第十三話『王都の影、拳は闇を穿つ』
王都第七層区、スラム街のさらに奥――そこに広がるのは、“影市”。
街の記録にも載らない、魔導連盟の監視を逃れた闇の市場だ。
「ここが、弟さんが連れて行かれた場所か」
少女の案内で朽ちかけた倉庫の前に立った玄道は、目を細めた。
ミレイナは怯えるように、ティオに尋ねた。
「こんな場所……初めて見る」
「当然さ。ここは連盟が黙認してる“裏通り”。魔導法が届かない代わりに、誰も助けに来ない」
「じゃあ、ここで何があっても……」
「誰も知らないままだ」
その時、倉庫の扉がギィ、と軋む音を立てて開いた。
現れたのは仮面をつけた複数の男たち。鋭い視線と粗雑な武具。背に刻まれた歪んだ紋章が、闇の匂いを放っていた。
ティオが顔色を変える。
「まさか……あの紋章、間違いない。“牙の門番”だ……!」
「牙の門番?」
玄道が小さく尋ねると、ティオは早口で説明した。
「十年前、王都で暗躍していた非合法戦闘教練の組織です。魔導も剣術も混ぜて、“戦う人間そのもの”を商品にして売っていた。連盟が秘密裏に壊滅させたはずでしたが……残党が生きていたとは」
「なるほど、厄介そうだな」
玄道の視線が鋭くなる。
その中央に立った仮面の男が、不気味に笑った。
「見慣れねぇ顔だな。旅の武道家か?」
「関係ない。とにかく、あんたたちが攫った子どもを返してもらおう」
「返すだと? ここは“力”がルールの場所だ。力のない奴が何を叫んでも、ただの咆哮にしかならねぇ」
指笛ひとつで、倉庫の奥から引きずり出される小さな少年。ボロ布で口を塞がれ、手足を縛られた姿に、ミレイナが怒りを込めて叫ぶ。
「やめて!!」
彼女が一歩踏み出した瞬間、一人の仮面男が剣を抜いて斬りかかる。
その太刀筋を、玄道がわずかに踏み込み――
「“寸勁・裂甲”」
掌底一発で、仮面ごと男の面頬を砕いた。倒れる男。そのまま周囲から次々と現れる十数人の武装者。
ティオが呟く。
「囲まれた……!」
「ミレイナ、ティオ。構えろ。これが“拳士団”としての初任務だ」
玄道が静かに言ったその一言で、ミレイナとティオは背筋を伸ばした。
「はい!」
ミレイナの拳が走る。
敵の膝を蹴り崩し、倒れた瞬間に掌打を顎に叩き込む。ティオは軽やかな足運びで敵の懐へ滑り込み、背中に肘打ちを入れる。
敵の数こそ多いが、連携もなければ訓練もない。
一方で、拳士団の技は洗練されていた。個の力ではなく、呼吸を合わせた動きが“流れ”を生み出す。
やがて最後の仮面男――少年を押さえていた主犯格に、玄道が真っ向から向き合う。
「貴様ごときが、俺の拳に敵うわけが……」
言葉が終わる前に、拳が頬を捉え、仮面が砕けた。
「……もう終わった」
男は膝から崩れ落ちた。
倉庫に静寂が戻る。ミレイナは少年に駆け寄り、布を外す。
「もう、大丈夫だからね……!」
少年は泣きながらも、小さく頷いた。
その様子を、遠くからスラムの住民たちが見ていた。
「マナも剣もない連中が……」
「“拳”だけで、あの牙の門番を……」
玄道はただ、静かに言った。
「“拳士団”だ。困ってる者がいれば、俺たちは行く。それだけのことだ」
こうして、“拳士団”の名は闇に刻まれた――。




