でパンッ!と弾けたような、そんな不思議な気持ちになったのだ。その後それよりももっと分からない英語辞典の中、黄色に引かれたなんだか小難しい単語をノートの隅に書き込んで、家に帰って調べた際に、英検二級、準一級程度と表示された検索結果に、稔の頭の中の何かが、もう一度弾けた様な感覚を味わったのは言うまでもない。


「・・・・・終わったぁ~・・・・・。宿題完了~!!」


文法の注意点を込みに、翻訳を終えると同時に走らせていたペンを置き、やっと終わったと思わず声を上げながら丸まっていた体を伸ばす様に、大きく背を逸らし左右腕を上に上げる。根を詰めていたのか気付かづ前のめりになっていた姿勢に、肺が狭まっていたのか、吸い込む空気の何と清々しい事か。ミシミシと音がしそうな背中を思いのままに伸ばしながら、今日の自分頑張った!と一言口から漏らしながら見上げた時計は4時半を少し回った所だ、出題範囲の量から見て、中々に早く片付けられたのではないだろうか。これで後は気兼ねなく寛げそうだ、そう稔が思ったのも束の間、稔の上げた声に反応を示した大きな山が、縁側の上からのそり、と静かに動き出した。


「終わったか稔、お疲れさん。」

「ありがとう家次さん、ホントいつも助かってるよー。完璧だと思う!」

「そら良かったな。ワシ茶入れるわ、飲め。」

「わーありがとー!玄米茶が良いなぁ!」

「おー・・・・ほなそれにするかぁ~・・・・・。」

「やったー!」


なんとなしに自分の飲みたい茶を言ってみたものの、すんなりと通った要望に声を上げる稔に、仮眠して先程よりも少しばかり元気になった様子の家次が、キッチン脇の収納棚から一つ茶筒を取り出した。いつも数種類の茶葉を用意している家次の持つ物の中でも、香ばしい香りと緑茶のカテキンの酸味の中、より米の甘さが際立つそれは、実は稔のお気に入りで、家次も中々簡単には出してはくれない。勉強後のご褒美か、はたまた今の家次の気分に合ったのかは分からないが、飲めるに越したことは無い。


「家次さんちの玄米茶~!美味しい玄米茶―!」

「元気やなお前、ワシこんな元気無いんに。」

「そりゃ玄米茶だもん、家次さんあんまり入れてくれないし。」

「お前一体いくらする思てんねん、煎茶でも十分やぞ。」

「玄米茶大好き家次さん優しーいぃ!」

「調子ええな・・・・、ワシも飲むからエエけど・・・・。」


わざわざヤカンに水を入れ、一から湯を沸かすのが家次のこだわりの一つだ。ポットやケトルと言った便利な家電で沸かしたお湯では駄目らしい常温の水がふつふつと熱を帯びていき、底で水が焼け切って、煮る音から乾いた音に変わるのを、自分の耳できっちり確認するのが大切らしい。湯の温度を目で、耳で測って、茶葉に合った適切な温度で淹れることでやっと初めの一歩を踏める、そういう丁寧さが美味しさを決めているそうだ。シュワシュワと音を立てだしたヤカンを前に、背中でお茶請けを用意するように言った家次に従って、稔は自分とは逆の上座の端、もう十分馴染みとなった籐の籠へと、膝立ちになって歩み寄った。


「家次さーん、甘いのと辛いのどっち~?」

「・・・・・、歌舞伎揚げ無いか?今週買っとったやろ?」

「かぶきあげ・・・・、あ、あった。ぼんち揚げもってくよー!」

「ぼんちか・・・・、ええなぁ、美味い。」


稔の言葉にうん、と頷きながら火を止めた家次の手が、そのままヤカンの取っ手を片手に、急須の縁にそっと注ぎ口を近づける。音を立てないように、ゆっくりと、茶葉に全体に染み渡らせるように、じゅわりと湯を上からかけ入れていく。瞬間立ち上る緑茶の青く渋みの有る香りに、混ぜられた言った米のふんわりと優しい香ばしい香りが立ち上る。炒られた米の香ばしさに、抽出された甘みが思い出され、口の中にジワリと唾液が滲みだす。これに合わせてのお茶請けが、甘じょっぱい歌舞伎揚げだ、合わないわけがない。


