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Viande Humaine


青年は緩やかに下った路地を歩いていた。


そこは華美な倫敦(ロンドン)の市街にひっそりと空いた狭間のような路地で、周囲は建物の煉瓦(れんが)と足場の石畳、空の青だけが主な色彩だった。人通りは全く無い。


もし銃声や悲鳴があがったとしても、ここなら誰も気付かないだろう。

青年はある女性を後ろに連れて、とある組織を探していた。

それも、犯罪組織を。


ふと、青年が後ろを振り向いた。


「ヴィル様、もう少しお急ぎ願えますか。此度見失えば、次に連中の足取りを掴むのは困難です」


大人しそうな青年は言った。生まれつき色素の薄い髪と肌以外、目立った特徴のない青年だ。

青年と後ろの女性には、10(メートル)ほどの間が空いている。


「ちょっと貴方、淑女(レエディ)への気遣いを先刻(さっき)の喫茶店に置き忘れたんじゃなくて?」


ヴィルと呼ばれた女性が息を切らして言った。日傘を持った気の強そうな令嬢だ。「わたしこれでも全力よ、もう足が痛いわ」


「それは苦労をおかけします」青年は他人事みたいに言った。「ですがもう少し足早で頂きたい。わたくし、まだ組織から馘首(くび)を切られるのは御免でございます」


「んなこたわたしだって一緒よ、任務失敗みたいな言い方しないでちょうだい。でもこのハイヒール、()ったばかりなのに微妙に靴底が剥がれてて痛いのよ。仕方ないじゃない」


ヴィルは足を指した。形の良い足を、高価(たか)そうな本革のハイヒールが包んでいる。


「そうでしたか、それは大変だ」青年は歩きながら頷いた。

「通りで音が鳴るわけです。わたくしも先程から、耳障りな不良品だとばかり思っておりました」

(ケツ)蹴っ飛ばすわよアンタ!!」


ふたりは犯罪組織を捜していた。

そして、彼ら自身もまた犯罪組織に所属する犯罪者だった。


ひとりは潜入捜査官の間諜(エスピオン)。もうひとりは構成員。

彼らは厄災の芽となりうる敵対組織を、いつもみたいに殲滅しに行く中途であった。

ヴィルの文句は続く。


「大体ね、わたしの本領は情報操作なのよ。貴方たちみたいに体力が無尽蔵だと思わないで欲しいわ」


「ええ、ヴィル様のお噂はかねがね耳にしております」青年は慇懃(いんぎん)に頷いた。

「先日もさる司教枢機卿を取り込み、邪悪なる思想を持つ宗教(プレセプト)美事(みごと)壊滅させたとか。いやあ素晴らしい。体力と靴の目利きの才能を、全て潜入捜査に振ったようなお方だ」


「貴方莫迦にしてるでしょう。舐めないで欲しいわね、歩く体力は無くともベッドの上じゃ凄いんだから!」


「今回は()()()()仕事じゃないでしょう。いいから早く歩いてください。わたくし、貴方をおぶりながら連中の巣窟(アジト)を探せる自信ありませんので」


「失ッ礼! アンタまじでデリカシーどうにかした方が良いわよ!!」


ふたりは実のない話を繰り返しながら歩き続けた。


青年たちが追っている組織は逃げ足が早く、貧困のある地域ならばどこでも商売が可能な集団だ。

もし逃がせば、次に見つけるのは森に隠された木を見つけるほど困難で、また捕まえるには雪山に逃げた白兎を捕まえるくらい慎重にならなければいけない。

絶対に取り逃がすなというのは上の人間から言下に申し付けられていた。

そのため組織でも古株の青年と、間諜(エスピオン)としての奇才を持つヴィルが派遣されたのだ。


「ねえー、この道で本当に合ってるのぉ?」

ヴィルが大きな声で呼びかけた。


青年が全く立ち止まらず進んでしまうので、ふたりの距離は15(メートル)にまで開いていた。

青年は手持ちの資料を繰った。資料には所狭しと情報が詰め込まれている。


「ご心配なく。情報通りならばここら一帯は、複数の犯罪組織下の冷戦地帯です。まさに連中の商売場としてはうってつけの」


青年が言いかけている時に、足元でパキリとなにかが割れる音がした。

見下ろすと、青年の靴がなにかを踏んでいた。


「おや………」

「どうしたの?」ヴィルは呼びかけた。

青年は答えず、足元のなにかを注視した。しゃがみこんでそれを拾い上げた。


「興味深いものを発見しました」

青年はヴィルを振り向いた。


刹那、ヴィルの隣の家屋が爆破した。


「なっ」

短い悲鳴があがった。


濃い砂煙が舞い上がる。爆風が辺りを無尽に疾走する。

いきなりのことで録な防御もできず、ヴィルの華奢な体躯はしたたかに壁に叩きつけられた。煉瓦が飛び散る。躰のどこかが潰れる音がした。


砂煙があがると、壁に血糊を引きずりながら、ヴィルの躰は地面に投げ出され、人形のように動かなくなっていた。

幸いにも青年はヴィルと距離が離れていたため、無傷である。


「ヴィル様」


呼びかけたが反応は無い。

失神したのか死んだのか判別がつかない。ひとまず意識がないことを確認してから、青年は爆散した家屋から出てくる男を見た。


その男は不思議そうに言った。


「心拍を確認しなくていいのか」


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