第三話『拳は守るために振るうもの』
翌朝、スラムの空気は、少しだけ変わっていた。
あの少年ティオの拳が、皆の心に“何か”を残したのだ。
俺の周りには、子供たち、老人、片腕の男――剣も魔法も使えない“無能者”たちが集まり始めていた。
「俺にもできるのか?」
「歳をとっていても?」
「片腕でも、構えは取れるのか……?」
皆、怯えながらも目をそらさない。
「できる。拳法に“才能”は要らん。“諦めない心”さえあれば、誰でも戦える」
そのとき――。
「おい、そこで何してやがる!」
怒鳴り声がスラムに響いた。
黒鎧に身を包んだ男たち、3人。
この街の“治安騎士団”だ。もっとも、スラムでは人扱いされていない者たちを見下し、暴力で支配している連中だ。
「またマナゼロどもが騒いでんのか? 教育が必要だなぁ!」
「おい、やめろ! 今日は子供も――!」
ドゴッ!
一人の騎士が、老人を蹴り飛ばした。
その瞬間、ティオが動いた。
「やめろおおおおお!」
叫びと同時に、ティオは拳を握って走り出した。
構えも不格好、踏み込みも甘い。けれど――
ズドッ!
「ぐはっ!?」
拳が、騎士の腹に突き刺さった。
屈強な男が一歩、二歩と後退する。
「なっ……てめえ、マナゼロのくせに……!」
「オレはマナゼロでも、もう“無能”じゃない!」
ティオの叫びは、スラムに響き渡った。
騎士が剣を抜いた――そのとき、俺が前に出た。
「……これ以上、子供を傷つけたら、許さんぞ」
「なんだ貴様は? スラムのクズにしては……妙な目をしやがって……!」
「俺か? ただの拳法家だ。だが――」
拳を構える。
「拳は、守るために振るうものだと教わった」
騎士が斬りかかってくる。
その瞬間、俺は踏み込み、掌底を突き出した。
「破ッ!」
音がした。骨が砕ける音。
騎士の剣が宙に舞い、体が地面に沈んだ。
他の2人が硬直する。俺は静かに構えを解いた。
「次は、君たちだ。帰れ」
2人は青ざめて逃げていった。
残されたのは、沈黙――と、それを破る歓声だった。
「勝った……! あの騎士に、勝った!」
「剣でも魔法でもない、“拳”で……!」
スラムに、小さな革命が起きた。
拳法は、ただの武ではない。
それは、諦めていた者に“もう一度立つ理由”を与えるものだ。
マナゼロ? 剣ゼロ? 上等だ。
――俺たちの拳は、これから世界を変える。