「・・・・もうちょっと蒸らすから、食べんの待てよ。それより手洗え。」

「わー、早く食べたいなぁ!手洗います!借ります!」

「あー、洗面台まで行かんでええ、もう此処でチャチャっと洗え。」

「良いの?ありがと家次さん!」


居間から繋がる台所から、急須片手に机へとやって来る家次に促されるまま、立ち上がり洗面台へ向かおうとしたその足を、稔はすぐ側のシンクへ向けて方向を変える。外から帰って来た時は必ずうがいをする様に言われている癖から無意識下で少し奥の方にある洗面台へ向かおうとしてしまう稔に、手だけであれば台所のシンクで十分だと、無駄な歩数を減らしてくれる家次は、やっぱり少し稔には優しい。普通であれば二人の関係はどうしたってただの他人であるが、家次はどうにも稔には甘く、まるで自身の身内であるかのように、屋敷内での行動を許可してくれているのだ。だからと言って稔もその優しさを分かっていているからこそ、無遠慮な行動は勿論しない上でちゃんと身の振り方を弁えた行動を取るので、そういうきっちりとしたところを余計に家次は気に入っているのかもしれない。


「やっぱり煎餅とかおかきとか、お餅系のって美味いよね。香ばしい?ヤツ。」

「玄米茶はなぁ、米の旨さがあるからな。茶っぱ無しやと汁もんみたいに美味い。」

「それは贅沢だよー。僕も今度買ってみようかな?そもそも玄米だけって売ってるの?」

「売っとるぞ、やけど高いからな。やからかさ増しで葉入れて飲んどるんや。お前もそっちから買え、今から米だけのんは、口が肥えてもうて安いの飲めんなるぞ。」


大きな座卓を挟んで向かい合う様に座り、急須から漂う香りが華やぎ茶葉が膨らむになる頃合を待ちながら、少しばかり談笑する。家次は口が肥えるとは言ってくるのも当然か、この家に入り浸る様になって数年と経つが、色々と拘りの家次が美味しいと選りすぐった数々の物を分け与えてもらってからというもの、確かに少しずつではあるが、稔も同じ名称・括りの物であっても、味の濃淡や鼻から抜ける香り、使われている物の品質の違いが分かる様になってきているのは事実だ。ここで口にしたものと見た目は同じだが、食感は勿論味が違うと、最終的には販売元まで言い当てた事が実はある。家次の言うことはあながち間違いではないどころか、全くもってその通りなのだ。思い当たる節しか無い、が、美味しいものを知ってしまっては、無意識にそれを基準にしてしまっても仕方がない。その究極形態が今目の前にいるのだろうと稔は自分の目の前、しかめっ面のまま、もうええか、と独り言ちて卓上の盆の上据え置かれた茶碗に手を伸ばす家次に、自分もいつかこうなるのか・・・・、と、なんとも失礼なことを思い至った。


