第3話
今になって動揺し始めるエボールだが、ユトピアは一切動じることはない。すでに愛想を尽かしているだけに心を動かされるはずがないのだから。
「それなら問題ありません。カート様、書類をお願いします」
「はい、ユトピア嬢」
「何っ!?」
エボールの後ろに控えていた青年が答える。エボールが驚いて振り向けば彼の側近が控えているだけだった。エボールの側近の一人の男、艶のある黒髪と赤い瞳の青年カート・クモン子爵令息がそこにいた。少なくない書類を携えて。
「カート、どいうことだ? 書類とはなんだ!?」
「殿下。俺は短い間だけ殿下の側近にしていただきましたが、ユトピア嬢という婚約者がいながらサキュラ嬢と人に褒められないような関係になられたことに心を痛めていました。俺にできたのは、ユトピア嬢の手助け……貴方の後押しとも言えますね。どうか御覧ください……」
呆れたという目をしながらカートは持っていた書類をエボールに渡す。受け取ったエボールは目に通していくと、先ほどとは打って変わって取り乱し始める。
「何だこれは!? 父上と公爵が婚約解消もしくは婚約破棄の了承!? しかも婚約破棄の場合は私の有責になるだって!? そんな馬鹿な!?」
「いいえ、馬鹿なことではありません。公爵家の令嬢を蔑ろにしてその妹気味と浮気……十分婚約破棄するに値します。今、ユトピア嬢が婚約解消と願い出たのは殿下に対する最後の情あってのことなのです」
「さ、最後の情だと……!?」
「殿下には婚約破棄になった際の慰謝料を払いきれないでしょう。何しろ、国王陛下にも苦言を呈されていたのですから」
「そ、それは……まさか、こんなことに……」
エボールはうなだれる。確かに一週間くらい前に父親でもある国王に叱られたのだ。サキュラとの浮気についてのことで咎められ、『有責で婚約破棄になったら慰謝料は自分で払え』とまで言われたばかりだった。
だが、エボールは叱られた後でも懲りていなかった。特に気にしないでいよう自分は王族なんだと気楽に考えていたのだが、まさか本当に婚約を白紙にされるような状況になるとは思わなかったのだ。
「……ここまでしていたとは。ユトピア、本気で私と婚約解消を?」
「はい。殿下と妹の関係が続くのであれば、私はやはり婚約解消を望みたいと思います」
「分かった……非常に残念ではあるが、それほどの覚悟なら仕方がないか……」
残念そうにするエボールだが、内心では婚約破棄にならなくてよかったと思っている。それというのも書類には『婚約破棄になった場合の慰謝料の額』が高すぎて払うと懐を痛くなるのは目に見えていたからだ。ユトピアとの婚約が白紙になることは彼にとって特に問題でもなかった。
「非常に残念です殿下。婚約したときから私は殿下を支えていきたいと思っていましたが、それは叶わないようでございますね」
「私としても残念だよ。このような形で婚約の解消となってしまうとは……」
残念。両者ともにそう口にしてはいるが、心の中では両者ともに反対のことを思っていた。実際は、婚約が解消されてよかったというのが本音。互いに性格の相性が悪いのだから仕方がない。ましてや、片方は浮気しているのだから。




