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第9話「魔術の先生は侯爵様」

「あら、ずいぶんと早起きなのね?」

「おかあしゃま、おはようごじゃいましゅ」

「ええ、おはようございます」


 今日は回復魔術の先生がやってくる日だ。

 待ち遠しくて早く起きてしまった。

 デルムの授業も新しいことだらけで楽しいが、魔術は格別である。

 朝食を食べ終わり、暫くすると来客が来たと使用人がやってきた。

 アレシアとサラティスは玄関に向かった。

 使用人が扉を開け入ってきたのは可憐なドレスに身を包み、髪を結い、服、所作からも貴族らしき女性であった。

 さらに後ろに使用人がいて、リステッド家の使用人ではないため彼女の使用人だろう。


「久しぶりねアレシア」

「あらー貴女が直接くるなんて。久しぶりねシェリー」

「もう下がっていいわ」

「お嬢様しかし……」

「ここはリステッド家よ?あちらの使用人がいます。それに今回私は教師として来たの。授業の邪魔よ」

「せめて護衛を……」

「殊更不要よ?ここはリステッド家よ?あの神速セクドの家であり、うちの護衛全員で挑んでもセクド一人に敵わない戦力よ?護衛がいなくても問題ないわ」

「……分かりました」


 素直に使用人は下がる。

 サラティスは何より、神速という言葉に興味が湧いた。父のことであろう。 

 父の強さは見れば分るが、そのような綽名ついてるとは後で聞くしかないだろう。


「サラティス、彼女は私の学園時代の親友のシェリー・ジュリー・ザバラットよ」


 ザバラット家の名前はデルムとの授業で聞いたことあった。

 王国の南西に領地を構える貴族で、領地は温暖な気候で農作に富んでいる。


「久しぶりねサラティス」

「はい?」


 サラティスとしての記憶の三年間。他貴族と接触したことはない。


「ふふ、いくらなんでもまだ目も開いてないような赤ちゃんの頃を言われても覚えてないわよねー」


 理解した。

 アレシアの友人ということはサラティスが生まれた直後会いに来たのだろう。

 ならば久しぶりも、記憶がないことも正しい。


「それもそうね」

「でも貴女が教師ってどういうこと?確かに紹介を頼んだけど仕事は大丈夫なの?」

「いいの。部署が変わってあのハゲ親父になってから効率が下がる下が……おほほ、まぁこの話は後でゆっくりしましょう。サラティス様ささ、案内してもらえるかしら?」

「こちらでしゅ」

「ちょっと様って止めてよね」

「私用なら様はつけないけど、仕事なら誰であっても敬称をつけるようにしてるから気にしないでちょうだい」

「サラティス、シェリーは……ザバラット家は侯爵位なの。本来なら私たちが敬う立場のお人なの」

「ちょっと貴女こそ止めてちょうだい。いいサラティス、確かにうちは侯爵家。でも三女の私には正直関係のない話よ。それに、リステッド家は辺境伯位であってもその家格は候爵位に匹敵するもの。変に畏まっちゃだめよ」

