第199話「空気です」
サラティスはセクドの仕事部屋に突撃した。
「そんな慌ててどうしたんだい?」
「お父様、ケイトから学園に入学する前に一度試験があるって聞きました」
「あ」
そういえばそんなことがあった。
「あ、ってお父様、私何も準備してないですよ」
「はは、大丈夫だよサラティス。落ち着きなさい」
セクドは仕事を中断し、サラティスを抱き抱え、ソファーに下ろす。
そして頭をぽんぽんと優しく触る。
「まず入学前の試験は結果が例え全て間違っていても、入学はできるんだよ」
「そ、そんなに難しいんですか?」
「ははは。安心しなさい、サラティスは大丈夫だから」
「……」
「前にジェリドがデルム先生に試験問題出された時、サラティスもついでに受けたことがあったでしょ?」
「あ」
確かそんなこともあったような気がする。
「あの時点でサラティスは一学年の試験満点だったんだよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ。だから学園のための勉強はお終いにしたんだ」
「なるほど」
「それにいいかい?」
セクドは優しさを携えながら、真剣な瞳でサラティスを見つめる。
「例えどんなに試験の点数が悪くても父さんは怒ったりしないよ。真面目にやった結果ならばね」
そもそも、故意に低い点数を取ろうとしない限り恐らく高得点だろう。
「怒るとしたらそれは、嘘をついたり誤魔化したり、ズルをした時だね。試験に限らず、学園の生活でも今のように素直なサラティスでいておくれ」
「……分かりました。お仕事中に申し訳ありませんでした」
「ううん、そんなことないよ。説明してなかったのはこっちだからね。心配事は解消されたかい?」
「はい、ありがとうございます」
サラティスは調理場に戻ると既に後片づけは終わっていた。
「ケイ、ごめんなさい、ありがとうございます」
「ううん大丈夫だよ、どうだったの?」
「昔お兄様と一緒に試験を試しに受けたことがあったみたいで、それで問題ない点数だったから大丈夫だよだって」
「さすがだねー」
話を聞いていたダヴァンは口を出さなかったが当然知っていた。
むしろ屋敷で知らない者はいない程セクドは親ばかなのだから。
ジェリドが試しにやった試験が満点を取ったことを何回も聞かされた。
そして、それ以上に学力があり学力として学ぶ必要がサラティスはないとさんざん聞かされた。
そもそも普段魔術をいろいろと学ぶ……あれはもう研究といっていいだろう。
魔術の研究を普段好き好んで励んでいるのだ。
基礎となる学力がなければ魔術の研究などできやしない。
「ケイは大丈夫なんですか?」
「は、半分くらいはできるかな」
「あら、すごいじゃないですか」
「サラちゃんの方がすごいよ」
「ケイ、人には得意不得意があります。私はたまたま頭で覚えることや、使うことが得意でそれを伸ばせるように日々勉強してます。だけど、ケイは勉学以外にも剣や格闘の訓練、お菓子作りも頑張ってるでしょ?その中で、試験が半分もできるのであればそれは、ケイの努力の証ですよ」
「サラちゃん……」
「お父様に言われたのですが、ケイ。嘘ついたり、ズルはだめですからね。さすがにお買い物する時にお釣りも分からない程なら困りますが、試験の点数が悪いだけなら、私は何とも思いません。私はケイの良さをたくさん知っているので」
「僕、リステッドの名に傷がつかないように、学園でも頑張るよ」
「ふふ、期待してますよ」
サラティスは頭をぽんぽんと撫でる。
元より婿入りなので問題はないが、本来であればリステッドよりまずバインド家を考えるべきであるのだが。
ダヴァンは相も変わらず無表情を貫く。
本来使用人とは貴族にとって空気のような存在なのだから。
例え目の前で愛憎劇が繰り広げられても平常心でなくてならない。
方や子供とは思えない、女の子どころか母性の片鱗すら感じさせていてもだ。
それにケイトも心配なさそうであった。
貴族の男児であるのだ。少なからずともそこに誇りがある。
頭の古臭い親、祖父であるのなら女子に劣るなど恥。
たかが身体の機能が違うだけであるのに、意味もなく男の方が優れているという価値観を持っている貴族が一定数いる。
だがケイトはそういったものは持ち合わせていないようだ。
幼い頃からサラティスと触れ合い、実によく知っている。
尊敬はあれど侮蔑、劣等感の類はほぼないだろう。
それらを噛み知り、飲み込む年齢になってもきっと根源にリステッド家が深く根付いているのだ。要らぬ心配であろう。