第31話「合格どころの話ではない」
「ジェリド様は一度休憩なさってください。サラティス様は次の段階を試してみましょう」
太い木の枝をサラティス様の前に置く。
「先程は魔術の発動、軌道の操作。サラティス様は完璧です」
「はい」
「次は威力の操作です。さきほどの火球でこの枝を燃やし尽くしてみましょう」
シェリーは指先から小さい炎を出す。
そして、徐々に火が大きくなり拳ほどの大きさになった。
「だいたいこの枝ですと、火が着くと二、三時間すれば燃え尽きるかと」
シェリーはサラティスを試すように笑う。
「火球でこの枝を一時間程度で燃やしつくしてください」
シェリーはあえて伝えなかったが、初めての火魔術の難所である。
火球を維持しながら、込める魔力を増やし火力を上げる。全ての魔術に必要なスキルである。
魔力を徒に多く込めても、魔術が暴発する。なので加減が慣れるまで難しく躓きやすい。
シェリーはいつでも水魔術を使えるように備える。
サラティスなら問題なく初回で達成できるとは思うが、万が一があるのかもしれない。
『ボッ』
「うわ」
「ちょちょ!」
サラティスの能力であれば、木の枝を丸々覆うくらいの火で燃やすことも可能だろう。
そう、想定していたが想定など置き去りにした炎だった。
その炎は休憩しながらサラティスを見ていたジェリドが思わず驚くほどだ。
シェリーも咄嗟に水魔術を使うことができなかった。
それくらい目を、思考を炎に奪われていた。
炎はサラティスより少し大きい程度で、枝はすぐさま燃え尽き灰になった。
そして炎は蜃気楼であったかのように綺麗に完全に消失した。
「すごいなサラは……」
すごいで済む話ではない。
「あー……」
シェリーは言い淀む。
サラティスはサラティスで内心焦っていた。
シェリーの反応を見る限り自分の対応が正解ではないのが分る。
どう誤魔化すか。必死になって考える。
「ひとまず燃やしつくすことができたので合格です。合格ですが、何なのあれ?」
「えっと……」
「あの火球の魔術式じゃどうやっても出せる火力じゃないわよ?」
「てへ」
「それに、手元じゃなくて対象物そのものを燃やしたでしょ。まぁ、教えてないことができるのはもうサラティスだからしょうがないけど、あんた体調は?」
「なんともないです」
どうやら威力を強くしすぎたようだった。
その程度なら別にいくらでも誤魔化しがきくので少しだけほっとした。
「ぜーったいにジェリド真似しちゃだめよ?」
「はい」
したくでもできないが正しい。
「サラの魔術はすごかったけど、そこまで驚くことなんですか?」
自分はともかく魔術の専門家であるシェリーがここまで驚くのは不思議に思った。
「はぁ……まぁそうか」
ジェリド、サラティスはまだ学園に通ってないので同年代の子の能力を知らない。
ジェリドが特にまずい。
剣の腕はセクドという傑物。魔術はサラティスという神童。
基準がそれになってしまっている。
シェリーは自身を落ち着かせるようにいたって冷静にジェリドに説明した。
サラティスが出した炎の大きさ、火力が非常に常識外れであると。
たしかに火魔術にはこの広い庭一帯を燃やせるものもある。
人間を一瞬で消し炭にしてしまうほどの高火力の魔術もある。
しかし二人に教えた火球の魔術は頑張った所で枝を覆う程の大きさが限界なはずだ。
魔力の量で大きくできるとはいえ、限界は当然あり、使用している魔術式の内容による。
なので、教えた魔術式では、理論上不可能な大きさなのである。
実現しているということは、別の、シェリーが教えてない魔術を使ったか、この場で魔術式を改造したかである。
シェリーの中でサラティスは約束事を破ったりずるをしたりするような子供ではない。
なので、教えた魔術ではなくこっそり違う魔術を使ってはするとは思えない。
そうなると、後者になる。
魔力の操作で魔術の結果を少し変えるのと、魔術式の記述そのものを弄るのでは天と地ほどの差がある。
前半ならまだ、魔力という感覚が優れているからと説明ができる。
後者は魔術式の理論という知識が前提条件になる。
シェリーはサラティスの会話から、ある程度の知識、理論を理解していることは把握している。
なので改造したであろうという結果に辿り着く。
自分がこの域に達したのは恐らく二十代中頃。
シェリーもこの若さで副局長になったのだ。
多少身分が考慮されているとはいえ、シェリーは実力で獲得した役職である。
まごうことなき天才であった。
自分と同レベルの魔術の能力を発揮したのだから驚愕つくすのは無理もないことであった。
「それに直接枝を燃やしたのは見てたわよね?」
「はい。火球を出して投げるんじゃなくて枝がぼっと燃えたように見えました」
「そうね。座学で説明したと思うけど……」
「魔術は使用者から距離が遠くなるほど発動も難しくなる」
「正解」
手元で火球を出し投げ対象物を燃やすのと、対象物をいきなり燃やすのとでは当然後者の方が難易度は高い。
目測で魔術の発動位置を考慮し発動しないといけないので知識に技術も要する。
ありえないようなことだらけの結果があの炎ということだ。
「やっぱサラはすごいんですね」
「……それはそう」
暫く休憩し、ジェリドの練習を再開した。
その間はサラティスが休憩する番だ。
「サラティス様、光魔術関連の書物ありましたら見たいですか?」
「もちろんです!」
「分かりました。都合がついたらお貸ししますね」
「いいのですか?」
「はい。本来なら基礎を徹底的に鍛錬。積んで磨いて初めて応用に、ではありますが、サラティス様は例外かと」
教師として生徒の実力を見てみたいではなく、一介の魔術師としてサラティスが光魔術をどうするのか見てたいと思ってしまった。
それに友の娘である。贔屓してしまうのは人の性であり致し方のないことであろう。
ジェリドは練習のおかげで感覚が掴めたようで、距離を近くにしても火球が的にあたるようになった。
毎度お約束の、このことは内密にでこの日の授業は終わった。




