第173話「回復魔術の違い」
「え?」
『落ち着け』
医者が詠唱し、淡く光る。
今度はサラティスが驚く番であった。
回復魔術とは一種類ではない。
回復魔術は広義であり、身体の調子を整える魔術の総称である。
回復魔術は怪我は治せても病は治せないし、完治した傷も治せない。
異常な状態を正常にする魔術である。
完治している傷は、その状態が正常であるため使っても意味がない。
病も同様だ。病により変化してしまった状態を戻すことはできない。
切り傷を治すために回復魔術を使う。
骨折を治すために回復魔術を使う。
結果的には同じ治療であっても、実はこの二つは違う魔術式である。
なので一般的な病院では各過程で分け、担当を振り分けるのだ。
サラティスがタルサードの歯茎を治した時に使った魔術とは異なる魔術を医者が使ったのである。
それもサラティスが知らない魔術を。
五分程で治療が終わった。
「すみません、いいですか?」
「勿論です」
「今の魔術はなんですか?」
「あー、なるほど。サラティス様の回復魔術は恐らくネイシャ教本から習ったとお見受けします」
「そ、そうですね。確かに貰った教科書から勉強しました」
「中身は医療の進歩と共に改修されますが、元の基礎は遥か昔の物です。先程歯茎の出血に使ったのは十年前に公開された、新しい物です。なので教本には載ってないです」
「なるほど、最新のですか。教えてもらうことはできますか?」
「もちろんです。公開されているので、誰でも見ることがでますよ」
サラティスはただの子供ではない。
専門的な事を伝えても理解できるだろう。
そう判断し、紙に魔術式を書いていく。
「これですね。その前に前提を説明させていただいても?」
「はい」
「これは口腔内の腫れや出血箇所を治す魔術です。最大の特徴は治療速度が早いのと確実ということですね」
この魔術は口内にしか使えない限定的な魔術である。
その代わり、治療にかかる時間が早いのと、消費魔力が少ないというメリットがある。
「ただし、公開されてまだ十年なので使用後の記録の全体数がまだ少ないということがあります。また、正常な状態での使用や、過度の使用によっては舌の麻痺や、味覚障害など出る恐れもあるので、そこまで広く伝わってないのが現状ですね」
だから目にする機会が無かった。
「舌の麻痺ですか……過度の使用とは連続回数ですか?それとも加算回数ですか?」
「連続ですね。実験データになりますが、口内二十八カ所に対し短時間で二十八回魔術を使用。舌に若干の痺れが生じ、三時間程度続き、解消されたとあります」
「なるほど、確かにこの記述だと範囲は狭いですね」
「はい。スポットで治す感じですね。しかし、こちらの方が早くて魔力消費も低いので軽度は基本こちらの方が良いかと」
それはあくまで、この医者の腕があるからこそだ。
腕によっては副作用が生じることを考えると気軽に使えるものではないだろう。
「ありがとございます」
「万が一もあるのでご使用される場合、慣れるまでは医者の管理下で行うようにお願いします」
「分かりました」