第2話「たしかに赤ちゃん」
リステッド家は慌ただしかった。
当主であるセクド・ルワーナ・リステッドは閉められた扉の前で椅子から立ち上がったり、廊下を歩いたりと落ち着きがなかった。
何故なら、最愛の妻アレシア・ガウェル・リステッドの出産中であるからだ。
出産において男親ができることなどない。
出産中に妻の体を見るのは好ましくない。なので、部屋には産婆や医者が立ち合い男親は部屋の外でただ待つのが一般的だ。
セクドは母子共に無事であることを祈り、いてもたってもいられないが部屋に入るのを我慢している結果うろうろしていたのであった。
暫くして赤子の声が聞こえた。
そして、勢いよくドアが開けられ女の使用人がセクドを招く。
「二人は無事か」
部屋に入ると、医者がにこやかに笑っていた。
「セクド様、元気な女の子でございます」
「そうか」
セクドの目が潤む。
「セクド、私は大丈夫よ」
「アレシア」
ベッドで寝ているアレシアの手を握る。
「セクド様、アレシア様のお身体も問題ありません。お二人とも非常に頑張られました」
「アレシア、サラティス……ありがとう」
「セクド様、ゆっくり落ち着いてくださいね」
タオルに包まれたサラティスを産婆が丁寧にセクドに渡す。
「ああ。サラティス」
サラティスはセクドとアレシアの二人目の子供だ。
既に一度出産を経験しているので赤子の抱き方など最低限のことはマスターしている。
リステッド家はアムルス大陸、サグリナ王国の貴族で辺境伯の爵位を授かっている。
リステッド領はサグリナ王国の最北端に位置する。
領地の北側の先にはリベール大森林が広がっている。
リベール大森林は空白地帯と呼ばれ、どこの国の領土でもなく、人類が踏み入ることが禁じられている。
森林には獰猛な野生の魔獣の生息地になっており、領地に迷い込んでくる魔獣を討伐するのがリステッド家の使命である。
リベール大森林が立ち入り禁止なのは森を抜けた北部には魔族が暮らしているからだ。
アムルス大陸には人間、魔族、魔人が暮らしているとされている。
はるか昔、生命体が誕生し、人間、魔族、魔獣に別れていったとされている。
魔族は人間と同じように高度な知能を持ち、魔獣のように強靭な肉体や膨大な魔力を持っているのが特徴だ。
人間と魔族の間に出来た子供を魔人と呼んでいる。
三百年程前、人類と魔族で大きな戦争が起きた。
魔族を率いる魔王を倒したことにより、戦争は終結した。
今後戦争が起きないようにお互いの種族である程度距離を置くことにした。
最初から人間側に味方している魔族などもいた。
なので、あくまで国レベルでの交流を禁止することにした。
リベール大森林は人間と魔族の緩衝地帯として侵入を禁止した。
魔獣の討伐、魔族からの防波堤。それがリステッド領である。
そしてそのリステッド家の長女として生まれたのがサラティスである。
サラティスは混乱していた。
聞こえてくるのはセクド、アレシア、サラティスという単語。
恐らくこれは人名であると判断した。
そして、暫くすると目が見えるようになって彼女は驚愕した。
(なんで?これは夢?)
サラティスの目の前に広がるの綺麗で広大な母親であろう乳房。
サラティスの体は自然と乳首を啄み、母乳で体を満たす。
(幻覚を見せる種の魔術?でもこんなの聞いたことない……)
「ふふ、今日もサラティスは元気に泣くのね。大丈夫よー」
母親はサラティスの頭を愛おしく撫でる。
サラティスは食べる、泣く、寝ること以外できないので起きている時はひたすら周囲の音を聞き、情報を集めた。
自分はサラティスと呼ばれるリステッド家の赤子であること。
父はセクド、母はアレシア。
三歳年上のジェリドという兄がいること。
(私、赤ちゃんになってる!?)
「あら、おしっこかしら?大丈夫ですよー。今綺麗にしてあげるからね」