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家次さんと、  作者: 斗彫
1/3

僕の月曜日。

週の始まりの月曜日、それは人によってはそれぞれの意味を持つ。

暦の上の学校や仕事といった類の事始まりや、職種や分野によっては休みを指したり、全くなんの意味も持たないただの単純な曜日という区分に過ぎない。

本当になんてことはない、ただの休み明け、それが榊稔にとっての現状の認識であり、そしてなんでもない『一週間のはじまりの日』だ。

慌てることもなく朝起きて、支度をして学校へ向かう。

変わり映えしない町並みを流し見て、また自分も風景の一部として見られながら、正門までの道のりを行く。

歩道横を走る車の地面と擦れるタイヤ音、特徴無くいつも耳にするありきたりな鳥の声、時折吹いたり起こされたりする風の音に、木が近ければ聴こえてくる葉の掠れる音。

なんでもない、いつも聞いている、聞き飽きている音を耳にしながら、やっと見えてきた目的地の正門に、遠くからでも教員の発する張りのある声が、空気を揺らして聞こえてくる。


「おはよう。週明けだ、元気か。」

「先生おはようございます。」


正門をくぐろうとする稔と目が合うと、決まったように声を掛けてくる教員に、稔もなんの疑問も抱く事はなく当たり前の様に相対の言葉を口にする。

この人物が教員であることを、この学校に通うものであれば誰もが知っている。入学式からずっと変わらず校長の話よりも先に、逐次連絡事項を述べている『風紀の先生』だ。

入学からもう数カ月経ったが、稔はまだ一度も、この『風紀の先生』の授業を受けたこともなければ、校内で問題を起こしてお世話になったこともない。そんな、生徒であれば誰でも知っている『風紀の先生』、毎週耳にする筈なのに如何せんご本人の滑舌のせいか、はたまたマイクとの相性がすこぶる悪いのか、未だに正確な苗字はわからないままだ。

毎朝ここを通る度に、いたら挨拶をする相手、それだけの関係性。

なんでもない週の始まりを告げる名前も知らない顔見知り。

そんな言葉が一番しっくり来る、休み明けの学校アイコンの様な存在だ。


そこから何十代にも渡り使われていたり、使われていなかったりする靴箱で校内用の上履きに履き替えて、高低のある百を超えるか超えないかの喧騒の中から、見知った相手が居れば差し障りの無い挨拶から言葉を交わしつつ、自らに割り当てられた教室へと向かう。

子供の時から知った顔に、中学に入ってから初めて合った顔ぶれと、知っているようでよくは話したことの無い、関わりのない上級生。それでもクラブ活動で一緒になって知った中の人物もいる、が、中学とは複雑なもので、何故か下から上へ声をかけるのが少しばかり難しくなる。

数年前に良くしてくれた見知った顔が横をすぎる折に、少しばかりの会釈を稔はしてみるが、返されるのは視線のみで、相手からの会釈も、言葉も返ってくることはなかった。

仕方がない、そんなもの。たった1、2年の差。されどその差は何故か埋まらない。世の中そういうものなのだ。

仲が良かったはずなのに、一方的に仲が良いと思っていたのは自分だけなのだろうか?その問いかけを何度自分自身に投げかけてみても、それはそういうものなのだ、と、周りの空気が云っているのだから、そう納得して呑み込むしか今は道はない。


「おはよう榊。」

「おはようケンちゃん、元気だね。また焼けてる。」

「週末勝ったんだぜ?俺のバンドバッチリよ!」


教室にたどり着いて直ぐ、扉の向うから向けられた弾けんばかりの笑顔と覇気のある声に出迎えられる。

保育園から幼馴染のケンちゃんは、稔の数少ない友だちで、出会った時にはもう既にその手に野球のボールを握りしめていた。絵に描いたようなスポーツ少年で、誰にも分け隔てなく接する彼は、入学から今の間にもう数十の顔見知りを作り、青春の到来を待ちに待ち、今この時の経過を謳歌している、そんなクラスの、学年のアイコンになりつつある人物だ。