「・・・・ほい。熱いぞ、気ぃ付けろ~。」

「ありがとー、・・・・・あちっ、・・・・・んまぁ~・お茶うまい~・・・・。」

「・・・・お前、オッサンみたいやな。」

「僕も知らないうちに家次さんに似てきたのかもしんないね。」


立ち上がる湯気を少し口先で遊びながら、一口飲み込んだ茶の何と香ばしく、そして清々しい芳醇な香りが鼻から抜けていくことか。喉の奥を伝い胃に落ちた柔らかな味わいに、体の中からじんわりと、全身に暖かさが広がっていく。美味しい、思わず素直な感想が深い息と共に口から零れ落ちるが、体面に居る家次には、その姿がどうも年寄りの様に見えたらしい。馬鹿にしたように片方の口角だけ持ち上げて、ハッ!と鼻で笑う家次に、茶飲み友達となっている自分のこれは映し鏡だと、直ぐに上げ足取りに成功した稔は、負けじと胸を張り言い返した。気難しい家次に付き合える人間は稔を除けば実姉のチカ位のものだ、幾ら自分勝手の化身でる家次であろうとも、不意に図星を付かれては上手く言い返せないらしい。ぐぬぬと恨めしそうに口を結び、恨めしそうに前から睨み付けてくる大男にも、机を一つ挟んでいるのだから逃げるのは容易いと、稔は余裕の様子を崩さない。


「・・・・・お前、ワシ相手にえらい口利くようになったなぁ。」

「家次さんいつもこうだもん、そりゃ似てくるよー。」

「それどういう意味やねん、褒めとんか、貶してんか・・・・?」

「ん~?美味しそうー!ってしみじみしてるから、・・・・褒めてる感じ!」

「それホンマか~?な~んか、煙に巻かれてる気ぃがする・・・・。」

「そんなことないよ!美味しいなぁーって味わってるんだもん!うまぁー、だよ!」


ね、そう思うでしょう!そう言って笑って同意を求める稔の言葉に、家次はなんだか釈然としないとばかりに首を引っ込めて腕を組むが、その姿が良い事を示すことならば、仕方が無いかと一旦出そうになった不満を引っ込めた。別に相手の行動をマネして馬鹿にしているのではなく、日常を共にする相手というのは自ずと行動が似てくるのも確かにある。であれば大げさに美味しい美味しいと声を上げてみせるよりも、じっくりと味わう様なその様は、対象を認めているからこそと思えば、別に悪い気はしない。


「まぁ・・・・、ええか。稔、歌舞伎揚げ開けろ。食お。」

「うん!・・・・あ、そう言えば家次さん、」

「なんや?」


もう無駄に考えを巡らせるよりも一層の事気分を変えよう。そう思い茶のお供の封を切ってくれと言った家次に、稔は嬉しそうに笑って、菓子袋の上を切り取り線に添って開けた。それからハッと、何かを思い出した顔を見せた稔に、続きを言えと首を傾げて促す家次に、気になっていたんだとしっかり前置きをしてから、何でもない疑問を口にした。


「なんで今日パジャマなの?いつもの着流し?は・・・・・・・えっ、家次さんっ!?」


どうしたの、と続くはずだった言葉が、目の前で一気に萎れて机に伏した家次の姿に心配の言葉に掻き消された。


「・・・・・汚したんやッ!泥跳ねだけやない、機械油も飛んできた!」

「い、イヤでも家次さん三つくらい持ってなかったっけ!?それは?」

「ついでに洗うて持ってかれたんや!あーもー思い出してもうたやんけお前ッ!」

「それで今日パジャマなんだ・・・・・。」

「パジャマやない!部屋着や・・・・トレーナーやぁ・・・・・。」


机の上で顔を伏せ、拳を握り締める大男の、なんと惨めたらしさよ。その上で恨めしそうに呼び方の訂正をしてくる始末だ、まるで負け惜しみの代名詞のような台詞まで吐いてくるなんて、なんと良く出来た話だろうか。紳士肌着の上下を中に、色の違う着流しに、気分によって締める帯の色柄を変える、この格好が気楽で良いのだといつも言っていたが、最近続く長雨に、外出をしないからと自ら楽なスウェットを選んだのかと稔は思っていたのだが、本人的にはどうやら大幅に違う、不慮の事故という名の大誤算があったらしい。


「雨止んだら確かに洗う言うてたんや!やのに止まん上に急にトラックが突っ込んで来たんや!」

「う、うん・・・・、」

「ワシはただ立っとっただけやのにアイツわっざわざ水溜りの上通りやがって・・・・しかも油も一緒に飛ばすヤツあるか!ワシのんはなぁ!綿やねんぞッ!!落ちへんねんぞ!!気に入っとったヤツやのにっ、あんのトラック・・・・ああ゛ッ!!!」

