第178話「セクリディアル騎士物語」
翌日、サラティスは街中を散策した。
本屋を見かけ足を踏み入れる。
店主の姿に思わず店を間違えたかと出ていきそうになった。
店主は年齢不詳。
性別も推察できない。
銀色の髪が腰まで伸びており、黒い帽子を被っている。室内なのにだ。
それに服装も貴族などがパーティーで着るような上質そうな服を着ていた。
「いらっしゃい。これはこれは……貴族様ですかな?」
「えっと……」
「私はこの店の主、エダァンス。あ、一応貴族だけど平民上がりの名誉貴族なので気にしないでおくれ」
「そ、そうですか」
透き通るような美しい声。
肉体的には男性のようだ。
「うむ、私のおすすめはセクリディアル騎士物語だね」
セクリディアル騎士物語とは、下級貴族の騎士を目指す男と、公爵家の娘が身分違いの恋をしたという話である。
どうにか騎士なったセクリディアルはアレリーナとの恋が諦めきれず二人は、家を捨て駆け落ちをする。
当然、アレリーナの祖父である当主は激怒。
アレリーナは誘拐されたと騎士達を二人の元へ送り込む。
追手の騎士により着実に二人は追い詰められていく。
「これは国内でも非常に売れている名作中の名作。この本は劇にもなっていますからね。夜中寝る前に読むのであれば枕は湖を作り、夢の中で再上演されること間違いなし」
「えっと……」
レクスルと村を出る前までは、そういた物語に憧れていたものだ。
だが争いの日々に物語などに心を踊らす余裕などなかった。
終戦後は魔法の調査で精一杯であった。
それに、その時ちらほら自分たちのことが語れるようになったのは耳にしていた。
自然と物語から距離を取るようになったのであった。
「おや、お気に召さない模様で。でしたら、こちらのメルディアナ没落記はどうでしょうか?」
メルディアナという子爵の娘がいた。
メルディアナは実に頭の良い子供であった。
メルディアナは向上心に溢れていた。
メルディアナの家は次第に大きくなっていった。
メルディアナは合法非合法の手段問わずがむしゃらに動いた。
しかし、それが終わりの始まりだということに気付かずに。
「まるで国そのものの、縮図。栄えればいずれ滅びる。無知とは罪なのか。心を、頭を悩ませ己の心に問いかける、至極の逸品……」
「ま、魔術関連の本はありますか?」
「んーそれは大変申し訳ない。ここには置いてないね。魔術書ならザバラットへお行き。あそこは魔術にも力を入れているからね」
「ありがとございます」
急いで店を出た。
「驚きました」
「名誉貴族と仰られていたので、それなりに能力がある人なのでしょうが。……独特な店主でしたね」
「いきなり店を出たのは失礼だったでしょうか?」
「……今回は失礼には当たらないかと」
「そうですか。ハルティックはああいった本はお好きですか?」
「……それなりに流行った物は目を通しますが、個人的に好きかと言えば、好きではないですね」
「なら良かったです。ハルティックの行きたい所あれば行きますが?」
「私は特にですね。サラティス様のお好きな所で構いませんよ。そういえば、サラティス様は本はかなり読まれますが、ああいった本は興味ないのでしょうか?」
ジェリドが生まれてから、当然だがリステッド家は流行りの子供向けの本を買っている。
そういった本は絵が主として描かれていて、内容も完全な創作が多い、
サラティスが生まれた時は女の子ということもあり、新たに多数買った。
本にも男の子に流行る、女の子に流行る物があるのだ。
ハルティックは記憶力が良い。
ハルティックが覚えている限り、サラティスがそういった本に熱中している様子は無かった。
図鑑や、所謂学術書のような子供が読むような物ではない本に熱中していた。
魔術関連の本を貰うようになってからは、そちらばっかりだ。
「残念ながら、興味はそんなにないですね」
「そうですか」
この後は雑貨屋など見て回った。
サラティスはハルティックとダヴァンにそれぞれ散策した際に購入したハンカチを贈った。
安すぎず、高すぎない。日常生活で使え、消耗品でもある。
丁度良いと思い感謝を込めて贈った。
二人は大切に受け取った。