究極の兵器
隣国との戦争が始まって、もはや数十年が過ぎた。もう直接的な理由など覚えていない。ひとつだけ分かるのは、我々兵隊は、生きて家に帰れるかわからない、ということだけだ。
あるとき本国から、画期的な兵器の開発に成功したとの報告が入った。これでこの戦争、それどころか地球上、ありとあらゆる紛争をなくすことが可能だというのだ。
俺たちの部隊は、この兵器を作戦司令部まで運ぶ任務を仰せつかった。これは戦争をなくす手段だ。大事に扱えと、散々言われてうんざりしたが、何よりも、俺たち前線の兵隊は早くこの戦争を終わらせてほしいから、いつもよりもマジメに任務を遂行した。
四角い箱に、妙なアンテナの付いている機械。これが俺の、その兵器に対する印象だ。本当にこんなものが、戦争を終わらせるほどのものなのだろうか。
無事に司令部まで運び終わったあとで、聞いてみた。
「差し出がましいことを伺いますが、コレは本当に、そんなに強力な兵器なのでしょうか?」
「なんだ貴様、何も聞かされておらんのか。ああ、コレこそ戦争を終わらせる、秘密兵器だ。いや、それどころか人類が待ち望んだものかもしれないぞ」
話が大きくなってきた。
「と、言いますと?」
「コレはな、確かに兵器だ。だが、誰も殺傷しないし、何も壊さない。いや、そういうと語弊があるな。これはな、人間の欲望を壊すのだ」
「欲望を」
「そう。およそ人間の関わる厄災。犯罪や事故、事件。そして戦争。こういったものは、根本的に全て誰かの欲望が発端なのだ。欲望があるから、闘う。奪う。壊す。騙す。盗む。コレは、そのようなものを全てなくしてしまうのだよ」
なるほど。つまり、コレを敵国に向けて使えば、やつらは戦意を消失し、誰も傷付かず、誰も死なず、平和的に降伏してくれるということか。
どうせ眉唾だろう。あまり期待し過ぎないでおこうと思うが、「もしかしたら」が拭えない。俺たちはそのまま、その兵器の警備にあたり、そして作戦決行日となった。
兵器のアンテナを敵国に向けて、スイッチを入れる。そこから5分ほど待つらしい。何も起こっているようには思えないが、本当に効いているのだろうか?
敵側からの攻撃が止んだ。即座にこちら側からも、味方に対して攻撃中止命令が飛ぶ。しばらく続く沈黙の時間。少し経ったあと、「敵国、全面無条件降伏」の報告。なんと、あの怪しげな兵器は本物だったのだ。
これで戦争は終わった。無線からは歓喜の声が響き、前線の連中は涙を流して喜びを表す。長く続いた戦争がやっと、やっと終わった。
そのまま酒盛りが始まった。上官も含めて、喜びの宴だ。調子に乗った連中が、スイッチの入ったままの兵器を担ぎ上げ、あちこちに移動し始めた。アンテナが四方八方に向く。
「待て、それは」
上官の言葉が途中で止まるのと同時に、俺を含めたその場にいた全員の動きが止まる。なんだか幸せな気分だ。
「これは素晴らしい気分だ。汚れた感情が全て洗い流されていくようだ」
「ああ、これはやはり、全人類が待ち焦がれていたものだ。きっと、敵国もこんな気持だったのだろう」
「司令官。もう敵国ではありませんよ。友好国だ。我々は、助け合っていかなくては」
「そうだ。そうだったな。欲望のないことが、こんなにも素晴らしいとは。これからは、人類全てが助け合っていかなくては」
そう。この兵器はこの日、この地球上で行われていた全ての紛争を止め、全ての欲望を壊し、全世界に完全なる平和を生み出したのだ。
……
それから数カ月後、人類は滅びた。
当たり前だ。食欲、性欲、睡眠欲という三大欲求どころか、全ての欲がなくなったのだ。種を保存する欲や、健康に生きていきたい欲すらもなくなった生物が、どうやって生きていけというのか。
人間、結局多少の欲がないと、生きていけないものらしい。難しいものである。