第57話「密室、男三人……」
「いろいろと長くなるかもしれぬ。こちらに来い」
王は立ち上がり、椅子が設置してある裏側に歩きそのまま、袖の方に向かう。
謁見の間で王に対面している人間には見えないようになっているが、通路に繋がっている。
そもそも謁見の間では、本来王が一番最後に現れる。
ドアからでなく、椅子の裏側から登場する。
通路の先に小さな部屋があった。
この部屋は王が直前まで待機するのに使われたり、大臣等と最後の相談に使われたりする。
四角い机の上にサグリナ王国の地図を広げ、ナクロスは椅子に座る。
そして、ヴァルザに続きセクドも椅子に腰を下ろす。
「王、サラティスと何を話されたのですか?」
「かかか、秘密じゃ。安心せい、ただ本人の口から改めて報告を聞いただけじゃ」
「何か失礼なことは?」
「ない。それに最初に言ったろ。公式の場でないと」
「そうですか。では、何故私を?」
「そうさな。これは、あくまで余命幾許もない老人の一人事で、国としての方針でも、王としての意見ってわけじゃない」
ナクロスはわざとらしく宣言する。
「先の大戦から三百年余り。当時を知る人間は皆死んだ。受け継ぐ恨みも時の濁流が薄めていいった。そろそろ、魔族との交流を再開する時がきてもいいのではないか?」
セクドははっと考え込む。
「人間と魔族は何もかも違う。だが三百年の時の長さは魔族にとっても短いものではない」
魔族の寿命は種族によりけりだ。
人間と同じ程度の種族もいれば、数百年生きる種族もいる。
「魔族には生き残ってるやつはいるかもしれねぇが、世代交代の時期だ。ならそろそろ、一歩踏み出してもいんじゃねぇかってな」
「……」
「リステッドだって敵かどうか不明な隣人より、仲の良き隣人であった方がいいはずだ」
「それはそうですね」
「親父殿、理由は理解した。目的はなんだ?」
「これは儂の名誉のために言っておくが、くだらねぇ顕示欲じゃねーぞ」
このまま天寿を全うしたらナクロスの名は歴史に一行追加されるだけだろう。
泰平の世の王は語られることは少ない。
平和を維持することより、平和を作り上げる方が強烈なのだから。
仮に、人類と魔族との交流を再開させたのならば、歴史には偉業として書き連ねることだろう。
ナクロスはこれを否定した。
「個人的には仲良くした方が国の、ひいては人類のためだと思う。王としては最低限結びつきがあった方が役立つ」
「どういうことですか?」
セクドも前半は賛成だ。
「なぁ、セクドや。お前は貴族として、国に、王この先も変わらずに仕えてくれるか?」
「もちろんです」
「ああ。儂はそれが口から出た言の葉だけでないことは分る。だがな、舌の回るやつは言の葉だけで実体がねぇ」
不穏な言葉。
「それだけじゃねぇ、人間はいつまでも平和でいることに耐えれねぇ、悲しき生き物だな」
「……」
「親父殿、回りくどいぞ」
「はぁー若いもんはせっかちでいけねぇ。ま、要するに国内では自己中のせいで内戦が起きるかもしれないし、他国とは数年後には戦争に巻き込まれるかもしれねぇってことだ」
「そ、それは大事なのでは」
「あくまで可能性があるってだけで、確実性は皆無だ」
「なるほど」
「だから、交流の再開か。俺とセクド殿を呼んだ理由はそれか」
「ああ。あくまで、将来的に交流を再開できればっていう感じだ。今すぐどうにかなる問題じゃねぇ。だがそんなことを考えてた矢先、人間と交流したことない魔族の来訪だ」
王命で呼ばれたことに納得がいった。
「魔族との交渉は恐らく子、孫、その先の世代までかかるやもしれん。が、まずはともかく土台を固めてやらねばならん」
「否定派の邪魔や、過激派の妨害か?」
「ああ。お前はまだ実感してないだろうが、当然それはこの王宮にもある。王とはしょせんは、ひとつの記号。家臣共を乗りこなせねば、虚飾の王よ」
貴族の中で派閥があるように、王宮仕えにも存在する。
王に忠誠を誓えど、腹の中ではどう思っているか。
大戦の後、国内で貴族同士の対立で内戦がたびたび起きた。
