第69話「確保」
ひとまず、南の方角に進めばいつか帰れるだろうと歩き始めた。
幸いなのは動きやすいパンツと靴に着替えていたことである。
サラティスはまずは着地現場を離れることを優先した。
森の中で気を付けなくてはいけないことは多々ある。
その中でも、食事、排泄、睡眠の時間は気を付ける必要がある。
特に今は一人きりなので、睡眠が殊更注意せねば一時ではなく、永遠の眠りになりかねない。
「な、なんですかあれー」
思わず声が漏れた。
見たことのない魔獣、植物が目に入る。
さすがに魔獣は遠くから見るだけで、近寄ったりはしないが。
「いけませんね。仮拠点を探さねば」
夢中になって目的を忘れかけていた。
あくまで、お家に帰るのが一番大事なことだ。
サラティスの勘では最短二か月、最長六か月程度もすればリステッド領に戻れると踏んでいた。
理想は自然にできた洞窟や高台などが見つけれられることだ。
その後は、食料調達も必要になる。
一時間だろうか、正確な時間がわからないので感覚になってしまうが、歩き続けると小さな洞窟の入口を見つけた。
洞窟の入口は高さが大人一人分くらいある。
根、苔、洞窟の表面から自然にできた洞窟であろうと推測した。
しばらく観察し、サラティスは風魔術を洞窟の中に飛ばしてみた。
「……」
変化なし。
サラティスは中に魔獣がいるかどうか、調べるために魔術を使った。
中に潜んでいるなら、驚いて何かしら反応音が聞こえるはずだ。
次は見知った魔獣探しである。
さすがに、知識のない魔獣の肉を食べるのはできない。
病気、最悪毒などで死に至る可能性もある。
すると、ニーデルリアの群れを発見した。
目に見える範囲で十体はいる。
四体は身体が小さく恐らく子供だろう。
ニーデルリアは食べようと思えば食べることができる肉である。
だが、サラティスは無益な殺生はしたくない。
それに、この数を森の中で相手するのは五歳の身体ではリスクが高い。
諦めて立ち去ろうとしたとき、群れが何を狙っていたのかが見えた。
「え?人?」
黒髪長髪の成人男性が地面に倒れていた。
「魔族か」
さすがに人がいる非常事態より、魔族がいる方が現実的だろう。
「怪我してるのね」
ニーデルリアに囲まれているが一切反応がないのは気絶しているからだろう。
いくら魔族でもニーデルリアに食べられたら死んでしまう。
つぶさに観察していると、上半身は服がびりびりに破けて、布切れがあちこちに付着していると表現した方が良い風貌になっていた。
そして、右脇腹に魔石が食い込んで周囲から血のような液体が流れていた。
恐らく、元からではなく外部から魔石を埋め込まれたように見えた。
「はぁ……」
まだ魔族は生きているのだ。
これは完全にサラティスの我儘だ。
ニーデルリアには申し訳ないがご馳走を諦めて貰うことにした。
「みんなごめんなさい」
サラティスは近づかず、身を隠したままニーデルリアに水魔術を当てる。
ニーデルリアの頭上に水球が出現し、そのまま落下。
突如濡れた、ニーデルリアは驚き毛を逆立て周囲に散るように逃げ、姿が見えなくなった。
「魔族の人、ごめんなさい」
サラティスはすぐさま駆けつけるようなことはしなかった。
ニーデルリアが餌を奪われた、先程は攻撃されたのだと気づいたら、一斉にサラティスを襲ってくるだろう。
姿が見えなくなったが、全てのニーデルリアがいなくなったかを確かめる術はない。
なので、すこし様子を見てニーデルリアが戻ってこないのを確認した上で、光魔術を使う。
その間にサラティスは魔族を持ち上げ、なんとか見つけた洞窟まで戻ってこれた。
持ち上げることはできても、体格差のせいで足を若干引きずってしまったのはしかたのないことだ。
「やっぱり魔族っぽいですね」
目に見える上半身の切り傷を全て治す。
「うーん。加減できそうだけど、間違えたら……でも、時間経って無事かどうかは……」
サラティスは暫し悩むが、治すことを優先し魔力を魔族に流し込んだ。
前回と違って今回は流す量を加減した。
ここでサラティスが魔力が不足すれば、致命的である。
サラティスは武器を持っていない。
何をするにも魔術を使うしかない。
サラティスは再度木々の間を縫うようにして周囲を散策した。
魔族の男が倒れていた地点の反対方向を歩いていると、イルンシロン二体を見つけた。
イルンシロンは草食の魔獣だ。
毛皮が防寒性、撥水性に優れており、高価で取引されている。
大きさは、百五十セルほどと、大きくないため食肉としては余り扱われていない。
だが、人間が食べても問題ない種なので狩ることに決めた。
サラティスは光魔術で目くらましをし、強化魔術で一気に接近し雷魔術でイルンシロン一体を気絶させた。
もう一体はパニックになり、木にぶつかりながら逃走。
サラティスは風魔術、水魔術、火魔術を駆使し解体、血抜きの処理を行っていく。
「保存は……明日以降でいいですかね」
懐かしい作業であった。
初めの頃は解体以外の工程をネイシャがやっていた。魔術式をせっせと書いて時間がかかっていた。
魔術に慣れ、詠唱のみで行えるようになって大分スムーズにできるようになった。
氷魔術を使えるようになり、生肉を数日間、生肉のまま所持でき肉を焼いて食べた時は感動した。
それ以前は干し肉にしていた。
干し肉を不味いと思ったことはないが、焼いた肉には比べるまでもない。
貴族として、さまざまな書籍を見れる今だからこそ、当時はよく何も知らぬ小娘がサバイバル生活をいきなり始めたものだと若干恥ずかしくも思った。
使えるものは何でも使う。庶民、田舎の商売人には当たり前の思考。
ネイシャは旅の中でも常に、魔術で楽に、快適にするべく試行錯誤していた。
そもそも、戦争に参加している魔術師は戦闘で魔術を使うため、普段は魔力を温存するの一般的だ。
貴重な魔術を些細なことに、使う思考が当時は珍しいものであった。
昔のこと思い出しながらも、手は動かし続け、肉の解体が終わった。
そのまま、火魔術で肉を焼く。
骨や臓器などは焼いて、埋めた。
毛皮を持ち、サラティスは洞窟へと戻った。
摩訶不思議な光景であった。
事情を理解していない者が目撃すれば、自身の頭が遂におかしくなったと嘆くであろう。
焼けた肉が空中に浮かびサラティスの後を付いて回る。
サラティスが編み出した風魔術である。
皿がなくても食べ物を、地面に置かずに済む。
洞窟に戻り、腰を落ち着け肉を食べる。
風魔術で器用に肉を一口サイズに切り分け、そのまま口に運ぶ。
魔術の無駄使いの極みのような光景である。
サラティスは肉を完食した。
勿論、魔族の男の分は残してある。
サラティスは光魔術に感謝していた。
洞窟内は薄暗く、昔であれば火を起こしていた。
だが光魔術なら、最低限の明かりの確保には最適であった。
空気の心配をする必要もない。
サラティスは洞窟入口付近に土魔術を使い簡易的な罠を作る。
単純に土をいじくり尖らせたのだ。
魔獣なら、足を踏み入れ棘が刺さったら引き返すだろう。
イルンシロンの毛皮を地面に敷く。
これで寝床も確保した。
後は寝るだけである。




