第7話「健康を願う」
「サラ、どこ行くんだよー」
「いいからおにいしゃまは、ついてきてくらしゃい」
サラティスは廊下をとてとて歩く。
後ろにはジェリドがついている。
ジェリドはかなり分厚い本を持っている。
妹がかなり厚い本を持って歩いていたのでかわりに持ってあげたのだ。
てっきり父の部屋に戻しに行くのかと思ったがどうやら違ったようだ。
家族の私室は全て二階にある。階段を素通りして進んでいる。
この先は食事を取る部屋、調理場などがある。
「お、おい。怒られても知らないぞ?」
サラティスは調理場に侵入した。
今は朝食が終わってしばらく経つので部屋には誰もいなかった。
リステッド家では料理人は六人ほど仕えている。
その中で料理長が当然いるのだが、そのおじさんは怖い。
調理中は危ないので立ち入ると怒られる。
セクド、アレシア共に使用人だからと見下したりなど一切せず家族と同じように接してる。
なので、子供が悪い時に怒ったとしても代わりに怒ってくれてありがとうと感謝するくらいだ。
「おう、何こそこそしてる」
「わ、べ、別にな、何も怒られるようなことしてないよ」
「ふーん」
「だばん、ごきげんよう」
「おお、サラティス様御機嫌ようで。二人でイタズラに?」
料理長の名はダヴァン。
背が高く筋肉粒々。口に蓄えた髭が威厳を醸し出してる。
その容姿だけでも子供は恐ろしく感じてしまう。
そして、声が大きく低い。
怒鳴られると体が震えてしまうほどだ。
ジェリドが恐れるにはさらに理由がある。
ダヴァンの左腕には縦に大きい傷跡がある。
手配書などに載っているような極悪人の風貌である。
昔、父に相談したことがあった。
「父さん、ダヴァンて本当に料理人なの?」
包丁より、剣や斧など担いでいる方がよっぽど似合っている。
「あははははは」
父は腹を抱えて笑った。
「気持ちは十二分に分るよ。くっ、包丁より剣のが似合うだろ?」
「う、うん」
「くっ。安心しなさい。父さんの昔からの知り合いだからね。ジェリドが想像するような悪い奴じゃなよ」
ジェリドはお菓子をつまみ食いを試みてこっぴどく叱れた。
セクド、アレシア二人とも怒る時声を荒げたりしないので、初めて怒鳴られた相手がダヴァンであった。
「いたずりゃじゃありましぇん。だばんに、おねがいがありましゅ」
そういってサラティスはダヴァンに謎の草を手渡した。
「なんだこりゃ?」
「はっぱれす」
「だろうな」
問題はこの葉が何で自分に何をさせたいかである。
「このはっぱは、らとおしゅしょうれす」
「ラトォス草?」
「これをおちゃにしてほしいのれす」
「あー確かそいつは、口が曲がるほど苦くてとてもじゃないが飲めないやつじゃないか?」
料理に携わるダヴァンもラトォス草扱ったことはない。
この草は薬の原料に使われるので、接種しても危険なものではない。
ただ、ダヴァンの言った通り草単体を食すのは拷問に近い。
「はい。なのれ、おゆがぐちゅぐちゅしたら、きゅがーといっしょににこんれ、ひやしてからおちゃにしたら、のめるようににゃるれす」
「なるほどな。普通の茶より手間だが、飲めんのか?」
キュガー見た目は白い粉で、料理や菓子など幅広く使われる一般的な甘い調味料である。
キュガルスという植物を加工して作られる。
「どこでそんなん知った……本か。おっし、承知しました。やってみましょう」
リステッド家の使用人はジェリド、サラティスをよく知っている。
それはセクド、アレシアのせいである。
「ダヴァン聞いてくれ、ジェリドが休まずに剣を連続で百回振れるようになったんだ」
「聞いてくれるかしら?サラティスは天才なのよー。私が夜寝る前に本の読み聞かせしてるでしょ?それで文字を覚えたんですってー」
など成長の記録を逐次使用人に話すため、全員がよく知っている。
