第一話 破損
世界がおかしいと気づいたのは、突然の爆発でも怪獣の出現でもない。
......もっと静かで、小さな違和感だった。
大学の量子実験棟。
俺はいつものように、観測データの整理をしていた。
だが今日は、コンピュータの画面に’’見慣れないログ’’が混ざっていた。
【Observer Sync......完了】
【観測値:C-112、安定】
「......いや、うちの実験、observerなんて名前つかってないんだけど」
仲間の誰も触っていない。
教授も知らない。
謎のログは毎秒、少しずつ増えていく。
最初の違和感は、ここだった。
◇
その日以降、奇妙なことが重なった。
視界の隅に一瞬のノイズ
耳鳴りのような何かのささやき
夢の中で誰かに後ろから見られている感覚
量子データに現れる「C-112」という謎の項目
何よりーー
「C-112」
それは、俺の学生番号の末尾と一致していた。
偶然......?
いや、偶然にしては気味が悪すぎる。
◇
違和感はだんだんと大きくなる。
授業中、黒板を見つめていると、
ほんの一瞬ーー
黒板の’’奥’’まで透けて見えた。
まるで、世界そのものが’’薄い膜’’でできているかのように。
(......おかしい。俺の目か?)
瞬きをすると戻る。
だが、その透けた一瞬の向こうに’’何かが動いた’’気がした。
誰かが覗いていたーー
そんな感覚。
◇
決定打だったのは、夜の研究室で一人残って作業していた時。
PCの画面が突然、真っ黒になった。
そして。
【C-112ーー視認反応を確認】
おかしい。
これ、うちのシステムじゃない。
研究室にも、大学にも、こんなプログラムは存在しない。
「......視認? 反応? 俺を......何が?」
震える手でログを追う。
そこには続きがあった。
【観測対象:C-112】
【状態:安定】
【継続観測中】
その瞬間理解する。
これは実験のログじゃない。
俺が触ったシステムの記録でもない。
これはーー
俺自身のログだ。
誰かが、何かが。
何年も前から俺の行動、視線、思考を’’観測’’していた。
理解ではない。
直感で分かった。
(......俺は、観られている)
背後から鳥肌のような冷気が走る。
ゆっくりと振り返る。
暗い研究室。
誰もいないはずのそこにーー
’’視線’’だけがあった。
形も、輪郭もない。
ただ確かに、そこに存在し、俺を見ていた。
瞬きをした。
視線は消えた。
しかし、モニターのログだけが言い続けていた。
【継続観察中】
【継続観察中】
【継続観察中】
心臓がゆっくりと冷えていく。
(......何のために?誰が、何を観測している?俺は一体......)
その答えを知るのはもう少し後のことだ。
異世界も、観測者も、
まだこの時点では影も形も見せていない。
だがこの夜、俺の’’運命の実験’’は始まってしまったのだ。
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