詐欺師
なろうに載せる最適な文字数や書体を模索中です。
至らぬ点が多々あります。駄文注意⚠
雲の上を、大型旅客機が飛んでいた。
上空の突風や冷気は分厚い硝子によって遮断されている。機内には、比較的快適で穏やかな空気が流れていた。
若い男がイヤホンを耳に嵌めてうたた寝をしている。小さな兄弟が仲良く眠り転けている。老夫婦が茶菓子を乗務員に申し付けた。
機内を巡回する客室乗務員は、柔らかい微笑みを携えて飲み物を配ってまわっていた。
機内は一切の異常が排除された、清潔な空間に保たれている。乗客たちは皆静かに、目的地に運ばれていた。
その何百人との人間が搭乗しているうちの一席に、独りある女性が座っていた。
「お独りですか」
ふと、隣の男が話しかけた。優しげな目元をした男だった。
「貴女のような淑女がお独りとは珍しい」
女性は形の整った一重目で男を見た。つり上がった目尻のせいで、睨め付けているようにも見えた。
「詐欺師だな」
女性は吐き捨てた。幼い声だった。
「詐欺師は厭いさ。妾ぁ西洋の男は特に厭いなんだ。早う帰ってくれ」
「無茶言わないでくださいよ。ここ上空ね」
いきなり詐欺師呼ばわりされた男は、人好さそうな顔を困ったように歪ませた。色素の薄い蓬髪を癖のように弄っている。
「ま、詐欺師と言われては返す言葉もありませんが。貴女はくノ一ですね?わたくしは東洋の女好きですよ、騙し易いので」
詐欺師は眉を下げて微笑んだ。熟れた感じの笑みだった。それを顔にぴったり貼り付けている。
彼らは犯罪者だった。それも皆、世間から赦され忘れられた罪人たち。
彼らの背負う罪は凡て世界から処分され、過去は書き換えられ、民衆の総意に圧殺された。そうして今、この旅客機に乗っている。
くノ一が不愉快そうに鼻を鳴らした。
「詐欺師が何の用だい」
「いえ何、特別なことはありませんよ。ただ、わたくしとお話しませんか?」
眉の間の皺が深くなる。
「何故」くノ一は低い声を出した。
「暇潰しですよ。わたくしは誇れるような過去など持っていませんのでね。誰かの話を聞いてでしか暇を満たせないのです」
「ならお断りだね。お前の暇なんざ知ったことか」
詐欺師は長い脚を組み替えた。にっこりとした微笑みを崩さず、前を見つめた。「ま、ですよね」
気まずい沈黙を晴らすように、詐欺師は乗務員に紅茶を注文した。髪を耳にかけて、持参したクッキーの缶を開けた。
「食べます?」
「要らぬ」
「そうですか。ね、くノ一さん。では、わたくしの話を聞いてはくださいませんか?」
「はあ?」くノ一は幾分か頓狂な声を出した。
微笑みを絶やさず、詐欺師はクッキーを一口ぶんに割って口に押し込んだ。
「こんなこと最後でしょうし、せっかくなので誰かに話そうかと思いましてね」
「なんで妾が」くノ一は顔を顰めた。
「いいじゃあないですか。600年以上生きていますとね、誰かに話したくなるんですよ。生き様を。どうせわたくしの人生、後はもう死ぬだけなんです」
「そんなん、まだまだ餓鬼であろうが。妾ぁ興味は無いよ」
くノ一はどうでも良さそうに言って、紅い唇に煙管を咥えた。通りがかった乗務員が「機内は禁煙です」と窘めた。
昨今医療の発達により、世界のほとんどで、長寿になった人間が見かけられるようになった。栄えている都心の最高寿命は1000歳を超える。
様々な弊害がにぶつかりながらも、まだ寿命は伸び続けている。不老不死の命を持つものが出てくるのもそう遠くないだろう。
だが、寿命が伸びても長年外敵から命を護り続けるのは容易くはないのである。
寿命だけが伸びたとて、それに見合った精神が成熟しているとは限らない。中には終わらぬ生に自ら命を絶つ者も少なくない。
200歳以上の人間が当たり前に集うこの世界でも、600歳まで生きた人間となると珍しいのだ。
詐欺師は頷くように微笑んだ。癖のある髪が頬にかかる。
「ま、そう言わずに。でしたら、大きな独り言だと思って頂いても構いませんから」
詐欺師は意外と強引だった。
穏やかで押しに弱そうな蓬髪の男は、くノ一の了承を待たずに静かに語り出した。
くノ一は詐欺師の口を塞ぐ方法を持っていなかったので、仕方なく身の上話を聞き流していた。
わたくしの生まれた世界では、食糧危機が深刻でしてね。
なんせ皆の寿命が総じて伸びたものですから、今まで通りの人口増加率では人間が溢れ返ってしまいまして。予想できたものでしたが、それでも世の女性は未だ多く児を孕んでいました。
政府はとにかく必死こいて人口を賄う量の食糧を掻き集めていました。が、他星の援助を加味しても人類だけで食を賄うのは無理がありましてね。
そんな時代なものですからわたくしは常に空腹でして、それがとても厭でしたよ。
わたくしには親や弟妹、恋仲も居りましたが、皆政府によって支給される僅かな食糧でなんとか生き長らえている状態にありました。わたくしも何とかしてやりたかったのですが、如何せんただの凡夫でしたもので、政府の方針には逆らえなくてね。
流石に政府の支給糧食だけでは足りず、随分飢餓に苦しみましたよ。大抵の苦痛は耐えられるのですが、今も昔も空腹が異様に厭いでね。そりゃもう、自身の腕を噛みちぎってやろうかとさえ───あちょっと、勝手にクッキー食べないでくれません?さっき要らないって言ってませんでした?
