第四話『拳士団、始動。特訓と少女ラナ』
スラムの朝は早い。だが今日に限って、その空気には活気があった。
「さぁ、馬歩だ! 腰を落とせ、足幅を忘れるな! 気を丹田に集中!」
「ひいぃぃ、また足がプルプルしてきたぁぁ!」
「三分は耐えろ。三分ができなきゃ、五秒の戦いも生き残れん!」
砂埃の舞う広場で、十人ほどの男女が必死に構えを取り、汗を流している。
子供もいれば、初老の男も、片腕の若者もいる。
誰一人、才能と呼べるものはない。
だが、皆に共通しているのは――**「変わりたい」**という意志だ。
俺、劉玄道が教える拳法。それは、ただの戦闘術じゃない。
「無い者」でも、「戦える者」になるための術だ。
「見ろ、ティオ。もう皆、最初の日のお前と同じ道を歩き始めてるぞ」
「……はい。でも、オレなんかよりずっとスジが良い人もいますよ」
ティオは嬉しそうに笑う。あどけなさが残るその顔には、確かな自信が芽生えていた。
そのとき――ひときわ鋭い視線を感じた。
視線の主は、訓練の輪から少し離れた場所に座る少女。
片目に包帯を巻いた、あの少女だった。
「君。名前は?」
「ラナ。スラムのガラクタ拾い」
短く、乾いた声。でも、瞳はまっすぐに俺を射抜いていた。
「興味はあるんだろう? 拳法に」
「……ないとは言わない。でも、信じてない」
「何をだ?」
「“強くなったら、世界が変わる”って考え」
俺は少しだけ目を細めた。
「現実は、変わらない。マナも剣もない私たちは、いつか踏み潰される。それだけのこと。拳なんかで、覆せると思ってるの?」
「いや、思ってるわけじゃない」
俺は正直に答える。
「やってみなきゃ、わからない。だから拳を握る。それだけだ」
ラナの目が、わずかに揺れた。
「ティオ、来い。ラナと手合わせだ」
「えっ!? ええええええ!?」
ラナも驚いたように眉をひそめる。
「ふざけてるの?」
「お前の中に、“信じたくない希望”がある。それを拳で確かめろ」
ティオが戸惑いながら構えを取る。
「い、行きます!」
ラナが動いた。小柄な体を低く沈め、横から鋭い手刀――
「速いっ!」
ティオがぎりぎりで防御に成功する。
ラナの動きは、素人とは思えないほど洗練されていた。
「……ちょっと、動けるじゃねーか」
「昔、踊り子をやってた。今は……無意味だけどね」
「無意味なんかじゃない。動ける身体があるなら、拳を使えば“武器”になる」
ティオが、勇気を込めて一歩踏み出す。
そして、拳がラナの肩に触れた。
――風が止んだ。
「……ちゃんと痛い。ちゃんと、ぶつかる。ちゃんと、届く」
ラナは、そっと呟くように言った。
「教えて。あたしにも、それ」
その瞬間、新たな拳士が生まれた。
スラムに、少しずつ集まり始める“拳を握る者たち”。
マナゼロ、剣ゼロ、それでも――
俺たちには、拳がある。