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第二話『ゼロからの一歩、拳は地を打つ』

拳を握る。

ただ、それだけのことに、ティオの身体は小さく震えていた。


「……手、震えてるじゃねぇか」


「ご、ごめんなさい……。変なんだ。構えてるだけなのに、身体の奥が熱くなる」


「それが“気”だ」


俺は静かに言う。


「拳法はな、力でも速さでもない。“気”の流れと、それを乗せる技の型。それだけで十分強くなれる」


「オレに、気なんてあるの……?」


「あるさ。マナと気は違う。マナが“魔法の燃料”だとしたら、気は“命そのもの”。人間なら誰でも持ってる」


ティオの目が見開かれる。まるで初めて自分が“何かを持っている”と知った子供のようだった。


俺は、馬歩ばほを組ませた。両足を肩幅より少し広く開き、膝を落とし、重心を低くする。基本中の基本だ。


「これは“立っている”のではない。“沈んでいる”のだ。地面と繋がるつもりで構えろ」


「は、はいっ!」


ティオの小さな足がプルプルと震える。すぐに太ももが悲鳴を上げ、汗が滲む。だが、歯を食いしばり、崩れない。


「……よし。そのまま三分。倒れたら、拳は教えない」


「三分!? う、うそでしょ……!?」


「本物の拳士は、五時間だ」


「うそでしょぉおおお!」


叫びながらも崩れないその姿に、俺は笑った。

こいつ、根性はある。


そして、三分が過ぎた時。俺たちの周囲に、影が現れた。


「なんだい、ここは? 演劇でも始まったのかい?」


声の主は、片目に包帯を巻いた少女。

その後ろには、骨の浮き出た老人や、片腕の男、年端もいかない子どもたち――


皆、どこかが“欠けている”。

皆、剣も魔法も持てず、見捨てられた“マナゼロ”の人間たちだった。


「珍しいわね。スラムで“教える”なんてことする人間、見たことない」


「俺は、拳法の師範だ。名は、劉玄道」


「拳……法? 剣や魔法じゃなく?」


「違う。構え、気、重心、呼吸。身体一つで、誰でも強くなれる術だ」


「そんなもんで、生きていけるなら苦労しないよ」


少女は鼻で笑った。でも――その瞳には、ほんの僅かな“渇き”があった。


「見ていけ。ティオ、お前に見せてやれ。“ゼロ”が立つ姿を」


「は、はいっ!」


ティオはまた馬歩に入る。脚はもうガクガクだ。それでも彼は崩れず、拳を前に突き出した。


「オレ、強くなりたいんだ。マナがなくても、戦えるって……証明したい!」


その拳は、未熟で、幼い。でも――確かに、そこに“命”がこもっていた。


「……あんた、バカね」


片目の少女が言った。


「でも、そのバカに賭けてみたいって、思っちゃったじゃない」


スラムの“無能者”たちの中に、小さな火が灯る。

それはまだ、火種にすぎない。だが、間違いなく――希望の形をしていた。


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