第185話「密室、悪友二人……」
「……分かるか」
「当たり前だろ。お互いにいい歳だ、分からない方がおかしいだろ」
「友として頼みがある」
クスタフドは椅子から離れ男の横まで移動し傅く。
「行動が矛盾してるだろ」
友として頼むと口で言うが、その様は忠義に厚い家臣である。
「ルーリエ病の治療薬と療法について私が再発見した訳ではない」
「だろうな」
あくまでクスタフドは領主であり医者や薬師ではない。
「この報告書はクスナ家が見つけたと記してあるが、事実ではない。発見者当人がそうしてくれとの要望に沿いそう記した。決して愚かな欲での暴挙ではないことを誓う」
「……なるほどなぁ」
男は顎に手を当てしばらく、傅くクスタフドを眺める。
男は立ち上がりクスタフドに手を差し出す。
「床に話す趣味はねぇーぞ。とっとと座れ」
クスタフドは立ち上がり再度椅子に座る。
「で、儂に名すら告げれんと」
「いや、個人的に、それを秘匿してもらえるなら告げても良いと預かっておる」
「あい、承知した。この場で聞いたことは死んでも漏らさん」
「……サラティス・ルワーナ・リステッドだ。フィーナ様の友人らしいから知っているとは思うが」
「サラティス・ルワーナ・リステッド……」
それは実に興味深い名であった。
「揶揄ってなどないからな。あれは親の入れ知恵でもなさそうだった」
「……」
クスタフドは沈黙を疑念と捉えた。
普通はそうだろう。
孫娘の友達が国を動かす偉業を果たす。
信じることは難しいだろう。
「言っておくが私は耄碌などしていないし、騙すつもりもない」
男は立ち上がる。
思わずクスタフドは言葉に詰まる。
男は食器棚から皿を取りだし、小型の保冷庫を開け、中から菓子を皿の上に置く。
それを机の上に、クスタフドの前に置いた。
「食ってみろ」
「これは?」
「菓子だな」
その黒い固まりはクスタフドは見たことがなかった。
「……甘いな」
クスタフドは特段菓子が好きではない。
だが、この菓子が美味であることは分かる。
「そいつはショモナモルって菓子だ。知ってたか?」
「いや、菓子には疎くてな。これが今王都の流行りか?」
「違ぇな」
「?」
「これから流行るんだよ」
「……新しく作られた菓子ということか」
「そうだ。話によると魔族の間には元からあった菓子だそうだ」
「なるほど未知の技術の伝来か」
「そうでもねぇみたいだな」
「?」
「儂も見た訳じゃねぇから、齟齬はあるかもしれねぇ。こいつは、とある魔族を回復魔術で助けた礼で貰ったそうだ」
「なるほど運が良いのか、上手く事を運んだのか」
「完全に前者だろうな。自分の家の庭にその魔族は転がってたそうだからな」
男はくくくと愉快そうに笑う。
「人類と魔族の境界線、リステッド領が誇る人類にとって新しき菓子だ」
「なっ」
「そして、最近ワイルボロルの家畜、食用化に成功した。これもリステッドだ。新しい息吹を感じさせる。王として嬉しい限りだな」
「……」
「ところでよ、ルーリエ病を見つけたと言う、サラティス。フィーナと同い年だ。リステッドの変革はこの六年間に起きたことだ」
「ま、まさか」
想像を絶する答えが頭を過り思わず立ち上がる。
「全てサラティス・ルワーナ・リステッドが成したと言うのか!」
「かかかか、だったら実に面白いだろ?」
「ありえ……っつ」
ありえない。
反射的に口に出た言葉を飲み込む。
すでにありえないような、治療薬の再発見を成し遂げているのだ。
ありえるかもしれない。
「お前の言う言葉に嘘がないことくらい分かる。それに当人が隠したいというのは十二分に理解できる」
直接会話したからこそ理解できる。
アレは名誉などに興味がない。
まだ子供ではあるが、それらを理解できるほどに聡いことは見て分かる。
「どれか一つでも世間の注目の的だろうな。まさか、だからフィーナ様と?」
「見損なうなよ。仲が悪いなら、取り繕えとは言うが、仲良くなれだなど誰が孫を道具にするかよ」
「……すまん」
「で、あれが望んだのは秘匿だけか?」
クスタフドの発言にさらに笑う。
友人との貴重な時間は濃密に過ぎていく。