「僕に怒っても仕方ないじゃん・・・・、もうおとなしく乾くの待とうよ、ねー?」

「別にお前に怒ってないやろ!聞いてきたお前が俺に思い出させたんが悪いッ!!!けったクソ悪いわ!!・・・・んのボケホンマにぃ~ッ!!」


ギャンギャンと喚きだした家次の慟哭は留まることを知らず、こうなってしまったが最後、落ち着くまでに少なくとも30分以上かかることを、稔は経験則で知っている。どうも言い分から、着回している中でも特にお気に入りの【エエやつ】が、一番の被害に遭っている様だ。そして他のお気に入りも、洗う時期が近いからついでにと、専門の所にチカが洗濯の依頼をしてしまったらしい。替えの着物は夏物には柄や色がまだ早く、勿論甚平も今の時期では少し肌寒い。困ったものだと思いながらも、どうして大の大人の癇癪に、中学生の自分が付き合わなければならないのだろうとふと考えが過ったが、最初に藪を突いてしまったのは自分だったのだから仕方が無いと、稔は自分で自分を納得させるしかなかった。


「もうワシはピンポンに出られへん!トレーナーで玄関出んのんは恥ずかしい!」

「大丈夫だよ、スウェ・・、トレーナーなんて皆普通に着てるし。え、と、ホラ!いつもの肌着見えてるより良いんじゃないかな!?」

「ワシの肌着は高いヤツなんや!見られて恥ずかしいもんやない!エエやつなんや!!」

「・・・・そうだよねー、高いヤツだもんねー・・・・。」


再度気持ちに火が付いて、抑えていた感情を思いのままに喚くことを止めない大人に、稔は只々赤べこの様に、同意するを繰り返す。早く終わった宿題に、少し落ち着いた空気と時間に余裕を持っていた筈なのに、なんなのだこの本末転倒感は。雨の音をかき消す程の大きく響く太い声は、きっと今日も空に向かって響き渡っているのだろう。


「ワシはデカいんや、やから一反で作れんのんはギリギリなんや!」

「うん、チカ姉さん縫うの大変って言ってたもんね。でもすぐ戻ってくるからさ。」

「油の部分の色がハゲたらどうすんねん!あれもう布売ってないんやぞ!!」

「藍染めのやつ?だっけ「墨や!!!」・・・・染めたら良いんじゃないかな。」


稔の言葉尻を捕まえて、ああでもないこうでもないと不平不満を口にする家次に、半ば投げやりな返事を返せば、また直ぐに文句が返ってくる。汚れたら染め変えがあると前にチカが教えてくれた言葉をそのまま稔は口にしたが、経年劣化した記事は肌馴染みは良いが布としては傷みがあるので、染め変えの代金と新しい布代では染めの方が高いらしい。悪手を打ったかと思った所でもう遅い、数万ですめば安いと言われる領域の話に、ただのいち中学生且つ服飾に何の関心も無い稔にとっては、スウェットで良いじゃん、としか出せる言葉が見つけられないのだ。


「ワシのこずかいが!また減らされる!!寛げる服ものぅなったッ!!」

「着てればなれるよ、似合ってるよ家次さん。サイズあって良かったね。」

「似合っててたまるか!ワシは格好ええんを着てたいんや!!」


ザーザーと未だ弱まらない雨脚は、きっとこのまま夜中近くまで降り続けていくのだろう。心地良かったはずの音色が、駄々をこねる大きな声に掻き消されて、どんな小さな音も聞こえていた筈なのに、今では何も聞こえない。

それから数十分後、雨の中でも声が響いて煩いと、チカが勢い良く玄関扉を叩き開けて乗り込んでくるまで、ここ数日間家次の身の回りで起きた不幸話は続きに続いた。子供の様に駄々をこねるなと滾々と説教をされる大きな背中が丸まっているのを尻目に、残念ながら飲み頃を過ぎて冷めてしまった茶を口にして、稔はそっと開けられたまま放置されていた菓子の袋に手を伸ばした。