「坂口あんま榊に構うなよ、迷惑してんじゃん。」

「…んだよ、稔はオレの幼馴染だぞ?余計なお世話だし。」

「ダイジョブだよ、ありがとうね、上代くん。」


小さなお辞儀をしながら、唇を噤んだ上代の横を通り過ぎながら、心配したような坂口の視線に、稔は大丈夫だと同じく視線だけで返事をした。

茶化すような、どこか少し下に見たような上代の声色に、坂口が口を出すことで、今の稔の立ち位置が決まっている。学校という集団の中でのみある空気感が、集団が、無意識下の中で人を区別し順列を付ける。

大人しく少し引っ込み思案な稔は、所謂スクールカーストの中の下の方へと追いやられるのは何処か必然めいているが、それでも稔が手ひどく標的にされないのは、『坂口刀也の幼馴染』という、後ろ盾があってこそなのだろう。

純粋によく知った友だちが自分にはちゃんと居る。それは凄く嬉しいことで、でもそれだけでは成り立たない謎の空気による順位付けや、集団の成り立ち。

嫌だと思いながらも、昔のようにただ自分の見えるもの、感じるものに一挙一動出来たのならば、あるいは生きやすいのかもしれない。でもそれは裏を返せば自分さへ良ければなんでも良い、周りを見る事を拒み輪を乱す存在として、鼻つまみ者になることだってあるのだ。要は成長していない、子供っぽいヤツだと、とても繊細で気難しい、そんな成長期真っ盛りの年齢には、浮いた存在とされてしまう。

そうなるとやはり稔にとっての坂口の存在は、悲しいけれども有り難い。自分の身の安全の担保のような、保険のような存在になっている。


そう思ってしまうのが、まるで下心ありきで友だちを続けているような、そんな罪悪感を感じては、稔はなんだか少しばかり、息が詰まってしまうのだ。


そして予鈴が鳴り、今週もまた始まりを告げる聴き慣れた音がスピーカーから校内全域へと鳴り響く。そして始まる授業の全部が全部、前回の続きから始まって、終了の前に次までにやる課題を提示されて終わる。期日はまちまち、次の日だったり、2日後、物によっては1週間後だ。

途中トイレに行ったり、ぼぅ…とただ空想に耽ったり、そうしてやってきた昼休憩に、持参した弁当を食べて、少し話す様になった新しい顔ぶれと、ぐだぐだと終わりの無い話を続けていれば、また午後の授業を知らせる予鈴が鳴る。

あと2時間、されど2時間。終わりを待つ程に長くなる時間に、どうやったって動いてくれない時計の針に、少しの惰眠を貪りながら、なんとか終了を告げる鐘の音を待つのだ。


「それではまた明日、宿題を忘れずに。」


最後の鐘がなる少し前に、月曜日の最終授業を受け持つ教科教員が、担任であることが稔にとっては有り難い。週の始まりの月曜日、早く帰りたい気持ちを抑えながらも、唯それはもしかしたら、担任も同じ気持ちなのかもしれないが、授業の最後にホームルームも含ませて、手短に月曜日の学校を終わらせてくれるのだ。

気を付けて帰るように、その声に被さるようにして引かれる椅子の足が床を擦る音が複数、人によってはもう鞄を片手に我先にと廊下へ出て行く始末。皆も自分と同じ様に帰りたかったのかと思えば、そうではなく、誰かの机に集まって、団子のようになって話し出す者も複数いる。


「稔〜、お前今日だよな?」

「あ、ぅ、うん。家次さんたぶんもうウロウロしてる。」

「急げよ絶対に先週との分数差言ってくるぞ。」

「うん、だから実は内心急いでる…またねケンちゃん!」

「おー!気ぃつけてなぁ〜!!」


ハツラツとした笑顔に、ブンブンと風切り音を鳴らしながら手を振り見送ってくれる友の声に応えるように、稔は控えめだが確かに手を振り返して、早歩きに廊下へと歩を進めた。


