第262話「密室、王と来訪者……」
「畏まりました」
「休憩にするか」
「は」
王の呟きを号令に使用人がすっと動く。
ナクロスは大臣三人と共に複数の重要議題を協議していた。
きりがよいので休憩を取ることにしたのだ。
不意に会議室のドアが開けられる。
護衛の騎士が腰に手をやる。
それは反射に近い動きであった。
だが次の瞬間騎士達は一斉に手を腰から離した。
王がいるのにである。
勝手に来訪すれば、不敬で最悪死罪もありうる。
だがその場にいる全員は不敬な来訪者を咎めることはしなかった。
「ずいぶんとお久しぶりですな」
「そうか?この間会ったばかりだろうが」
「人間にとって七年の月日はこの間ではないのですよ」
「ナクロス坊よく覚えてるな」
「これでも一国な王なので。所で何用ですかな?ルリレッタ様」
予定をしていない来訪者はこの国で唯一、王相手に不敬罪が成立しない相手であった。
身分上は確かにルリレッタよりナクロスの方が上だ。
だが人類にとって英雄当人であり、恐らく王より尊敬される人物であろう。
この国に拠点をおいて活動する彼女は王に近しい身分であり、あらゆる面で免除、優遇されている。
歴代の王が世話になってきたのもある。
それこそ、ルリレッタはナクロスが赤ん坊の時から知っているのだ。
ナクロスも王になったからとて、幼少期からの既知であるルリレッタへの態度を変えることはしなかった。変えなくても良い相手なのである。
「ルスレス鉱石使うぞ」
「それはご自由にどうぞ。ですが、何に使われるのですかな?」
ルスレス鉱石とは稀少価値の高い鉱石である。
その稀少性故、国が管理している。
管理というか死蔵に近い状態であるが。
ルスレス鉱石からとれるルスレス金属は既存の金属の中で一番硬くて丈夫だ。
昔は武器や防具などによく使用されていた。
だが現在ではルスレス製はほぼ流通してない。
ルスレス鉱石は地下深くのかなり熱い地帯でしか採掘できない。
ルスレス鉱石は丈夫で熱にも強い。
鉱石を加工、ルスレス金属を製造は人間の身では適わない。
人間が近づけば一瞬で焦げ蒸発する温度でなければ鉱石を弄ることができない。
なのでもっぱら使うのはラーダス族の職人である。
金属の性質上、日用品の金属の代替には向かない。
武器、防具以外に利用することが向いてない金属であった。
だが武器と防具には最高な性能なので国が管理することにした。
平和の世なので鉱石が貯蓄される一方で消費があまりされない。
確かにはラーダス族ならば取り扱えるが、あくまで身体が耐えれるだけの話で良いものが作れるかどうは職人の腕次第である。
ルスレス金属は扱うの難しい。きちんと扱える腕の持ち主はラーダス族の中でも数えるほどしかいない。
王宮にて保管されている量の割合が減るまでの間、採掘は凍結されている。
それに一介の職人がルスレス鉱石を使いたいと国に申請しても、自由には使えない。
その職人の素性や、今までの作製物、使用理由など厳格に審査される。
なので面倒臭いからと、ラーダス族もルスレス金属を普段使いしない。
ルリレッタはこの規制の対象となっていない。
ナクロスにとって歴史の中の王が好きに何に使ってもよいと許可を出したからだ。
自由なルリレッタではあるが、人間の感覚ではいえばそこまでルスレス鉱石を使っていない。
国からの要請で、儀式用の剣や、短剣など小さい物を作るか、弟子の訓練という目的で使うくらいである。
あまりにも珍しいことなのでつい質問した。
「あ、秘密だ秘密」
「……」
不敬の塊であるルリレッタの態度に、同席している大臣は少し苦い顔をするがルリレッタは気にしない。
「知りたいか?」
「教えていただけるのなら」
「剣を一本拵える」
「剣ですか?またお弟子さんの訓練ですかな?」
「いーや。オレが好きで打つだけだ」
「な。……それは珍しいこともあったものですな」
「まーな」
ナクロスは驚いた。
彼女は裏表がない素直な性格である。
ここまで楽しそうにしている様子はナクロスの記憶にはない。
「誰と作るのですかな?」
「ほう。誰に作るかじゃなくて、誰と作るかときたか。ずいぶん大人になったじゃねーか」
「ルリレッタ様。儂は人間の中で高齢なんですぞ。もう子供ではないのですから」
「別に人間は歳重ねて鋭くなるわけじゃねーだろ。現に、お前と同じくらいでも愚鈍なやつらいっぱいいるじゃねーか」
「それはそうですが。実に楽しそうに話しておられるので気になっただけです。無理に聞こうというつもりはありませんよ」
「そりゃーな。友との作業だからな」
「友」
友達がいたのか。
交友関係を完全に把握している訳ではないので友達がいてもおかしくはないだろう。
何せ人間と比べて長命なのだから。
「ああ。久しぶりだからな。使った分後で出す形でいいか?」
「ええ。結構です」
「じゃ、ナクロス坊長生きしろよ」
言いたいことだけ言うとルリレッタは帰っていった。