こほん。ま、ですのでわたくし、状況打開のための素晴らしき妙案を思いつきましてね。
要するに、母数を減らせばいいんですよ。
人殺し?ああ、そうとも言えますがね。
でも、そんな───あ、紅茶ですか、ありがとうございます。え?あ、はい、熱いんですね。気をつけます。
えーと、そんな仰々しいものじゃ無いですよ。ただ、わたくしの腹を満たすためには仕方がないでしょう?
だってわたくし、まだまだ成長期でしたし、言った通り空腹厭いなもので、仕事で得た食糧は凡て自分で消費しまし───あぢっ、この紅茶思ったより熱い!!舌火傷した!!ちょっくノ一さん、水、水持ってません?
……うん?そりゃ、弟妹から食糧を奪う訳にはいきませんよ。なにせ、あの子たちには生きて貰わないと困りますから。もしあの子たちが食うに困っても、わたくしは養うつもりなどありませんでしたし。取り分が減るじゃないですか。
えーと、それでなんの話でしたっけ。
ああ、仕事の話でしたね。
わたくしの仕事というのは人口の母数、それも妊婦を主に減らす仕事でしたよ。
妊婦が狙われて殺されたとなればわざわざ児を作ろうとする女性も減るでしょうし、産まれてくる子供ぶんの食糧を他に回せます。殺人もなるべく減らせます。効率的です。
あと、児持ちの家族もですね。これも人口増加を抑制する効果があります。
ええ、ま、大変ではありましたけれど、屠畜場と同じですよ。慣れれば特に筋肉痛になったり、変なところが痛んだりはしません。
え?心労?………いや実は、わたくしはそういう感情に酷く疎いらしくてですね。同僚は心を痛めて辞めていった者も多かったのですが、わたくしは少しも理解ができませんでしたよ。
ああ、わたくしの居た組織ですか?組織といいましても、特に規則とかがある訳じゃないですよ。ただ、わたくしのような謀反者を形式上束ねて管轄しているってだけで。
ま、仕事はしやすくなりましたが。
ええ、わたくしのような事を考える人間も多く居ましたよ。ですが大抵は病床の身内が居たり、死に別れた恋仲が居たり、世界平和を願っていたりという理由でして。わたくしのような「腹が減った」という理由で人を殺しているのは少数派でした。
中にはただ殺人を楽しみたいだけの者も居りましたが、そういう者はいつか快楽に溺れ無差別に人を襲うようになり、組織や政府に潰されていました。
無差別で合理のない殺人は民衆に不安しか与えませんし、我々が逆に攻撃されかねません。非合理的です。目的を持って行動するならば合理的でなくてはいけません。
いやあ、懐かしい。わたくしも何度か、麻薬や精神異常で分別がつかなくなった同僚を処分し………あ、この話はいいですか。そうですか。
ま、そんな感じで色々ありつつもわたくしは順調に殺人を謳歌しておりましたよ。
………え?そんな面接みたいな話は聞きたくない?我儘なお人ですねえ。
判りましたよ。では、当時のお話をひとつして差し上げましょう。
これはわたくしが、ある敵対組織を壊滅させた時のお話です。