ナクロスの世では内戦は起きていないが、直前までいったことは数回ある。
魔族との交流再開もまずは、派閥を取りまとめたうえで、国民を納得させる必要がある。
それは王一人でどうにかなるものではない。
「私は、平和のための交流なら、喜んでこの身を尽くします」
「かかか、助かる。長くなったが言いたいことはいった」
ナクロスは丁寧に地図を片づける。
「そうだ、セクドよ。お前の娘婚約してるんだよな?」
「え?は、はい。バインド家の者と」
質問の意図が不明だ。
「はぁ、もったいねぇな」
「親父殿まさか」
「別に思っただけだ。ましてや父親があのセクド。王命で無理にでもくっつけようものなら、それこそ内戦だろうよ」
会話の真意が掴めないセクドのためにヴァルザが解説する。
「親父殿は王族の誰かと卿の娘を婚姻させたいようだ。だが相手がいるので諦めたとこだ」
「な、何故」
確かにサラティスは可愛いし、愛嬌もあるし、綺麗だし、聡明で天才で数多の才能に恵まれた寵児であることは間違いない。
だが、王族と結びつくというのは政治的な意味合いもある。
「儂は、嬢ちゃんに貴族として、これから先仕えてくれるか聞いてみたんだがな。何て返したと思う?」
「な、ま、まさか」
わざわざ質問するということは、二ツ返事をしていないということ。
一体どんな不敬なことを言ったのか。
「王が善くあろうとするなら、仕えるとよ」
「た、大変申し訳ありません」
セクドは深々と頭を下げる。
「咎めたくて言ってるつもりはない」
「度胸をかったのか?」
「ああ。それによ、聖女様とまったく同じことを聞いてきてな」
「せ、聖女様?」
この国において聖女といえばネイシャを指す。
「ああ。これは王家にしか詳細は伝わってないことだがな。終戦直後、魔族との付き合い方を決める会議があった」
レクスルとネイシャは魔王の呪いを受け命を落とした。
だが、呪いを受けて直ぐ死んだのではなく数年の猶予があった。
二人が受けた呪いはそれぞれ違ったものだった。
レクスルの方が先に死んだ。
ネイシャはこの会議にも参加していた。
国の英雄の発言力は膨大だ。
それだけではない。仮に国が御座なりに扱えば、聖女に救われ慕う民が黙っていない。
そこで、当時の王はネイシャはどう思っているか聞いた。
すると、ネイシャはまず王に問うた。
貴方は善い王かどうかを。
「当時の財務大臣が過激派思想でな。魔族は殲滅しろの勢いだったそうじゃ」
戦争の当事者であれば恨みもあろう。
「その大臣に起きたことを考慮すると理解はできる」
大臣の家族は魔族に殺された。
自身も死にかけた。
運よくネイシャに助けられ一命を取り留めた。
家族を殺された状況も最悪であった。
自身の妻、娘、娘の旦那が集まっていた。
娘の出産である。
大臣の耳に届いたのは、出産の終わりでも、赤ん坊の性別でもなかった。
娘と妻は殺され、虚しいことに赤子も当然祝福される前に死んだ。
義理の息子と一緒に襲われた。
家臣は一枚岩ではなかった。
取りまとめるには手腕が問われる。
「王は、素直にわからんと伝えたそうだ」
戦争を切り抜けた王だ。
清いだけではいられない。
財務大臣は聖女に質問した。
貴女は戦の仲間や友もたくさん失った。
魔族が憎くはないのかと。
聖女は即答した。
憎くはないと。
嘘でも強がりでもない。
私も魔族と同じだと。
私は降伏した相手や、戦闘の意思がないものに手を出したことない。
だが貴方の家族を殺したように、私も魔族の誰かの家族や戦士を殺した。
私は人間、魔族など関係なく、善くあろうとする者の力になりたいのだと。
「報告の通りの姿なら、普通近寄るか?」
「難しいだろうな」
「ああ。度胸に、偏見のないまっすぐな眼。そしてリステッドの血。魔族との交流の使命を持って生まれた。なんてな、ありもしないことが浮かんでな」
「お戯れを……」
「分ってる、安心せい。さすがに、無理に進めようものなら、それこそ善き王ではないからな」