パキッと軽い、小気味良い音を響かせながら、歯応えのある食べ心地を期待していたのに。実際に口にしたそれは少しミシリ、と身が詰まった様な歯当たりで。思いがけない嫌な食感に、ああ、湿気てしまったと、稔は少し残念な気持ちになりながらも、口を付けた残りのひと固まりを、そのまま頬張ることにした。

・稔くん(みのるくん/中1)

放課後は基本的に家次のお家で遊んだり、のんびりしたり、勉強したりととてもお世話になっている。ようにみせかけて気が付いたら家次さんのお世話係の様になっている。家次さんのことは、大っきいなぁーと思っているが、余りの目に余る破天荒さに途中からなんか色々どうでもよくなって、相手は大人だが、年の離れた友だちのような、そんな気持ちで接している。特に気を使わなくても良いので、のんびり出来て良い息抜きになっている。


・家次さん(いえつぐさん/50代前半)

気分屋でやりたい放題、わがまま放題で生きている。でも一応昔一時期だけ働いた事がある。年数はそこそこ、顔覚えも明るかったが、直ぐに辞めた。女は相手によって対応が代わる二面性があって嫌い、男は直ぐに群れてその中で順位付けをするから嫌い、な人間不信マン。人は嘘をつくから、信じられるのは実姉だけだと思っている。立派なシスコンである。重度の甘党であるが、今のところ運動量が多いのが幸いしかた、高血圧だけで済んでいる基本元気な人。感情の起伏が激しく直ぐに面に出てしまうので、必死に我慢して顰めっ面をしていたら、眉間にシワがついて消えなくなってしまった。お陰で常に不機嫌に見られる。しょげると分かり易い。


・住良木 智香(すめらぎ ちか/50代後半)

家次の実姉で、六つ歳が離れた家次を、働いている母親に代わって長年面倒を見ていた。目がどんぐりみたいにくるくる大きくて、素直で可愛い顔をしていたのに、いつの間にか厳しい顔をした大男になった。高くて可愛かった声も野太いものになって、アタシの可愛い弟はえらいごっつい見た目に変わってしまったと、何かある度に言ってはいるが、最終的にいつも甘やかしてしまう。家次の我慢が出来ない性格にした要因である。素直に生きろと言っていたら、大人になって起こる不条理に対する我慢が出来ない子に育ててしまった。とても素直に育った結果である。芸事が一通り出来るので、家で手習い等の教室をしたり、家次の代わりに資産を運用したりしてやりくりしている。夫とは死別して未亡人だが、夫の事がずっと好きなので苗字はそのままにしている。学校等の稔の緊急連絡先に登録させてもらっている。


・稔の母(30代後半)

竹を割ったような性格であり、大変気骨がある。気骨がある。そりゃあもう気骨があるしもう気骨しか無い。

稔がお腹にできた時に旦那の浮気が発覚、相手の女を妊娠させた。ので即離婚を決意、自分で何度も裁判所に通って親権の獲得、認知の要求を受諾させる。慰謝料や養育費を求めなかったが、そのかわりに二度と私の前に顔を出すなと約束をして一人で稔を育てている。子供の頃に習字を2年程習っていたらしく、それとセンスがあったのか、特に段持ちでも無いがとても字が綺麗。現在工場で現場仕事をしており、基本夜間や給料の高い時間帯に出勤している。稔の事を育てようとしているがすれ違いが多くてさみしい思いをしていないかと不安に思っていたが、気が付いたらなんだか大きなお家の大きな人と友だち?になっており、急ぎお詫びに伺ったら逆にその大きな人の姉に、稔の温和な性格が家次にはとてもあっていて寧ろ助かっていると感謝される。せめてお金を渡そうとしたら倍にして息子の鞄に入れるよ?と言われて断念。女1人必死で働いて偉い、と寧ろ応援をされて数年ぶりに泣きわめいた母。強い。

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