「もー作法教えきる前に余計なこと言わないでちょうだい」


 サラティスも我が家が特殊なのは幼いながら把握していた。

 辺境伯とはネイシャ時代にはなかったので気になったのだ。

 この辺りをデルムに質問したら今度授業として教えてくれるとのこと。


「とりあず部屋に案内してくれる?」


 デルムとの授業に使用している部屋に案内した。


「まぁ、初回だからお母さまの同席は許可します。しかし、子供の集中力に悪い影響を及ぼすと判断した場合、次回以降同席ををお断り致しますので、ご了承ください」


 シェリーは鞄を教師のために用意された机の上に置く。


「改めまして、私は魔術協会南支部副局長のシェリーと申します。この度はサラティス様の回復魔術、及び他魔術の教師として参りました」

「ふくきょくちょう?」

「あーそうね。アレシア大雑把に協会周りの説明しても大丈夫かしら?」


 友の手紙に娘が幼くして文字も独学で覚えたとあった。なら、三歳という年齢を考慮せず疑問に思ったことを説明した方がためになるのではないかと判断した。


「ええ。手間でなければお願いするわ。あくまでも説明ね。余分なことは言わないでちょうだい。後でたっぷり聞くから」


 余分とは恐らく仕事の愚痴、不満な部分だろう。


「サラティス様、サグリナ王国には魔術協会というものが設立されております」


 魔術協会とは国が作った組織である。

 国内の魔術の発展、管理のための組織である。

 組織は王都を本部、国土を東西南北に別け、四つに支部を置く。

 シェリーの所属は南支部ということだ。

 魔術協会の主な仕事のうち一つ目は魔術師の教育。

 国内には複数学園があり、一般教養の教師に関して学園の採用試験に合格すれば誰でも教師になることができる。

 しかし、魔術を教える教師に関しては魔術協会に所属が必須である。

 学園では学生に魔術を教え、後進の育成を行っている。

 二つ目は魔術師の派遣である。

 回復魔術を使える魔術師が病院で働く。

 鍛冶屋からの要請で火魔術の能力が高い魔術師を派遣する。

 など、協会に届いた依頼に対して適切な魔術師を派遣している。

 そういった業務の管理をしている立場が副局長のシェリーの仕事だ。 

 南支部では局長の次に偉い役職である。


「きょうかいに、しょじょくしゅるのは、どうしゅればいいんれすか?」

「そうですね……」


 シェリーは言い淀んだ。

 暫し考えて包み隠さず説明した。

 魔術協会に所属する前提として、サグリナ王国民であること、魔術が使えることが必須だ。

 必要書類を提出、登録費用を支払い魔術を披露し、問題なければ所属が認められる。

 余りにも魔術の能力が低いと所属を拒否される場合もある。が、これが貴族の人間だと所属が認められるケースもある。

 基本的に魔術を主として使う仕事をしたかったら登録する必要があるということだとシェリーはまとめた。


「前置きが長くなりましたね。こちらをサラティス様には差し上げます」

「……はい?」


 魔術の教科書をわくわくしながら受け取った。

 ルンルン気分で教科書見てみると思わず困惑の声が漏れた。

 理解が追いつかず声が出てしまった。

 回復魔術の基本の教科書で、著者はネイシャ・ロミステス。

 そうよりによって自分なのだ。

 ロミステスは爵位を貰った時につけた名だ。

 ネイシャは教科書なんて作った覚えがないからだ。


「こちらは我が国の聖女ネイシャが使った、作った魔術をまとめて分かりやすくしたものです」


 理解した。ネイシャ以外に載っている名前の人物達のことだろう。


「そしてこちらが練習の人形ですね」

「にゃんれしゅかこれ!」


 サラティスのテンションが爆上がりした。

 人形の大きさはだいたい三十セル。サラティスの腕の長さより大きい

 サラティスは一切気にしていないが、子供によっては泣き出すかもしれない見た目をしている。

 木製の人形に魔獣の毛を削ぎ落した皮を上に貼り付けているようだ。

 触り心地はむにむにしている。


「まず、サラティス様これは約束してください。約束を破った場合は二度と魔術を教えません。また、協会に所属しようとしても私の権限が届くまでは全て拒否しますので」

「にゃんれしゅか?」

「サラティス様は貴族という身分です。地位を利用して使用人や領民などを傷つけて回復魔術の練習をしたり、脅迫等ではなく家族などが協力的でも、無理に傷をつけてなど一切しないでください」

「にゃ、しょんにゃの、あたりまえれしゅ。ひとをにゃおしゅまじゅつれ、きずつけるのは、ほんまつてんとうれす」


 怒りにも近い抗議。


「ええもちろんです。ですが、世にはそのような不埒な輩もいますので一応そのような決めごとがあります」

「……かぞくがむりにじゃにゃくれ、ただけがしたばあいは、どうれしゅか?」

「日常生活で怪我したのを治すなら問題はありません」

「あ、シェリー安心してちょうだい。丁度ジェリドがセクドに手ほどきを受け始めたの」

「あーなるほど、例のリステッド家の……確かに」


 シェリーはかがんでサラティスに目線を合わせる。


「お兄様が特訓で怪我されたのならそれは治しても問題ありません。訓練の結果の怪我でありサラティス様のために怪我された訳ではないのですから」

「ありがとうございましゅ」

「そのためにサラティスは習いたいって言い出したのよ」

「それは実に素晴らしい心がけですね」


 先程までの真剣な表情から一点温かい笑みでサラティスを褒める。


「せんせい、これはにゃんれすか?」


 人形が気になって仕方がない。


「ああ、これは回復魔術の練習用人形です」


 火魔術や水魔術など練習することは非常に簡単だ。

 魔術が正常に発動し、火、水が出現が確認できるのだから。

 回復魔術においては怪我を治す、つまり怪我人がいることが前提である。

 怪我人がいなければ練習できない。

 そのために開発されたのがこの人形だ。

 木製の人形に魔石を嵌め、魔術式を書き込む。

 その上に魔獣の皮を貼り付ける。

 この皮を刃物で切る。その傷に対して回復魔術が正常に発動すれば傷がなくなる。

 ただし、使い方によって多少変わるがだいたい百回前後で人形は使えなくなる。

 本来回復魔術は生きている生物に対して効果のある魔術で生命のない物質には効かない。

 そしてそれは死体にも同様だ。

 現在死んだ人間を蘇生させる魔術は確認されていない。

 複雑な魔術式により、疑似的に回数再生される人形が実現しているのだ。

 ただの人形に魔獣の皮を貼り付けても同じようにはならない。

 昔は国同士、人類と魔族などの対立や戦争が多々起こっていたため練習する機会は豊富だった。

 ただ、この百年近く特に大きな戦争なども起こらず、あるとしても貴族の領地内での争いや小競り合い程度であり、平和な時代だ。

 もちろん平和にこしたことはないが、そのような時代なので国中の英知が強力して開発された技術であった。

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