サラティスの賢さはダヴァンも内心驚いている。
幼いながらにしての吸収した膨大な知識。
子供ながらの斬新な発想による提案。
既に美味なる変わったお菓子がサラティスの案のもといくつか作られた実績がある。
それにジェリドはダヴァンを怖がっているが、サラティスは一切怖がる様子を見せない。
「わたしもおてつだいすりゅ」
「あーじゃ、キュガー入れてもらますか?」
「うん」
ダヴァンはサラティス専用の足台を置き、その上に立ちお手伝いを始める。
「なーサラ、これ本当に飲めるやつか?すごい匂いだけど……」
暫く煮ていると独特な香りが調理場を漂う。
「らいじょうぶなはずれす……」
「とりあえずできたな。ってサラティス様ちょっと待った」
早速飲もうとしているサラティスを止める。
さすがに最初は自分が確かめてからである。
リステッド家の普段の食事において毒見はない。
王家ではない、関係性から毒殺をしかけるような相手がいないので不要であるとの判断だ。
なにより、リステッド家に仕える使用人は全てセクド、アレシアが人柄で判断し雇っている。
信頼しているから不要という証でもある。
なので、料理人は毒を入れようなど一欠けらも考えたことがない。
幼いサラティスがいるので、味に偏りがないか、体質的に合わないものがないか。
そういったものに細心の注意を払っている。
未知なる物を食すのだ。人柱的な意味でも使用人がするのが当たり前であるし。この家のためなら恐れなどあるはずもなく、進んで行うつもりだ。
「う……うん?」
匂いが匂いなので、吹き出すようなことだけは避けようと覚悟して飲んだが想像とあまりにかけ離れた味だった。
「のんれいい?」
「あ、ああ。問題なさそうだな。でもサラティスは体ちっこいからちょっとだけな」
「はーい」
ちょびちょびと可愛いお口の中に怪しい緑色の液体が注ぎこまれていく。
「ジェリド様はお飲みにならないので?」
ダヴァンは悪戯な笑みを浮かべる。
ジェリドはやーい臆病者と言われている気分になった。
むしろ、躊躇もなくぐびぐび飲めるサラティスがおかしいのだ。
「のまないれすか?」
「の、飲むよ」
妹に言われたら飲むしない。
「う……あれ?……何これ?」
男気よく流し込んだがやはり、想像と異なる味なのでただただ戸惑う。
「ジェリド様どうだ?」
「不味くはない……でも美味しくもない」
「微妙な味ってことった。で、サラティス様はこれで満足ですかい?」
「しょうれしゅね。これかりゃ、まいあしゃのんれも、へいきれしゅね」
「ま、毎朝だ?」
「おい、サラもしかしてこれ美味しかったりするのか?」
「びみょーれす。れものむのは、おにいしゅまれすよ?」
「へ?」
「だははは、良かったな」
ダヴァンは笑いジェリドの肩を叩く。
「な、なぁ。もしかしてこの間のことまだ怒ってるのか?」
己の不注意で剣を飛ばして、サラティスとアレシアに怪我を負わせてしまうところだった。
あの件の仕返しなのだろうか。
「このくしゃは、きんにくひろうによくききましゅ。とくに、まじゅつでこくししたばあいに」
「なるほどな。確かに薬として使われるから効果あるんだろうな」
「でも、何で僕が……」
「これから、きょうかまじゅつのくんれんも、あるのれしょ?」
「あ」
「お、素晴らしき兄妹愛かな。サラティス様、これは庭で採れたんで?」
「そうれす」
「了解っと。後でアレシア様に報告しとくぜ」
「よろしくれす」
こうしてリステッド家(主にセクドとジェリド)に新しい習慣が生まれたのであった。
何より完全にサラティスに毒されているダヴァンであった。
後にまたサラティスの思いつきにより、リステッド家、そしてダヴァンの業務量が著しく変わることをまだダヴァンは知る由もなかった。