早く行かなければ、家次さんが待っているから。

きっともう玄関を出て、門の所に立とうとしているはずだから。


先行した早帰り組に混じって、稔も急げ急げと急く気持ちに、慌てる程に靴は簡単に履けないものだと、焦る心を落ち着かせる。気持ちは動作に勢いを付ける、だが力んで靴を投げるようでは、逆に横を向いたり変な方へ飛んでしまうこともある、落ち着いてちゃんと下において、右、左と靴を履き替え、上履きを靴入れへと仕舞った。

靴紐は緩んでいない、変な結び方じゃない、大丈夫。


「…よし!」


問題がないか自問自答して確認をして、稔は一歩、正門へと向かう足に力を入れた。


「気を付けろよー!」

「先生さようなら!」


正門の番人の『風紀の先生』にまるで朝とは真逆の言葉をかけられるも、今の稔は朝とは打って変わって正門を走り抜けていったのだからさもありなん。立地上、学校周辺の交通量は少ないとはいえ、バイクも車も自転車も、至る所を走っているのだ。もし生徒が前方不注意で飛び出すような事があれば、学校としても指導不足と云われて飛び火がきてはたまったものではない。

それでも月曜日の放課後は、稔にとってはとても大切で、とても重要な【任務】があるのだ。


「ぅ゙…、はぁ…、ッハ…、…〜〜ッ頑張れっ、ぼくっ!!」


学校から稔の家までの間にある、大きな大きなお家が一つ。その家は外からの干渉をまるで一切許さないかのように四方八方を木々が取り囲み、敷居に入れる一本道は、木々の影により出来た暗がりの獣道のトンネルの様だ。

その雰囲気は少し不気味で、そして近寄りがたい。人の行き交う様を誰もが余り目にしないと云われている。

そんな不気味の森の入口に、のそりと一つ、大きな影が揺れていた。


「…、いっ、いえつぐ、さん…!!」

「………遅いッッッ!!!!!」


学校から一直線に、全身全霊の力で走ってきた稔の姿を見て開口一番、暗がりから顔を覗かせた大男は、苛立ちを抑えることも無く、真正面から怒りに任せた大声で、息も絶え絶えな少年を怒鳴りつけた。


「ぼっ、ぼくっ、…ここまで、走って…!!」

「先週よりも遅い!油売っとったんか!お前今日はワシのお使いの日ぃやろがぃ!!」

「同じ時間だよ!学校の終わる時間変わんないよ!」

「ん゛~~ッ!!はよ行ってこい!!!」

「ヒドいよ!ボク頑張って来たのに!!」

「サッサ行け!店閉まる!あのババァ最近閉めるん早いんや!行け!!」

「家次さんの阿呆ーーーーー!!!!」

「誰が阿呆じゃこの坊がーーーーッ!!!!!」


一喝とともに稔の鞄を奪い取り、その手に代わりに巾着袋を持たせた男は、早く行けとばかりに稔の背中をバシバシと叩き進行方向へと押しやった。

息も絶え絶えな少年に何たる仕打ちかと思うだろうが、この2人にとってはこれはいつものやり取りの一貫に過ぎない。


週の始まりの月曜日、その日は家次さんのお使いをする。

それが稔の月曜日の、一週間の始まりなのだ。


「残ったヤツはアメ釣りしろ!デカいの取ってこい!」

「あんなの運だよ!どうせイチゴだよ!!」

「はじめから負けとるやんけ!阿呆抜かすなッ!!」


ちりめんの巾着袋の中に入れられた小銭が、袋の中で踊っては、チャラチャラと音を鳴らしている。

そのが弾めば弾むほど、苦しい筈なのになんだかとっても楽しくて、息苦しかったことなんて忘れて、稔は大きく息を吐きながら、駄菓子屋へと走り出した。




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